この記事でわかること
- 認知症の相続人がいる場合の相続手続きの方法
- 認知症の相続人がいる場合に考えられるトラブルや注意点
- 遺産分割協議をしない場合の注意点
少子高齢化社会の日本において、65歳以上の高齢者のおよそ16%が認知症と言われています。
その割合は、80代後半にもなると男性の35%、女性の44%と増える一方です。
もし相続人の中に認知症の人がいれば、相続手続きは簡単には進められません。
今回は認知症の相続人がいる場合の注意点と、相続手続きの進め方を解説していきます。
目次
認知症の相続人がいる場合の遺産相続の注意点
相続が開始されると、通常は遺産分割協議を行い、相続人全員の承認をもって手続きを進めていきます。
しかし相続人の中に認知症の人がいる場合、相続手続きはどうなるのでしょうか。
ここでは、相続人の中に認知症の人がいる場合、遺産分割協議ができるのか、相続手続きに関する注意点と合わせて解説していきます。
遺産分割協議ができない
認知症になると判断能力が低下し、意思能力を有していないと判断されるため、遺産分割協議には参加できません。
意思能力とは、自分が行うことの意味と結果を理解し、判断できる精神的能力のことをいいます。
意思能力のない人が契約や合意をしても、法律上その行為は無効となるため、遺産分割協議を行ったとしても成立しないということになります。
相続手続きには遺産分割協議を必要とする場面が数多くあります。
そのため、遺産分割協議ができなければ、相続手続きがスムーズに進められません。
相続放棄ができない
相続放棄をするためには、相続人全員の承認が必要です。
しかし判断能力の低下した認知症の人からは承認を得ることができないため、認知症の相続人がいる場合は相続放棄ができません。
相続放棄は相続が開始したときから3カ月以内に手続きをする必要があります。
3カ月を過ぎると債務を含め承認したものとなり、放棄することができなくなります。
借金など債務が多いことが分かっている、かつ認知症の相続人がいる場合は早急に対応する必要があるでしょう。
認知症の相続人がいる場合のトラブル例
認知症の相続人がいると、相続人の思うように財産を分け合うことが難しくなります。
たとえば父が亡くなり、相続人が母と長男、長女の3人というケースで考えてみましょう。
生前に「財産はすべて子ども2人に分け与える」と取り決めていたとします。
法定相続割合に則っていない分割方法であるため、遺産分割協議が必要です。
しかし母が認知症である場合、遺産分割協議ができないため、たとえ生前に約束をして取り決めていたとしても、勝手に2人で分け合うことはできません。
例外として認知症でも遺産相続できるケース
例外的に認知症であっても、遺産分割協議や相続手続きを進められるケースがあります。
生前の相続対策として有効な方法でもあるため、ぜひ参考にしてください。
認知症の程度が軽い場合
認知症は軽度~重度まで程度の差があり、たとえば同じ程度の認知症と診断された人でも、その能力は個人差が大きいものです。
つまり認知症の人全員が、判断能力に問題があるわけではないということです。
もし軽度の場合で、判断能力に問題なしと診断されれば遺産分割協議に参加することが可能です。
認知症というと、何もかもわからなくなるようなイメージがあるかもしれません。
しかし軽度の認知症であれば、ちょっとした勘違いや物忘れが増えてきていても、ゆっくり説明すれば理解でき、自分の意思で判断できることは少なくありません。
もし認知症の相続人がいる場合は、医師の判断を仰いでみましょう。
遺言書がある場合
遺言書があれば遺産分割協議を行わなくても、遺言書通りに相続手続きを進めることができます。
銀行や不動産手続きでは、遺産分割協議書の代わりに遺言書があれば手続きが可能です。
ただし、遺言書は法律に定められた形式で作成されたものでなければ無効となります。
せっかく相続対策として遺言書を残していたとしても、下記のような内容では無効とされる可能性があるため、注意が必要です。
- 日付がない
