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最終更新日:2024/10/18

認知症の人の公正証書遺言が無効になるのは稀?無効になるケース・判断基準

弁護士 山谷千洋

この記事の執筆者 弁護士 山谷千洋

東京弁護士会所属。
「専門性を持って社会で活躍したい」という学生時代の素朴な思いから弁護士を志望し、現在に至ります。
初心を忘れず、研鑽を積みながら、クライアントの皆様の問題に真摯に取り組む所存です。

PROFILE:https://vs-group.jp/lawyer/profile/yamatani/

この記事でわかること

  • 公正証書遺言が無効になるケース
  • 公正証書遺言が無効か否かの判断基準
  • 公正証書遺言を無効にする方法

公正証書遺言は、法律の知識を持つ公証人の関与によって作成され、公証役場で保管されます。

そのため、遺言の形式・内容の信用度が高く、また第三者による改ざんや偽造、持ち出しなどのおそれもないので、無効になりにくいといわれます。

それでは、認知症の人が作成した公正証書遺言が無効になることはあるでしょうか。

本記事では、公正証書遺言が無効になるケースや有効性の判断基準について解説します。
無効を主張する手続きについても合わせて解説しますので、ご確認ください。

認知症の人が作成した公正証書遺言が無効になるのは稀?

公正証書遺言は、裁判官・検察官・弁護士の実務経験がある人の中から、法務大臣によって任命される公証人が作成します。
さらに、公正証書作成段階では、2人以上の証人の立会いが必要です(民法第969条1項1号)。

このように厳正な手続きを経て作成されるため、他の種類の遺言(自筆証書遺言など)と比べると無効になるケースは非常に少なくなっています。

それでは、遺言者が認知症であった場合も、遺言の効力が争われることは稀なのでしょうか?

公正証書遺言が無効になったケースは一定数ある

確かに、公正証書遺言の総数に対して、認知症が理由で公正証書遺言が無効となるケースはごく一部です。

その意味では、認知症の人が作成した公正証書遺言が無効になるのは稀だといえます。

しかし、裁判で公正証書遺言の有効性が争われた場合に、遺言が無効とされた件数は一定数あります。
このことから、「有効性が争われたケース」の中では、認知症の人が作成した公正証書遺言が無効となるのは稀ではありません。

公正証書遺言でも遺言能力までは証明できない

公正証書遺言が有効となる条件の1つに、「作成者が遺言能力を有していること」があります。

そして、遺言書が無効となるケースの多くは、裁判で遺言能力がないと判断された場合です。

公証人が遺言書を作成する際には、遺言者が遺言能力を有しているかを質疑応答によって確認します。
しかし、遺言能力があるか疑わしい場合でも、遺言書作成を拒否するとは限りません。
公証人の判断によっては、遺言書作成が認められる可能性があります。

公正証書遺言が無効になるケース

公正証書遺言であっても、以下の条件の1つ以上に該当する場合には無効となります。

  • 遺言作成を行った時点で遺言能力がなかったと認められる
  • 遺言者が口頭で遺言内容を公証人に伝えていなかった
  • 遺言作成に立ち会った証人が欠格事由に該当した
  • 遺言内容が遺言者の真意と異なる
  • 遺言内容が公序良俗に反する

以下、それぞれの条件について見ていきましょう。

遺言能力がなかった場合

法律上、遺言者は、遺言を行う時点で遺言能力を有している必要があります(民法第963条)。

「遺言能力」とは、遺言の内容や、遺言によって発生する効力を理解できる能力を指します。

法律上、遺言能力が否定されているのは、遺言を行う時点で15歳未満の場合です(民法第961条)。
15歳以上の場合、遺言作成当時に認知症または精神障害の診断を受けており、それが原因で遺言能力が欠けていたと判断されると、遺言は無効になります。

