この記事でわかること
- 贈与契約書を作成するメリット
- 贈与契約書を作成する流れ
- 生前贈与を行うときの注意点
贈与とは、贈与者が無償で財産を与える意思を伝え、受贈者が受諾することで成立する契約の一種です。
たとえば、次のようなケースで多く利用されています。
- 金銭の援助:子どもの住宅購入や教育に必要な資金を援助するためなど
- 相続対策:相続税を抑えながら財産を生前に特定の人へ渡すためなど
贈与は法律上口約束のみで成立しますが、後々に思わぬトラブルが起きる可能性があり、たとえ少額や親族間の場合であっても贈与契約書を作成しておくのが望ましいといえます。
ここでは、贈与をする場合に契約書を作成した方がよいメリットや、作成の流れなどを解説します。
証拠のために110万円以内でも贈与契約書の作成を
たとえば「大学の入学金100万円は援助するね」「ありがとう、頂きます」といった口頭のやりとりで贈与契約は成立します。
まずは、贈与の基礎知識として暦年贈与と贈与契約書の作成について説明します。
暦年贈与とは
暦年贈与(れきねんぞうよ)は、1月1日から12月31日までの1年間(暦年)で贈与額を計算し、贈与額が110万円以下ならば贈与税がかからないというしくみを利用した贈与方法です。
一般的な暦年贈与の計算方法は、次の通りです。
贈与税の計算方法
贈与財産を受け取った者は、次の計算で贈与税を納めます。
【贈与税 =(贈与を受けた財産の合計額 - 基礎控除110万円)× 贈与税の税率 - 控除額】
暦年贈与には大きくわけて「特例贈与」と「一般贈与」があり、贈与税の税率と控除額がそれぞれ異なっています。
特例贈与
直系尊属(両親など)から18歳以上の直系卑属(子や孫など)への贈与税は次の速算表で計算されます。
基礎控除後の課税価格 |
200万円 以下 |
400万円 以下 |
600万円 以下 |
1,000万円 以下 |
1,500万円 以下 |
3,000万円 以下 |
4,500万円 以下 |
4,500万円 超 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
税 率 | 10% | 15% | 20% | 30% | 40% | 45% | 50% | 55% |
控除額 | ‐ | 10万円 | 30万円 | 90万円 | 190万円 | 265万円 | 415万円 | 640万円 |
一般贈与(上記以外の贈与)
上記の特例贈与以外で、たとえば兄弟間の贈与、夫婦間の贈与、両親から18歳未満の子どもへの贈与などが該当します。
基礎控除後の課税価格 |
200万円 以下 |
300万円 以下 |
400万円 以下 |
600万円 以下 |
1,000万円 以下 |
1,500万円 以下 |
3,000万円 以下 |
3,000万円 超 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
税 率 | 10% | 15% | 20% | 30% | 40% | 45% | 50% | 55% |
控除額 | ‐ | 10万円 | 25万円 | 65万円 | 125万円 | 175万円 | 250万円 | 400万円 |
基礎控除とは
暦年贈与の計算には基礎控除110万円が設けられており、1年間の「贈与を受けた財産の合計額」が110万円以下ならば課税の対象とならず、申告の必要もありません。
つまり非課税で毎年110万円以下の財産を移せるため、相続対策として用いられる方法の一つとなっています。
なお、贈与税の計算は様々なケースで非課税や減額となる特例が設けられており、年度によって計算方法が変わる可能性もあるため、具体的な金額は専門家に相談するとよいでしょう。
贈与契約書を作成した方がよい理由
贈与契約書を作成すると、合意した贈与契約の具体的な内容を記録し、客観的に証明することができます。
つまり、当事者間だけでなく、第三者に贈与の内容を客観的に証明する効果があるということです。
この効果により、たとえば次のような、様々なトラブルを防ぐことができます。
- 定期贈与と判断されること
- 税務署からの贈与の否認
- 相続人間のトラブル
- 口約束による認識のズレ
- 履行前の撤回
次に、これらの事例について確認していきましょう。
贈与契約書を作成するメリット
