この記事でわかること
- 生前贈与に対して遺留分侵害額請求ができるか
- 遺留分侵害請求の方法
- 遺留分侵害額請求の注意点
「3人きょうだいの中で、兄だけが父から住宅ローンの頭金を出してもらっています。
父が亡くなったのですが、私たち妹2人は相続でこの不公平を解消する手段はありますか?」
相続で不公平を解消する手段として、遺留分侵害請求があります。
上記の場合は、相続人の一人(長男)が父から受けた金銭的援助が遺留分対象です。
遺留分権利者(妹2人)が遺留分侵害額請求できるかが問題となります。
今回は、生前贈与に対して、相続人が受贈者に遺留分侵害額請求ができる場合があるかについて解説します。
また、遺留分侵害額請求できる金額や請求方法などにも言及しているため参考にしてください。
目次
生前贈与は遺留分に含まれる
生前贈与は遺留分に含まれるため、遺留分侵害額請求は可能です。
ただし、生前贈与のタイミングや贈与者、贈与の内容によって、遺留分請求できるかどうかが異なります。
遺留分侵害額請求できる生前贈与
ここからは、遺留分侵害額請求できる生前贈与の例を紹介します。
相続人以外への生前贈与
相続人ではない人に対しての生前贈与は、原則として相続開始前の1年間に限り、遺留分侵害額請求の対象です。
無条件に生前贈与を遺留分侵害額請求の対象とすると、贈与を受け取る受贈者が思わぬ不利益を被るためです。
また、生前贈与のうち、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えると知って贈与する場合があるでしょう。
この場合、相続開始の1年以上前にしたものも、遺留分侵害額請求の対象です。
相続人への生前贈与
相続人の婚姻や養子縁組、または生計の資本として受けた贈与の場合は、相続開始前10年間に行われた贈与に限り、遺留分侵害額請求の対象となります。
婚姻や養子縁組のため、または生計の資本として受けた贈与を、特別受益といいます。
10年間と制限されている理由は、20~30年前の特別受益まで遺留分侵害額請求されると、相続人の負担が重くなりすぎるためです。
ただし、相続人と贈与者(被相続人)双方が、遺留分権利者に損害を加えると知っていた場合があるでしょう。
その場合は、相続開始前10年より前に行われた贈与も、遺留分侵害額請求の対象になります。
遺留分侵害額請求の対象にならない生前贈与
日常的な儀礼でなされたお中元やお歳暮などの贈与は、遺留分侵害額請求の対象とはなりません。
また、養育費や慰謝料なども法律上の義務から生じる贈与も、遺留分侵害額請求の対象外です。
ただし、負担付贈与は対象となる場合もあります。
負担付贈与とは、受贈者側が何かを負担する条件で、財産を無償で譲渡してもらう契約をいいます。
負担付贈与の例としては、以下のようなケースが挙げられます。
負担付贈与の例
- 車を贈与する代わりに、借金を支払ってもらう
- 毎月〇万円を支払う代わりに、ペットの飼育をお願いする
- 父親が息子に家を贈与する代わりに、母親を介護してもらう
最後の例のように、受贈者が贈与者以外の第三者に対して何らかを負担する内容の負担付贈与契約もできます。
遺留分とは
遺留分とは、法律で定められた一定の法定相続人に保障される最低限の相続財産の割合をいいます。
遺留分を害する遺言は有効ですが、一定の法定相続人は被相続人の財産を相続できる利益と、遺言をする自由の尊重を調整する必要があります。
そこで、一定の法定相続人に限り、遺留分が認められています。
遺留分を有する法定相続人は、遺留分侵害額の請求が可能です。
遺留分が認められる法定相続人の範囲
法定相続人とは、被相続人の財産を相続するのを法律上で認められた人をいいます。
法定相続人の範囲については、民法第887条~第890条で以下のように定められています。
法定相続人の範囲
- 配偶者(民法第890条)
- 子(民法第887条1項)
- 孫(民法第887条2項:子どもが相続開始時に亡くなっている場合の代襲相続人)
- 親(民法第889条1項1号:相続開始時点で子及び代襲相続人の孫がいない場合)
