この記事でわかること
- 代筆された遺産分割協議書は有効となるか
- 遺産分割協議書の代筆がバレたときのリスク
- 一部の相続人が署名・押印できないときの対処法
亡くなった方の預金の払戻手続きや不動産の名義変更をする際には、遺産分割協議書の作成が必要となります。
遺産分割協議書とは、亡くなった方の資産を、誰がどれくらい相続するかという協議の内容をまとめ、合意した事実を示すために相続人全員が署名、押印した書類です。
上記のとおり非常に重要な書類ですが、代筆をした場合や、一部の相続人が勝手に作成し押印した場合にはどのように取り扱われるのでしょうか。
今回は、遺産分割協議書を代筆した場合の有効性やリスク、相続人が署名・押印できない場合の対処法について説明します。
遺産分割協議書の代筆は認められない
遺産分割協議書は、誰がどのように資産を相続するかという内容が記載された本文と、相続人全員が署名および押印する部分によって成り立ちます。
署名押印がない遺産分割協議書は、預金の払戻や不動産の名義変更などの相続手続きに利用することができません。
この遺産分割協議書は、基本的には相続人の人数分作成されます。
複数部を作成する手間を削減し、また、すべて間違いなく同じ内容になるよう、本文にあたる部分はパソコンを使って作成することがほとんどですが、署名については自筆で、押印は実印で行うこととなります。
この署名を代筆することや、他の人の印鑑を勝手に使用して押印することは認められるのでしょうか?
署名の代筆は悪意がなくても原則、認められない
遺産分割協議書の署名を代筆することは、原則として認められません。
前述の通り、遺産分割協議書は亡くなった方の資産を取り扱うための非常に重要な書類です。
その一方、役所などの公的な機関を通さず、一般の方だけで作成できる書類でもあるため、簡単に偽造ができないよう、署名の代筆も基本的には認められていません。
もちろん、署名を代筆するケースのすべてが悪意によるものとはいえません。
たとえば、海外など遠方で暮らす相続人がいる場合や、身体が不自由で自筆での署名が難しい相続人がいる場合など、仕方なく代筆することもあるかもしれません。
しかし、遺産分割協議書の代筆は、仮に悪意がなかったとしても代筆すること基本的は認められないと考えられています。
遺産分割協議書の代筆が認められるケース
代筆をしてもらう相続人が、代筆をしてもらうことに完全に同意している場合には、代筆された遺言書も有効となります。
たとえば、意識は覚醒していて判断能力はあるものの、病気やケガにより手元が不自由な場合などがこのケースに該当します。
ただし、このような場合においても、代筆の事実が後日の紛争等の原因となる可能性があります。
紛争等を予防するためにも、単に代筆をするのではなく、代筆に至った経緯や理由等を記載した書面を残しておくことが望ましいです。
遺産分割協議書の代筆がバレたときに起きること
遺産分割協議書の書面を代筆した、他の相続人の印鑑を使用し勝手に押印した場合には、トラブルが起きる可能性があります。
具体的にどのようなことが起きる可能性があるのかについて、確認していきましょう。
遺産分割協議書が無効になる
遺産分割協議書の署名が代筆された場合には、その遺産分割協議書は偽造されたものとなります。
偽造された遺産分割協議書は無効となり、預金の払戻や不動産の名義変更などの各種相続手続きに使用することができなくなります。
また、無効な遺産分割協議書を使用して行った相続手続きはやり直しが必要になるなど、場合によっては大変な手間や余計な費用がかかってしまうこともあります。
損害賠償請求を受ける可能性
また、代筆の事実が明るみに出ると遺産分割協議書が無効になるだけでなく、偽造した人にはペナルティが課される可能性があります。
そのうちひとつが、他の相続人から損害賠償請求を受けるというケースです。
たとえば、遺産分割協議書を使用して不動産の名義変更を行った後に使用した遺産分割協議書が偽造されたことが明らかとなった場合、名義変更をやり直した場合や元の状態に戻す手続きに費用や手間がかかります。
遺産分割協議書が偽造されたことによって損害が発生した場合には、他の相続人等から損害賠償請求を受け、金銭を支払わなければならなくなる可能性があります。
懲役刑や罰金刑を受ける可能性
関係者から損害賠償請求を受けるだけでなく、刑事罰に問われる可能性もあります。
遺産分割協議書の代筆は遺産分割協議書の偽造に該当し、以下の罪に問われる場合があります。
私文書偽造罪(刑法159条)
私文書偽造罪とは、他人の署名や、偽造した印章等を使用して、私文書を作成する犯罪です。