ここからは、贈与契約書を作成した場合の具体的な活用事例についてご紹介していきます。
定期贈与と判断されることを防ぐ
生前に毎年110万円の基礎控除を利用しながら贈与を行っても、相続が開始したときに非課税と認められなくなるケースがあります。
たとえば「定期贈与」といって、毎年同じ時期に一定の額を定期的に贈与している場合です。
税務署からみると、まとまった金額の贈与を分割して支払っていると判断され、毎年の贈与額を110万円以下に納めていても、合計した金額に課税される可能性があります。
定期贈与は贈与総額があらかじめ決まっているかどうかで判断されるため、対策としては贈与のたびに贈与契約書を作成しておくという方法があります。
税務署からの贈与の否認を防ぐ
そもそも贈与と認めてもらえないケースとして、「名義預金」と判断される場合があります。
名義預金とは、「預金口座の名義人」と「実質の所有者」が異なる場合で、他人名義ですが実際は通帳を管理している本人の預金となっている口座をいいます。
たとえば、子や孫名義の預金口座に毎年贈与として振込しているが、通帳やキャッシュカードなどは親が保管している場合です。
この場合、贈与ではなく親の貯金とみなされてしまうため、子や孫自身が実際に管理している口座を使用して贈与することがポイントです。
もし本人の貯金とみなされると、たとえば被相続人が贈与していた場合、被相続人自身の相続財産の1つとして相続税が課されてしまいます。
贈与契約書を作成しておけば、名義預金ではなく贈与が行われたという客観的な証拠を提示できます。
相続人間のトラブルを防ぐ
相続では、亡くなった方から財産を生前贈与されて特別な利益を得た相続人がいる場合、その生前贈与された財産も考慮して遺産分割を行います。
これは特別受益といって、相続人間で遺産を分割する際に公平性を保つための制度です。
しかし、遺産分割では金額の大小を巡って相続人間で感情的になるケースも多く、贈与の金額を証明する資料がないと「これだけのはずがない。もっと多くもらっていたのでは?」と疑われてしまうケースもあるでしょう。
あらかじめ贈与契約書を作成し、入出金履歴とともに保管しておけば贈与金額を客観的に証明できます。
口約束による認識のズレを防ぐ
口頭のみの約束事は、どうしても認識のズレや言った言わないで後からトラブルになる可能性が高くなります。
贈与者にとってはほんの手助けをする気持ちで「援助する」と言った場合でも、受け取る側は「すべて負担してくれる」ととらえてしまうこともあるかもしれません。
約束についてお互いの認識を合わせるためにも、贈与契約書で合意内容を明確に記録しておきましょう。
履行前の撤回を防ぐ
法律上、「書面によらない贈与」と「書面による贈与」では、解除の要件が異なっています。
書面によらない贈与は、すでに履行済の部分を除き、各当事者がいつでも解除できます。
口約束でした契約は、一方が贈与をやめる気持ちで振込を中止すれば解除されるためです。
一方、書面による贈与の場合、原則として解除は認められません。
たとえば贈与前や分割払いしている途中で約束を反故にされるといったトラブルを防ぐためにも、契約書という書面で贈与の証拠を残しておきましょう。
贈与契約書を作成する流れ
贈与契約書には形式的なルールがないため、当事者が自由な体裁で作成できます。
ただし、贈与契約書としての効果を持たせるためにいくつか注意しておきたいポイントがあります。
贈与内容を明確にして記載する
後々のトラブルを防ぐため、特に次のような情報を記載する必要があります。
- 贈与者
- 受贈者
- 贈与する日付
- 贈与の金額(あるいは、贈与する動産や不動産)
- 手数料や税金などの費用負担者
- 贈与の方法
- 負担付贈与の場合は、受贈者が負担する内容
- 贈与契約を解除できる事由(一定事由があれば解除できるとする場合)
贈与として記録したい内容を明確に記載しましょう。
署名は直筆で記入し、押印は実印を使用する
贈与契約書の内容自体は、必ずしも手書き作成する必要はありません。
ただし、署名欄までPCなどによる入力では、第三者が見たときに本当に当事者の合意で交わした契約書なのか疑われる可能性があります。
押印についても、契約書という正式な書類である以上、実印の使用が望ましいでしょう。
当事者全員が1通ずつ保管する
贈与契約書は権利義務が生じる当事者の人数分を作成し、それぞれが保管します。
