この記事でわかること
- 民事信託を利用する場合に必要な費用の内訳や相場がわかる
- 民事信託を利用することで発生する税金の種類や計算方法がわかる
- 民事信託の手続き方法や費用を抑えるための方法を知ることができる
民事信託とは、家族や親族に自らが保有する財産の管理を委託する制度のことです。
高齢化社会となり、認知症など自分で財産の管理を行うことができない人が増える中で、徐々にその利用者が増えつつあります。
ただ、まだ一般的とは言えない制度であるため、手続き面や費用について不安を感じる人が多いのも事実です。
そこで、民事信託を利用するのに必要な費用のおおよその相場や、必要な手続きについて解説します。
また、民事信託を利用する際には専門家の助言が不可欠な理由や、トータルの費用を抑える方法についても解説します。
民事信託にかかる費用の内訳と相場
民事信託は、家族や親族などきわめて近い関係の人との契約で成立します。
ただ、いくら近い関係の人であっても、法的に問題が生じないようにするためには、費用をかけて手続きする必要があります。
ここでは、項目別に民事信託の設定にかかる費用について解説していきます。
専門家に相談して内容を決めるための費用
民事信託を利用する場合、専門家にその内容について相談のうえ契約の内容を定める必要があります。
民事信託の内容は自由に決めることができるため、本来は委託者や受託者が決めるべき内容です。
しかし、法律上の問題点や税務上の課税関係などを確認しておかないと、思わぬ形で問題が発生する可能性があります。
そこで、民事信託を設定する際には、必ず専門家に相談してその内容を決めるようにしなければなりません。
弁護士や司法書士に相談料やコンサルティング費用として払う金額は、その弁護士や司法書士により異なります。
また、多くのケースでは信託財産の評価額をもとにその金額を算出しています。
相談料としては、最低30万円程度必要というケースが多く、信託財産1億円以下の場合、その財産の額の1%程度となっています。
財産の金額が増えるほどその相談料の金額も大きくなり、例えば信託財産が3億円の場合は200万円程度となります。
契約書を公正証書にする費用
民事信託契約を締結すると、その内容を法務局に提出し、公正証書とすることが多いと思われます。
本来、契約書は必ずしも公正証書にしなくてはならないということはありません。
ただ、家族間であっても重要な契約であることから、双方に誤解がないようにしておく必要があります。
そこで、その後長年にわたる法律関係を適切に構築できるよう、公正証書で契約書を作成するのが望ましいのです。
このほか、自己信託と呼ばれる委託者と受託者が同じ信託契約などは、公正証書とすることが必須となります。
民事信託の形式に注意して、公正証書とする必要があるのかを確認するようにしましょう。
なお、契約書を公正証書とする際に必要となる手数料は、日本公証人連合会により定められています。
目的の価額 | 手数料 |
---|---|
100万円以下 | 5,000円 |
100万円超200万円以下 | 7,000円 |
200万円超500万円以下 | 1万1,000円 |
500万円超1,000万円以下 | 1万7,000円 |
1,000万円超3,000万円以下 | 2万3,000円 |
3,000万円超5,000万円以下 | 2万9,000円 |
5,000万円超1億円以下 | 4万3,000円 |
1億円超3億円以下 | 4万3,000円に5,000万円までごとに1万3,000円を加算 |
3億円超10億円以下 | 9万5,000円に5,000万円までごとに1万1,000円を加算 |
10億円超 | 24万9,000円に5,000万円までごとに8,000円を加算 |
参考:日本公証人連合会
信託財産が不動産の場合、その財産の額は高額になることが予想されます。
その場合、公正証書とするための手数料も高額になるため、あらかじめその金額を知っておくとよいでしょう。
登記にかかる費用や登録免許税
土地や建物を目的とした民事信託契約を締結すると、委託者が保有していた不動産の名義は受託者に変更しなければなりません。
そのため、法務局での登記手続きが必要となります。
法務局での手続きは、自分で行うことも可能ですが、通常は司法書士に依頼することとなります。
司法書士に対する報酬の額は一律ではないため、できれば事前に確認しておきたいところです。
高額な不動産になるとその報酬も高くなり、通常は10万円を超える金額となります。
また、登記の際に法務局に支払う登録免許税の額は、不動産の固定資産税評価額の0.4%となります。
ただし、令和3年3月末日までに行った土地の信託に係る登記の場合、登録免許税は固定資産税評価額の0.3%です。
例えば5,000万円の土地と5,000万円の建物について登記を行う場合、その登録免許税は土地15万円、建物20万円の計35万円です。
受益者代理人や信託監督人への報酬
信託契約の当事者となるのは委託者、受託者、受益者の三者ですが、ほかに受益者代理人や信託監督人を定めることができます。