- 兄弟姉妹(民法第889条1項2号:相続開始時点で子、代襲相続人の孫及び親がいずれも存在しない場合)
- 甥・姪(民法第889条2項:兄弟姉妹のみが相続人の場合で、当該兄弟姉妹が相続開始時に亡くなっている場合)
このうち、遺留分が認められる法定相続人は、「兄弟姉妹以外の相続人」です(民法第1042条)。
すなわち、以下の相続人が遺留分の対象となります。
遺留分の対象となる法定相続人
- 配偶者
- 子(民法第1042条1項2号)
- 孫(同:子どもが相続開始前に亡くなっている場合)
- 親(同条1項1号:相続開始時点で子・孫がいない場合)
遺留分の計算方法
遺留分の計算方法は、以下の通りです。
遺留分の計算方法
- 遺留分の元になる法定相続分を求める
- 遺留分の割合を確認する
それぞれ詳しく解説します。
遺留分の元になる法定相続分を求める
法定相続分とは、法律によって定められた遺産分割の割合です。
遺留分は、法定相続分に基づいて決められています。
法定相続人の法定相続分は、以下の通りです。
配偶者と第1順位 (子) |
配偶者1/2、子1/2 ※子は代襲相続・再代襲あり |
---|---|
配偶者と第2順位 (直系尊属) |
配偶者2/3、直系尊属1/3 ※直系尊属は代襲相続なし |
配偶者と第3順位 (兄弟姉妹) |
配偶者3/4、兄弟姉妹1/4 ※代襲相続あり、再代襲はない ※被相続人と父母を異にする兄弟姉妹は他の兄弟姉妹の2分の1 |
代襲相続とは、被相続人の子の直系卑属が子に代わって相続人となる方法です。
代襲相続の具体例としては、以下が挙げられます。
代襲相続の具体例
- 相続開始前に被相続人の子が既に亡くなっていたため、子の実子(被相続人の孫)が代襲相続により、被相続人の配偶者とともに相続人となった
- 被相続人が独身で、両親と兄弟姉妹がみな他界していたため、被相続人の妹の子(甥・姪)が代襲相続により相続人となった
なお、被相続人の子が、相続放棄していた場合は、相続放棄の効果がその子にも及びます。
そのため、被相続人の孫は代襲相続人とはなりません(下図参照)。
直系卑属とは、本人より後の世代で本人と直通する系統の親族(子・孫など)をいいます。
遺留分の割合を確認する
遺留分の割合は、法定相続分の半分と定められています。
遺留分の割合は、以下の通りです。
遺留分権利者 | 遺留分割合 |
---|---|
・配偶者のみ ・子のみ ・配偶者と子 ・配偶者と直系尊属 ・配偶者と兄弟姉妹 (ただし、兄弟姉妹に遺留分は認められない) |
遺留分を算定する財産の価額の2分の1 |
直系尊属のみ | 遺留分を算定する財産の価額の3分の1 |
兄弟姉妹のみ | 遺留分は認められない |
被相続人の兄弟姉妹のみが法定相続人になるケースでも、遺留分は認められません。
※直系尊属:本人より前の世代で、血のつながった直系の親族を指します。
遺留分の計算事例
ここからは、以下のケースの遺留分について、計算します。
事例
- 法定相続人は被相続人Xの妻Yと子A、子B
- 遺留分算定の基礎となる財産の価額が6000万円
- Xが全財産を法定相続人以外に遺贈
配偶者の遺留分は全体の2分の1、子の遺留分は全体の2分の1です。
配偶者Yと子A、Bの2人分を合計した法定相続分は、以下の通りです。
法定相続分
- 配偶者Yの法定相続分=6,000万円×1/2=3,000万円
- 子A、Bの2人分を合計した法定相続分=6,000万円×1/2=3,000万円
法定相続分3000万円に、相続人の遺留分の割合を乗じて、遺留分を求めます。
遺留分
- 配偶者Yの遺留分=3,000万円×1/2=1,500万円
- 子A、Bの2人分を合計した遺留分=3,000万円×1/2=1,500万円
- 子ひとり当たりの遺留分=1,500万円×1/2=750万円
なお、遺留分を算定するための財産の価額は、以下の計算式で求めます。
遺留分を算定するための財産の価額
- 被相続人が相続開始時の財産の価額+贈与した財産の価額 – 債務
贈与した財産を加えるのを忘れないようにしましょう。