遺産分割協議書は「私文書」に該当するため、他人のふりをして署名や押印をした場合には、私文書偽造罪に問われる可能性があります。
私文書偽造罪が成立した場合、遺産分割協議書を偽造した人は3カ月以上5年以下の懲役に処されます。
偽造文書行使罪(刑法161条)
遺産分割協議書を代筆・偽造した人だけでなく、偽造された遺産分割協議書を使用した人や、未遂であっても使用しようとした人は、偽造文書行使罪として罰される可能性があります。
偽造文書行使罪に該当する場合、3カ月以上5年以下の懲役刑が科されます。
公正証書原本不実記載罪(刑法157条)
公正証書原本不実記載罪とは、公務員に対し虚偽の申立てをして公正証書の原本に不実の記載をさせるという犯罪です。
たとえば登記簿は公正証書に該当するため、代筆または偽造した遺産分割協議書で相続登記を行った場合には、この公正証書原本不実記載罪に該当する可能性があります。
公正証書原本不実記載罪が成立した場合は、5年以下の懲役または50万円以下の罰金が科されます。
詐欺罪(刑法246条)
遺産分割協議書の代筆は、詐欺罪に該当することもあります。
たとえば、預金口座の名義変更のために偽造した遺産分割協議書を使用した場合には、詐欺罪が成立する可能性があります。
詐欺罪の法定刑は、10年以下の懲役となっています。
遺産分割協議書の代筆がバレる理由
遺産分割協議書の署名を代筆した、あるいは他の人の実印を勝手に押印したとしても、簡単にはバレないと考える方もいらっしゃるかもしれません。
しかし実際の手続きの中では、簡単に明るみに出るケースが多いです。
それでは、どんな場合に遺産分割協議書の代筆がバレてしまうのか、確認していきましょう。
署名の筆跡が明らかに異なる場合
その人が日常的に書いている署名と、遺産分割協議書の署名の筆跡が明らかに異なる場合には、代筆を疑われることがあります。
その人が書いた手紙や、何らかの申込書などがある場合には、遺産分割協議書の署名の筆跡と比較され代筆を疑われます。
相続人全員の署名の筆跡が明らかに似通っているケース
複数の相続人がいるにも関わらず、その相続人全員の署名の筆跡が明らかに似通っているような場合には、誰か1人の方によって相続人全員分の署名が代筆されていることや、遺産分割協議書そのものが偽造されている可能性が高いです。
認知症患者の署名がされていた場合
一部の相続人が重い認知症を患っているのに関わらず、遺産分割協議書に署名がされていた場合には、代筆を疑われる可能性があります。
なおこの場合には、署名が代筆ではなく間違いなく本人のものだったとしても、十分な判断能力がないことを理由に遺産分割協議が無効となるリスクがあります。
海外に住む相続人の署名が短時間で準備された場合
海外に住む相続人が遺産分割協議書に署名を行う場合、郵送の日数を加味するとすべての相続人の署名押印が完了した遺産分割協議書が手元に届くのには、1週間以上かかるケースがほとんどです。
そのため、海外に住む相続人がいるにも関わらず、被相続人が亡くなってから数日で全員の署名が完了している場合には、代筆を疑われることがあります。
遺産分割協議書に署名・押印できない相続人がいるときの対処法
遺産分割協議書への署名押印ができない方がいらっしゃる場合には、どのような対処法が考えられるのでしょうか。
対処法について詳しく見ていきましょう。
成年後見人を選任する
相続人の中に認知症などで判断能力をなくした人がいる場合、その相続人は遺産分割協議書に参加することができません。
そのため有効な遺産分割協議書を作成できず、相続手続きを進めることもできなくなってしまいます。
このような場合において相続手続きを進めるためには、成年後見制度の申立を行い、成年後見人を選任する必要があります。
成年後見人を選任した後、成年後見人に遺産分割協議に参加してもらい、その協議内容を基に遺産分割協議書を作成していくことになります。
遺言書を書いておく
認知症を発症している、あるいは知的障害を持っているなどして遺産分割協議に参加できないと思われる家族がいる場合には、遺言書を作成することもよい方法です。
法的に有効な遺言書があれば、そもそも遺産分割協議をする必要がないため、遺産分割協議書への署名押印ができない相続人の方がいらっしゃる場合でも大きなトラブルにはなりません。
まとめ
これまでご説明してきた通り、遺産分割協議書は亡くなった資産を引き継ぐための非常に重要な書類であり、原則として代筆は認められません。
遺産分割協議書の代筆をすると、悪意はなかったとしても刑事罰に問われるなどの大変なリスクがあるため、前もって遺言書を作成するなど、何らかの対処法をぜひご検討ください。