受益者代理人とは、受益者の権利を代理で行使する人のことを言います。
受益者が高齢で適切な管理ができない場合、代わりに賃料収入の分配やお小遣いを受託者に対して要求することができます。
また、信託監督人とは受益者に代わって財産の管理を行う立場の人です。
受託者を置くだけでは不安な場合、財産管理を行うために弁護士や司法書士などの専門家に信託監督人になってもらうのです。
受益者代理人・信託監督人ともに、報酬として月額1万円ほど支払う必要があります。
この報酬の支払いは、信託契約が続く限り継続することとなります。
民事信託で税金が発生するケース
民事信託を設定すると、その法律関係が複雑になることから税金が発生するケースがあります。
そこで、民事信託により税金が発生するケースを考えてみます。
同じようなケースでも税金が発生しない場合もあるため、どのような理由で税金が発生するのか、その内容を確認しておきましょう。
(1)生前に民事信託を設定して受益者を別の人にした場合
民事信託を設定する際、それまでの財産の保有者が委託者になります。
また、多くのケースでは委託者が受益者となり、民事信託契約締結前と同じように、財産からの収益を委託者が受け取ります。
しかし、民事信託の契約内容は自由に決めることができるため、受益者を委託者以外の人とすることもできます。
たとえば、委託者の妻や子供が受益者となるような場合です。
このように委託者以外の人が受益者となる場合、税務上は信託財産の贈与があったものとみなされます。
贈与税の額は一般的に相続税の額より大きな税額になります。
それは、基礎控除という非課税となる金額が贈与税の方が少ないこと、そして贈与税の税率が相続税より高くなるためです。
贈与税が発生しないようにするためには、委託者兼受益者とする民事信託契約を締結することです。
この時、将来的に受益者が亡くなった場合には、誰が受益者の地位を相続するのかをはっきりさせておくとよいでしょう。
そうすれば、委託者が亡くなった時にその地位を相続によって引き継ぐことができます。
相続による財産の承継であれば、贈与より税額が少なくなる可能性が高いのです。
(2)民事信託の受益者の地位を相続人が承継した場合
民事信託の受益者が亡くなって、その地位を相続人が相続した場合、新しい受益者に対して相続税が課されます。
(1)で紹介したように、民事信託の設定時においては、委託者=受益者として贈与税が発生しないようにすることができます。
しかし、受益者が亡くなった場合には、代わりの受益者が受益権を相続しなければならず、相続税の発生は避けられません。
また、民事信託を利用すれば、次の受益者だけでなくさらにその次の受益者まで指定しておくことができます。
ただ、このような民事信託の設定をすることは、財産のスムーズな承継には意味がありますが、相続税の節税にはなりません。
相続税の節税だけを考えて民事信託を利用しても意味がないことは、あらかじめ知っておく必要があります。
(3)受益者が民事信託の受益権を他人に売却した場合
受益者が受益権を他人に売却すると、売却によって発生した所得の額に対して税金がかかります。
この時、受益者が個人であった場合には所得税が発生します。
また、受益者が法人であった場合には、法人税が発生することとなります。
もとの受益者が個人であった場合と法人であった場合には、税金の計算方法が異なります。
信託財産を売却した額から帳簿価額を差し引いた所得金額に対して課税されることはどちらも一緒です。
ただ、個人の場合は、所得金額に所有期間に応じた税率を乗じます。
所有期間が5年以内の場合は短期譲渡所得として、所得税30.63%、住民税9%が課されます。
一方、所有期間が5年を超える場合は長期譲渡所得として、所得税15.315%、住民税5%が課されます。
ほかに所得があるかないかに関係なく、譲渡所得だけで税額を計算するのです。
一方、法人の場合は譲渡により発生した所得金額を、ほかの所得金額や損失額とあわせて課税対象となる金額を求めます。
仮に譲渡所得が発生する場合でも、本業がマイナスになっている場合には、法人税額が発生しないこともあるのです。
(4)信託財産となる不動産の名義を受託者に変更した場合
民事信託を設定すると、信託財産となる不動産の名義人は委託者から受託者に変更されることはすでに説明しました。
名義を変更する際には登記の手続きが必要となるため、法務局で名義変更を行います。
この時、登録免許税を支払う必要があります。
この時の登録免許税の額は、不動産の固定資産税評価額の0.4%となっています。
ただ、令和3年3月31日まで土地の登録免許税は、固定資産税評価額の0.3%に軽減されています。
贈与や売買による所有権移転登記を行う場合の登録免許税は、通常、固定資産税評価額の2.0%となっています。
一方、相続の際の登録免許税は、固定資産税評価額の0.4%となっています。
そのため、売買や相続の場合に比べると、信託財産の設定時の登録免許税の負担は少なくなるのです。
(5)民事信託の受託者が不動産の管理を行っている場合