遺留分侵害額請求の方法
遺留分侵害額請求には、以下の方法があります。
遺留分侵害額請求
- 相手と話し合う
- 内容証明郵便を送る
- 調停を行う
- 訴訟を申し立てる
以下、それぞれの方法について解説します。
相手と話し合う
まず、相手と話し合いで解決を目指しましょう。
相手と連絡を取り、話し合いに応じる意思があるかを確認します。
相手が応じる場合であれば、、日程を調整して実際に話し合いを行ってください。
話し合う時には、客観的な資料を冷静に示すのが大切です。
たとえば、生前贈与分を組入れた遺産総額、それに基づき算定した遺留分の割合、遺留分侵害額などの必要な情報を収集しましょう。
遺産総額に組み入れられる生前贈与額の範囲についても、法律的な根拠に基づいて説明するとよいでしょう。
遺留分侵害額の請求について相手が支払いに同意した場合は、支払い方法について話し合い、支払い額・方法について合意書の作成をおすすめします。
内容証明郵便を送る
相手から返事がない、支払いされないなどの場合は、内容証明郵便を送りましょう。
内容証明郵便とは、一般書留郵便の文書の内容を、日本郵便が証明する制度です。
また、内容証明とは別に配達証明もつけるとよいでしょう。
内容証明郵便を差し出す時は、対応している郵便局の窓口に以下を提出してください。
提出する書類
- 内容文書
- 内容文書の謄本2通
- 差出人・受取人の住所氏名を記載した封筒
- 内容証明の加算料金を含む郵便料金
内容証明には、遺留分侵害額請求権の消滅時効の完成を遅らせる効果もあります。。
ただし、支払いの強制はできません。
調停を行う
任意の話し合いがまとまらなければ、家庭裁判所の調停を利用できます。
とはいえ、家庭裁判所に遺留分侵害額請求の調停を申し立てても、相手方への意思表示にはなりません。
内容証明郵便で、相手方に遺留分侵害額請求をする旨を伝える必要があります。
調停の申立人や必要書類は、次の通りです。
申立人 | ・遺留分を侵害された者(兄弟姉妹以外の相続人) ・遺留分を侵害された者の承継人(相続人、相続分譲受人) |
---|---|
申立先 | ・相手方の住所地の家庭裁判所または当事者が合意で定める家庭裁判所 |
申立てに必要な費用 |
・収入印紙1200円分 ・連絡用の郵便切手 |
申立てに必要な書類 |
・申立書 ・申立書の写し(相手方の数の通数) |
相続分譲受人とは、遺産分割協議の前に相続人から有償または無償で相続分を譲り受けた人を指します。
申立書の他にも、以下の書類を作成し、提出する必要があります。
申立書以外に提出する書類
- 土地遺産目録
- 建物遺産目録
- 現金・預貯金・株式等遺産目録
訴訟を申し立てる
調停で話し合いがまとまらなかった場合、調停が不成立となります。
調停が不成立になった場合は、調停を申し立てた側が訴訟を提起します。
訴訟を提起するには、被告・原告または被相続人いずれかの住所を管轄する地方裁判所または簡易裁判所へ訴状等の提出が必要です。請求額が140万円を超える場合は、地方裁判所に限られます。
訴訟を提起する場合、以下に注意してください。
訴訟に関する注意点
- 遺留分侵害の事実、遺留分の基礎となる財産の内容についての主張・立証は原告側が行う
- 原告が立証に失敗すると請求を認めてもらえない
- 多くの場合、裁判が進んでいくと、裁判所が和解を提案する(民事訴訟法第89条)ことが多いため、和解交渉で解決するケースも想定する
遺留分侵害額請求の最短1年の時効に注意
遺留分侵害額の請求権は、次の事由により時効で消滅します。
事項が成立する事由
- 相続の開始および遺留分を侵害する贈与、または遺贈を知ったときから1年間行使しないとき
- 相続開始の時から10年間行使しないとき
どちらかの期限が過ぎてしまえば、遺留分侵害額請求権を行使できません。
生前贈与の遺留分侵害額請求に関するよくある質問
生前贈与の遺留分請求に関するよくある質問は、以下の通りです。
生前贈与の遺留分侵害額請求に関するよくある質問
- 生前贈与を受けていた場合でも遺留分侵害請求できる?