利害関係者が、遺言者の遺言能力を疑う場合は、以下の方法で確認できます。

遺言作成当時の病院の診療記録を確認する

当時の診療記録は、遺言作成時の作成者の状態を知る材料となります。
診療記録については、「遺言者の配偶者・子・父母及びこれに準ずる者」が開示請求できます。

弁護士に相談して過去の類似事例を確認する

弁護士が扱う相続問題の中で、認知症の人の遺言能力が問題となるケースは多くあります。

そこで、弁護士に相談して、似ている状況で遺言能力がないと判断されたケースがあるかを確認してみるとよいでしょう。

遺言者が口頭で遺言内容を公証人に伝えていなかった場合

公正証書遺言の場合、有効要件の1つに「遺言者が遺言の趣旨を口頭人に口授すること」があります(民法第969条1項2号)。
このため、「口授」の手続きを行ったと認められない場合は、同条に違反するので公正証書遺言が無効になります。

「口授」の手続きについて、法律上は以下の手順を想定しています。

  • 遺言者が遺言の内容を公証人に口頭で伝える
  • 公証人がその内容を書き写す
  • 公証人が、書き写した内容を遺言者の前で読み上げ、問題がないか確認する

しかし、実際には時間短縮のため、事前の打ち合わせ段階で遺言内容について公証人と話し合い、細部まで確認しておくことが多くなっています。
また、特に近年、高齢の遺言者が増加する中で、遺言者に同行した第三者が、遺言内容について代弁することも多く行われています。

ここで、特に第三者が代弁する場合に「適法な口授を経たかどうか」が問題になるケースが出てきます。
事前の打ち合わせ段階で、同行した第三者が遺言内容を決めてしまい、遺言者本人はその内容を理解できていなかったというケースです。
このような場合でも、当日、公証人が確認したときに遺言者が「はい」と返事するだけで、遺言書を作成できてしまいます。

実際に、遺言内容について事前に第三者が代弁していたケースで、公正証書遺言が無効になった判例があります(大阪高裁2014年11月28日付判決)。

このケースでは、以下のような状況で作成された公正証書遺言について「適法な口授があったとはいえない」として、無効であると判示されました。

  • 遺言者に脳梗塞の既往症があり、遺言作成時点で認知症と診断されていた
  • 第三者と公証人との間で、遺言公正証書案が事前に作成されていた
  • 遺言者が入院中の病院に出張した公証人が、ベッドで横になっていた遺言者に公正証書案を見せながら、項目ごとに要旨を説明した
  • 要旨を説明するごとに「この内容でよいか」と確認を求めたところ、遺言者はうなずいたり「はい」と返答したりしていた
  • 遺言者本人が、遺言の内容について語った事実が認められない

遺言作成に立ち会った証人が欠格事由に該当した場合

公正証書遺言を作成する際には、2人以上の証人による立会いが必要となります。

ただし、証人のうち1人以上が以下に挙げる欠格事由に該当する場合、遺言は無効となります(民法第974条)。

  • 未成年者(同条1号)
  • 推定相続人・受遺者(遺言によって被相続人の死後に財産を譲り受ける人)・これらの配偶者及び直系血族(両親・子ども・孫など)(2号)
  • 公証人の配偶者、4親等内の親族(3号)
  • 公証役場の職員や、公証人に雇われた人(3号)

欠格事由があると推測される場合には、遺言作成当時に誰が証人となったかを、公証人または公証役場に確認してみましょう。

遺言内容が遺言者の真意と異なる場合

遺言書に遺言内容が、遺言者が残したかった遺言内容と異なる場合、その事実が認められれば遺言は錯誤(民法第95条)により無効になります。

「錯誤」には、以下のものがあります。

意思表示に対応する意思を欠く錯誤(民法第95条1号)

例:A物件を売るという認識で、実際には「B物件を売る」と言った

表意者が法律行為の基礎とした事情について、その認識が真実に反する錯誤(同条2号)

例:所有している1粒真珠と1粒ダイヤのネックレスの価値が同等だと思い込んでいて、「1粒真珠と同じくらいの金額」という認識で「1粒ダイヤのネックレスを譲る」と言った。

判例でも、遺言が錯誤無効となったケースは存在します。

たとえば、さいたま地裁熊谷支部2015年3月23日判決では、以下の事実を認定して、公正証書遺言を錯誤により無効と判示した上で、被告Z園に対して寄付金2000万円余の返還を命じました。