民事信託の受託者は、その契約が継続している間、毎年固定資産税を納付しなければなりません。
ただ、固定資産税の支払い手続きを受託者が行っているだけであり、実質的には受益者が負担します。
固定資産税の額は、信託財産となっても従前の税額との違いはありません。
民事信託で必要な手続きとは
民事信託を利用する際には、どのような手続きをしなければならないのでしょうか。
実は、民事信託を利用するための方法は1つではありません。
ここではその手続きについて解説します。
信託契約を締結する方法
信託の対象となる財産を持つ委託者と、その財産の管理を任される受託者が契約を交わして、家族信託の内容を決める方法です。
契約書を取り交わす際には、信託の対象となる財産や信託契約の当事者、そして信託の目的を定める必要があります。
信託契約の当事者を定める際には、委託者、受託者、受益者の三者を定める必要があります。
信託契約で民事信託を定める際には、委託者自身が受益者となるケースが多く、受益者を誰にするかはあまり問題となりません。
一方、受託者を誰にするかは、契約する前によく検討しておく必要があります。
財産の管理を任せることとなるため、信頼できる人であることはもちろん、コミュニケーション能力も求められます。
また、民事信託の目的として最も大きなものは、高齢となった家族の財産の管理です。
成年後見制度や遺言もある中で、なぜ民事信託を選択するのか、検討してみるとよいでしょう。
そして、実際に自由度の高い財産管理を実践してみるのもよいかと思います。
遺言による方法
民事信託を遺言により行うことができます。
委託者が遺言書を作成しておき、その遺言の内容にしたがって民事信託を行うのです。
この場合、民事信託の効果は委託者が亡くなってから発生することとなります。
遺言には3つの方式があり、どの方式による場合でも遺言の効果を生じさせることはできます。
ただ、遺言書自体が無効になってしまうと、民事信託も成立しないというリスクがあるため、注意が必要です。
信託宣言する方法
民事信託を行う際に、委託者が受託者となって信託の効果を生じさせることができます。
委託者=受託者となる民事信託を信託宣言あるいは自己信託と言います。
信託宣言の一番の狙いは、信託財産を委託者自身の財産から分離し、債権者の強制執行の対象から外すことです。
ただ、信託宣言をするためには法律上の制限も多く、勝手に信託契約を締結すれば成立するわけではありません。
計画倒産を避けるため、様々な法律上の規制を受けることとなります。
信託宣言の対象とする財産については登記や登録が必要ですし、契約書については公正証書としなければなりません。
民事信託を専門家に依頼するメリット
民事信託の契約を締結する際には、家族だけでその内容を決めることもできます。
しかし、専門家のアドバイスなしに民事信託を利用することは、大きなリスクがあると知っておく必要があります。
特にポイントとなるのは、誰を受託者とするのか、信託財産を何にするのかといった、信託契約の根幹をどのようにするかです。
いったん契約が成立すれば、その後何年も、あるいは何十年にもわたって契約当事者の行動を制限することとなります。
また、信託財産となれば、委託者の財産から切り離され、委託者自身で管理することはできなくなります。
将来の相続や遺産分割も踏まえて、どのような形の民事信託契約とするのが望ましいのか、考えたうえで契約するようにします。
その際には、弁護士や司法書士のアドバイスが不可欠ですし、契約書に記載する内容も専門家に作成してもらうようにしましょう。
なお、専門家であれば誰でもよいというわけではないので、民事信託や遺産分割などに詳しい専門家に依頼するようにしましょう。
民事信託の費用を安くする方法とは
民事信託を利用するには、多くの費用がかかることはすでに説明しました。
この費用の中には、どのように民事信託を利用しても必ず必要な法定の費用と、金額が決まっていない費用があります。
契約書を公正証書にする費用や登録免許税などの金額は、誰に依頼しても自分で手続きしても、その計算方法は変わりません。
そのため、このような費用を安くすることはできないのです。
一方、民事信託の内容についての相談料や登記を司法書士に依頼した際の登記費用は、専門家により金額が異なります。
少しでも費用を抑えたいのであれば、これらの費用が安くなるように、複数の専門家にその金額を確認してみましょう。
登録免許税の額は、固定資産税評価額をもとに計算します。
そこで、固定資産税評価額が下がった時を狙って民事信託を設定することも、費用を抑えるための方法となります。
まとめ
民事信託を利用することに多くのメリットがあることは、利用を検討している段階からわかっているかと思います。
ただ、手続きの方法や費用については、実際に手続きを進めるまで分からないという人がほとんどでしょう。
ここで紹介した民事信託に必要な費用や手続きの内容を確認し、実際に利用する際に慌てることのないようにしておきましょう。
また、民事信託に専門家の力は不可欠なため、まずは民事信託に詳しい専門家に相談してみましょう。