- 遺留分を請求したら必ず取り戻せる?
- 相手が遺留分を払わない場合の対応方法は?
それぞれの質問を解説します。
遺留分権利者が生前贈与を受けていた場合でも遺留分侵害請求できる?
当該生前贈与が特別受益に該当する場合、当該特別受益を相続財産に持ち戻したうえ、遺留分の権利が発生するのかどうかを計算する事になります。
これは、上述の相続発生前の10年間という期間制限を受けませんので注意が必要です。
遺留分を請求したら必ず取り戻せる?
遺留分は、法律上相続人に認められた最低限の遺産取得分です。
そのため、遺留分侵害額請求された相手方には、これを支払う義務が生じます。
従って、相手方による請求の拒否は認められていません。
ただし、生前贈与を受けた財産をすでに費消してしまった、あるいは現在生活に困っているなどの理由で「支払いできない」といわれる可能性はあります。
特に、支払える財産がほとんどない場合には強制執行もできません。
このような場合は、支払期限の延長や分割払いなどを認めざるをえなくなるでしょう。
相手に支払える財産がない場合も含めて、適切な対応方法については弁護士に相談されるのをおすすめします。
相手が遺留分を払わない場合の対応方法は?
相手が遺留分を支払わない場合は、家庭裁判所に遺留分侵害額請求調停を申し立てる方法があります。
調停では、調停委員を介して双方が主張を行い、調停委員が助言や提案を行いながら調停案を作成します。
調停案に対して双方が合意すれば、調停成立です。
調停が成立した場合、裁判所が作成した調停調書に「確定判決と同一の効力」が生じます。
、支払いが行われなければ相手の財産について差し押さえが可能です。
調停案に合意が成立しなかった場合、調停が不成立となります。
この場合は、改めて地方裁判所に訴訟提起して裁判で請求します。
調停や訴訟手続を相続人単独で行うのは困難です。
相手が遺留分侵害額請求に応じない場合は弁護士に相談されるのをおすすめします。
まとめ
生前贈与は、以下の場合に遺留分侵害額請求の対象となります。
遺留分侵害額請求の対象となる生前贈与
- 相続人以外に対して行った生前贈与は、原則として相続開始前の1年間
- 被相続人と受贈者の双方が、遺留分権利者に損害を加える事実を知って行った場合は1年以上前の贈与も含まれる
- 相続人が、婚姻や養子縁組または生計の資本として被相続人から贈与を受けた場合(特別受益)は、相続開始前10年間に行われた贈与
- 被相続人と当該相続人の双方が、遺留分権利者に損害を加える事実を知っていた場合は、相続開始前10年以前に行われた贈与も対象となる
遺留分侵害額請求権は、最短で1年で時効が成立します。
そのため、生前贈与の調査を迅速に進めるためには、専門家のサポートを受けることをおすすめします。
また、相手方が交渉に応じないなどのトラブルが発生する可能性もあります。
相続が開始された時点で、生前贈与が行われていたことが判明した場合は、相続問題を専門とする弁護士にご相談ください。