- すべてのページに押印がない
- 内容があいまい
- 訂正が正しく書き直されていない
正しく遺言書を作成することは、案外難しいものです。
もし遺言書を残しておく場合は、公正証書遺言を利用し、正式な形で残すことをおすすめします。
認知症の場合には成年後見制度を
遺産分割協議が行えないほどの認知症であれば、成年後見制度を利用しましょう。
成年後見制度とは、選定された成年後見人が、認知症などで判断能力が低下した人の代わりに、財産の管理や日常生活における手続きや契約などを行う制度のことです。
成年後見制度には、任意後見と法定後見の2つがあります。
任意後見は認知機能が低下する前に、あらかじめ任意の人を後見人に指名し、契約しておくことをいいます。
認知症になった後は契約を取り交わすことができないため、利用することはできません。
その場合は、裁判所が後見人を選定する法定後見を利用することになります。
ここでは、法定後見についてみていきましょう。
遺産分割協議を進める唯一の方法
成年後見を利用すれば、認知症の相続人に代わって後見人が遺産分割協議に参加し、協議を進めることができるようになります。
本人に代わって、後見人が財産分与に関する判断をするということです。
意思能力の低下した相続人がいる場合、成年後見制度の利用が遺産分割協議を進める唯一の方法となるため、相続が開始されれば、すぐに家庭裁判所に申立てを行いましょう。
親族以外が選ばれる可能性が高い
任意後見は成人であれば親族でも誰でも指定することができますが、法定後見は家庭裁判所が候補者に対して面談を行い、後見人を選定します。
任意の候補者を立てることは可能ですが、必ずしも希望する人が選ばれるというわけではありません。
家庭裁判所のデータによると、後見人の属性は親族が2割、親族以外が8割となっています。
後見人になるために資格は必要ないため、親族でも法定後見人になることは可能です。
しかし実際には、親族による財産の使い込みの懸念がある場合や、そもそもなり手がいないことが多く、専門家が選ばれるケースが大半を占めています。
後見人の報酬が必要になる
専門家が法定後見人になる場合は報酬を支払う必要があります。
通常の後見事務を行った場合の目安は、基本報酬として2万円です。
ただし、管理する財産が高額になるほど後見事務は複雑になるため、被後見人、つまりここでいう認知症の相続人が持っている財産の額によって、報酬も変動します。
報酬の目安は以下のとおりです。
- 1000万円以上5000万円以下→3~4万円/月
- 5000万円を超える場合→5~6万円/月
後見人の報酬は、被後見人の財産から支払うことが基本のため、相続財産に影響はありませんが、費用がかかるということを理解しておきましょう。
他の相続人の思い通りにならないことも
後見人は被後見人の利益を最優先に判断します。
特に専門家が就任した場合、相続人たちの間で分割方法や割合に納得していても、被後見人の利益や権利を守るためとして、後見人が異議を唱える場合があるでしょう。
たとえば認知症の母は十分な財産をすでに持っているため、相続財産の大半を子どもたちで分割しようと考えたとします。
この時起こり得るのは、後見人が母親の権利として法定相続分を守るため、分割方法に同意しないようなケースです。
遺産分割協議をせずに法定相続分で分けることによる問題
遺産分割協議は、必ずしも必要なものではありません。
法律で決められた法定相続割合で遺産分割をする場合は話し合いをする必要はなく、認知症の相続人がいても相続手続きを進めることが可能です。
しかし、安易に法定相続分で分割すると、思いもよらない問題が発生する可能性があります。
ここでは、法定相続割合で遺産分割を行うときに起こり得るトラブルをくわしく解説します。
共有している不動産が処分できない
相続財産に不動産が含まれている場合、不動産を法定相続分で分割するということは、相続人全員でそれぞれの相続割合に応じた持ち分を所有する共有状態となります。
相続登記自体は遺産分割協議書も必要なく、相続人のうちの1人が手続きを行えば完了します。