もし1通のみ作成した場合、後から客観的に見た人が契約書の改ざんなどを主張してトラブルになる恐れがあるためです。
生前贈与を行うときの注意点
相続対策として生前贈与を行う場合、贈与契約書を作成する以外にも、次のようなポイントに注意しておきましょう。
できるだけ早い時期から贈与を行う
生前贈与加算は、贈与者の死亡前7年以内に財産を贈与された相続人がいる場合、贈与された財産を相続財産に含めるというルールがあります(※令和5年12月31日以前の贈与では相続発生後3年以内)
つまり、生前贈与をしても死亡前7年以内の財産は相続税の課税対象となります。
暦年贈与で年間110万円の基礎控除内に収めてきた贈与も、贈与税はかからないものの、生前贈与加算の計算には含めなければなりません。
通常、相続はいつ発生するか予測が難しいため、生前贈与を行う場合はできるだけ早い時期の方がよいといえるでしょう。
特例を活用する
次のようなケースでは特例として生前贈与加算を免れることができるため、該当する場合は積極的に活用していきましょう。
配偶者控除が適用された場合
結婚して20年以上経過した夫婦の一方が、もう一方に居住用財産やその取得資金を贈与した場合、2,000万円まで非課税となります。
配偶者控除が適用された財産は、生前贈与加算の対象とならず、相続財産に含める必要はありません。
住宅取得等資金の特例が適用された場合
自宅を購入・建築する目的で資金を贈与された場合、非課税となる特例があります。
住宅の種類などにより金額は異なりますが、1,000万円以上の金額が非課税となるケースもあり、この特例の適用を受けた財産は生前贈与加算の対象となりません。
教育資金の一括贈与の特例が適用された場合
両親などの直系尊属から教育費用の目的で受け取った資金は、一括贈与の特例の適用を受けると、最大で1,500万円の現金の贈与が非課税となります。
たとえば、以下のように幅広い教育費用が対象となっています。
- 幼稚園、小中高校、大学(院)、専修学校、認定こども園や保育所などの入学金
- 授業料
- 学用品費
- 給食費など
この特例の適用を受けた場合、生前贈与加算の適用は受けません。
なお、受贈者の所得税に係る合計所得金額が1,000万円を超える場合は、この非課税制度の対象外となります。
結婚・子育て資金の一括贈与の特例が適用された場合
結婚・子育て資金にあてるために両親や祖父母などの直系尊属から贈与された場合、1,000万円までの金額は特例により非課税となります。
対象となるのは、たとえば結婚や出産費用、育児に要する支出などです。
この特例の適用を受けた財産は、生前贈与加算の適用は受けません。
教育資金と同じく、受贈者の所得税に係る合計所得金額が1,000万円を超える場合、この非課税制度の対象外となります。
贈与契約書に関するよくある質問
贈与契約書について、よくある質問をQ&A形式でとりあげます。
Q.贈与契約書がない場合、贈与はどうなるのか?
A.法律上、契約としては成立します。
ただし、客観的な贈与の証拠として記録し、この記事でとりあげてきたような様々なトラブルを避けるためにも、贈与契約書は作成した方がよいでしょう。
Q.110万円以下の少額な贈与でも、贈与契約書を作った方がよいでしょうか?
A.110万円以下の贈与の場合、贈与税がかからず、申告の必要もありません。
ただし、贈与額の証明や諸々のトラブル防止のために少額でも贈与契約書は有用であるといえます。
Q.毎年贈与する場合、贈与契約書は最初の1回だけつくればよいのでしょうか?
A.複数回にわたって贈与をする場合、その都度作成するのが望ましいです。
複数回贈与しているにも関わらずまとめて1回の契約書しか締結していないと、内容によっては「定期贈与」とみなされてしまう可能性があるためです。
まとめ
通常、日常生活では契約書などを作成する機会はあまりなく、贈与契約書として本当に問題がないか不安に感じる方もいるかもしれません。
もし契約書の内容に不安があれば、弁護士などの専門家に契約書の作成や内容の確認を依頼するとよいでしょう。
相続に強い弁護士であれば、契約書の内容だけでなく相続対策として生前しておきたいことや手続き全般について相談できます。
相続はいつ開始するか予測できないところもあり、早めに専門家に相談し、必要な対策をしておくと安心でしょう。