  • 遺言者Xは全盲で、Yが経営する養護盲老人ホームZ園に入所していた
  • Xの長男・長女には精神障害があった
  • Xの意図は、Xの死後はZ園に預けた自分の所有金から、長男・長女の入院費・生活費、死亡した場合の葬儀費用を支出してもらい、残額があればZ園に寄付するというものだった
  • 実際に作成された公正証書遺言には「自分の葬儀費用以外はZ園に遺贈する」旨記載され、付帯事項として「長男長女の入院・生活費や、死亡した際の葬儀費用を、Z園への(遺贈した)寄付金から支出してほしい」旨記載されていた
  • 付帯事項には法的拘束力がない
  • Xの死後、Xの財産をZ園が全額取得してしまった
  • Xと公証人との事前打ち合わせの骨子が残存していた

遺言内容が公序良俗に反する場合

遺言内容が公序良俗に違反する場合も無効になります(民法第90条)。

「公序良俗に違反する」とは、社会通念上、あるいは道徳上認められないことが明らかな場合です。
たとえば、配偶者や子どもがいる遺言者が「全財産を愛人に遺贈する」旨の遺言を行った場合などがこれに該当します。

公正証書が無効かの判断基準

判例では、公正証書遺言の遺言能力が争われた事例で、以下の点を考慮して判断しています。

判断基準 備考
遺言者の病状や認知能力の程度 診断書やカルテの記載内容から判断
遺言者の年齢 高齢であるほど遺言能力が否定されやすい
遺言前後の言動・状況 遺言能力が疑われるような言動等があるかを他の点と合わせて判断する
遺言内容の複雑さの程度 複雑であるほど遺言能力が否定されやすい
遺言作成の経緯や動機・理由 不自然であれば遺言能力が否定されやすい

遺言の有効性に疑問を持った場合は、遺言者の当時の状態や周囲の状況を知る手がかりを得ることが重要です。

認知症の人が作成した公正証書遺言を無効にする方法

認知症の人が公正証書遺言を作成した場合、前述した遺言無効に該当する可能性があります。

ここでは、公正証書遺言を無効にする方法をご説明します。

共同相続人や受遺者の意見を確認する

遺言を無効にするために、裁判所での手続きが必須というわけではありません。

共同相続人や受遺者全員の同意があれば、遺言と異なる遺産分割が可能です。
同意しない人がいた場合は、調停申立てを検討するとよいでしょう

遺言無効確認調停を申し立てる

遺言の効力について意見がまとまらない場合は、裁判所を介した手続きが必要になります。

遺言の効力に争いが生じた場合、最初に訴訟を提起することは認められません。

まず、遺言の無効を主張する側が、家庭裁判所に遺言無効確認調停を申し立てる必要があります(これを「調停前置主義」といいます)。

調停では、各当事者が調停委員に対して別々に事情や意見を述べ、調停委員が助言を与えながら、出された意見に基づいて調停案を作成します。

調停案に対して当事者の双方が同意すれば、調停は成立します

調停は話し合いによる解決を目指すので、必ずしも申立人の主張通りの結論になっていない場合でも、当事者の合意があれば成立します。

調停が成立すると、裁判所が作成した調停調書に法的拘束力が発生します(家事事件手続法第268条)。

遺言無効確認訴訟を行う

調停で話がまとまらない場合は、調停申立人側が遺言無効確認訴訟を提起して、裁判で効力を争うことになります。

訴訟手続きは必ず判決により終結するわけではなく、裁判官や、当事者の代理人弁護士が和解交渉を提案することも多くあります。

和解が成立しなかった場合や、和解手続を行わなかった場合は判決手続に移行し、遺言無効確認請求の認容または棄却の判決が下されます。

まとめ

法的な信頼性が高い公正証書遺言でも、無効になるケースがあります。

認知症の人が作成した公正証書遺言の場合は、遺言能力が問題になることが多いです。
また、場合によっては錯誤が問題になることもあるでしょう。

相続人間に対立が生じた場合、当事者間の話し合いで解決するのがベストです。

まず、遺産分割協議ができるか、他の相続人の意見を聞くようにしましょう。
遺言内容に偏りがある場合には、遺言の効力自体は争わず、遺留分侵害額請求をするという方法もあります。

公正証書遺言の内容に何らかの疑問を持った場合は、解決策について遺産相続を専門とする弁護士への相談をおすすめします。

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弁護士 石木 貴治

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弁護士 中野 和馬

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