しかし共有している不動産を貸し出す場合や、売却する際には共有者全員の同意が必要です。
認知症の共有者がいれば同意を得ることができないため、不動産の処分はできません。
その場合、結局後見人を付けることが必要になり、遺産分割協議を避けて法定相続どおりに分割した意味がなくなるでしょう。
相続税の特例が使えない
相続税の特例として、主なものが2つあります。
小規模宅地等の特例 | 一定の要件を満たす土地の相続に関して、評価額の最大80%を減額できる |
配偶者の税額の軽減特例 | 被相続人の配偶者が、相続や遺贈で取得した遺産額が1億6000万円、または法定相続分相当額のどちらか多い金額までは、相続税がかからない |
これらは相続税の支払いに大きく影響するものですが、どちらも遺産分割協議書がなければ手続きができません。
小規模宅地等の特例は、相続前から被相続人等が事業や居住のために使用していた土地であれば、たとえば1億円の土地を2000万円の評価額として相続税を計算できるようになります。
配偶者の軽減特例も、配偶者にほぼ相続税がかからないような制度であるため、利用の有無で税額が大きく異なることになります。
遺産分割協議をせず、法定相続割合で分割する場合は、これらの制度が使えないことに十分注意しておきましょう。
預貯金の払い戻しが難しくなる
相続が発生すると、銀行の口座は凍結され引き出しができなくなりますが、葬儀費用など負担軽減のため、預貯金の仮払い制度というものが利用できます。
しかしこの制度は、150万円または当該銀行の残高×3分の1×法定相続分のどちらか少ないほうを限度に引き出しができるとされています。
つまり遺産分割協議により、法定相続分が確定していなければ利用できないということです。
相続手続きが始まると葬儀だけでなく、手続き費用など様々な経費がかかり、ある程度の金額が必要になります。
費用をどう準備するか、あらかじめ検討しておきましょう。
認知症の相続人がいる場合のよくある質問
認知症の相続人がいる場合に気になる質問にお答えします。
相続対策などの参考にしてください。
認知症になったら家族信託はできない?
家族信託とは、信頼できる家族に財産の管理を託す民事信託のことです。
委託者・受託者ともに家族であるため安心して管理を任せられ、信託報酬なども必要ありません。
しかし家族間の取り決めといっても、信託契約を結ぶ必要があります。
そのため委託者・受託者どちらかが認知症になれば、契約という法律行為ができないため、家族信託を利用することはできなくなります。
家族信託の利用を検討している場合は、認知症になる前に早めに契約できるように進めましょう。
また、家族信託は財産管理が目的であるため、成年後見と異なり、本人に代わって入退院手続きや役所の手続きなど、法律行為を行うことができない点を理解しておきましょう。
相続人が認知症であることを隠して遺産分割をするとバレる?
認知症の相続人がいることを隠して遺産分割協議を行うと、バレる可能性が非常に高いです。
相続手続きは銀行、法務局、家庭裁判所、税務署など各所とのやり取りが必要になります。
手続きで訪れた際に疑念を持たれ発覚する場合や、銀行などは相続が始まる前から認知症であることに気付いているケースも考えられます。
また、遺産分割協議書など相続手続き書類の代筆は認められていません。
筆跡から代筆を疑われ、発覚する可能性もあるでしょう。
他の相続人が勝手に署名や押印をすると、私文書偽造の罪に問われることになるため、絶対にしてはいけません。
まとめ
相続は突然始まるケースが多いものです。
遺言書もなく家族信託も行っていない場合、相続人の中に認知症の人がいると、相続手続きを進めることは難しくなります。
認知症の疑いがある場合、相続が開始されたらまずは医師の判断を仰ぎましょう。
もし認知機能が低下していると判断された場合は、成年後見制度を利用しながら遺産分割協議を行うことをおすすめします。
遺言書や家族信託など、生前の相続対策も合わせて参考にしてください。