近年、「家族信託」という制度が注目を集めています。
そこで、家族信託とはどのようなものか、その仕組みを確認するとともに、それによるメリット、デメリット、家族信託をする場合の手続き、注意点などについて確認していきたいと思います。
信託とは
家族信託を考える前に、そもそも「信託」とは何かについて確認しておきましょう。
信託とは、財産を所有する者(委託者)が、一定の目的に従ってその財産(信託財産)の管理や処分等をしてもらうために、その財産の所有権などを相手方(受託者)に移転し、その管理や処分によって得られた結果を委託者が定めた者(受益者)に享受させるという制度をいいます。
つまり、信託においては、
- ・信託を委託する委託者
- ・委託を受ける受託者
- ・利益の享受を受ける受益者
という三者が登場人物となります。
ただし、ここでいう委託者と受託者は同一人物とすることもできます。
財産の管理等を委託する方法としては、代理権を授与したり、業務委託契約によって管理業務等を委託したりする方法もあります。
信託がこれらの方法と異なる点としては、以下の2つの点が挙げられます。
①信託財産の所有権自体を受託者に移転する
代理や業務委託では、管理の対象となる財産の所有権は、代理の場合の本人、業務委託の場合の委託者に帰属したままで、代理人や受託者は本人・委託者の代理人等として管理や処分業務を行うに過ぎません。
これに対し、信託ではそれらの財産の所有権自体を受託者に移転し、受託者が自己の財産の管理等として管理・処分を行うことになります。
②委託者の死亡によって影響を受けないのが原則
代理の場合は本人が亡くなると代理権も消滅します(民法111条)。
業務委託契約も、委任者の死亡は委任の終了事由とされています(民法第653条)。
ただし、民法第653条を任意規定のため、委託契約においてこれを排除することは可能とされています。
これに対して、信託の場合には、信託法は委託者の死亡を信託の終了事由としていません(信託法第163条)。
信託の種類
信託には、信託銀行や信託会社が営業として行う「商事信託」と、それ以外の「民事信託」とがあります。
家族信託とは
家族信託の定義
家族信託について明確な法律上の定義はありません。
家族のために行う民事信託のことを家族信託と呼んだものが広がったと考えられます。その意味では民事信託のなかの一分野といえるでしょう。
ただ、現在では、民事信託のことを家族信託という意味で用いている例も多いようです。
家族信託が注目される理由
①信託法改正
信託法改正により、営利を目的としなければ一般の個人に対しても財産を信託できるようになったことで、信託による利用範囲が拡大した。
②マスコミによる特集の影響
2019年4月にテレビ番組で家族信託を取り上げた影響も大きいと思われます。その後、マスコミなどで家族信託が取り上げられ、注目されるとともに浸透してきた。
③対応範囲の拡大
これまでの制度では対応できなかったことに家族信託では対応できるという実用的な側面が、注目を集めている。
特に、認知症対策としては、従来は任意後見制度の活用がいわれてきました。しかし、この制度は家庭裁判所の監督の下、被後見人の財産の維持を目的とする制度であるため、その運用や処分などを行うには大きな制限があるなど、使い勝手における問題点が指摘されていました。
そのような不便を回避する手段として、民事信託の使い勝手が評価されたといえるでしょう。
家族信託の仕組み
家族信託における、委託者・受託者・受益者は、一般的に以下のようになります。
①委託者
財産を有する高齢者等が委託者となります。
②受託者
委託者の信頼できる家族や親戚・知人などに受託者になってもらいます。そして、委託者が所有する財産を信託財産として、受託者にその管理・処分などを信託することになります。
③受益者
家族信託における受益者は、家族信託を行う目的によって異なります。
- ・委託者自身が認知症になるなど、財産管理を適切にできなくなる場合に備えて財産管理を委託するときは、受益者を委託者自身とし、信託財産の管理や処分から上がった利益を委託者(=受益者)に払ってもらうことで、それを委託者(=受益者)の生活費等に当てることが可能となります。
- ・委託者が亡くなった後の財産の管理を目的にする場合は、受益者は相続人(全員の場合もあれば、特定の相続人とする場合もあります)となるでしょう。
なお、受益者は、特定人のみとする必要はありません。たとえば、委託者自身の存命中は委託者を受益者とし、委託者が亡くなったときは相続人を受益者とするといった形で受益者を連続して指定することも可能です。
家族信託のメリット
家族信託には具体的にどのようなメリットがあるのか見ていきましょう。
柔軟な財産管理が可能
すでに述べたとおり、任意後見制度や民法の定める成年後見制度は、被後見人の財産が散逸されたり、不当に費消されたりすることを防止するという、財産の維持を目的とする制度となっています。
そのため、本人の財産の支出や処分などについては、厳格に取り扱われます。
また、その財産が不当に使用されていないかを監督するために、後見人は、定期的に家庭裁判所に報告をしなければならないといった義務を負います。
その結果、被後見人の財産を積極的に活用して収益を上げる、財産を相続税対策として処分したり、生前贈与したりすることができにくく、実際の財産管理においては不便という問題点が指摘されています。
これに対し、家族信託は、目的に応じていろいろな形態をオーダーメイドで設計できるため、柔軟な対応が可能です。
生前から財産の管理を任せることができる
任意後見制度や民法の定める成年後見制度では、実際に後見人が活動を開始するのは本人の判断能力が衰えてからとなります。
それまでの本人の管理・処分と、後見人の管理・処分との間で断絶が生じるということも問題点として指摘されていました。
これに対し、家族信託は、信託契約締結時点から信託財産の管理を受託者に任せることができ、委託者はそれを管理することができるため、受託者による委託者の意向に沿った財産管理が、委託者の判断能力が衰える前から可能となります。
そしてその後に、委託者の判断能力が失われた場合も、従来からの管理方針に沿った形で財産管理がなされるため、財産管理の移行がスムーズに行うことができます。
また、いわゆる高齢者を狙った詐欺などに対しても当該委託者自身が信託財産についての管理権を有しないため、被害を防止することも可能となります。
遺言としての機能を果たすことができる
家族信託の中で、受益者を連続して指定することができます。
これを利用する事により、委託者自身が亡くなった場合の受益者を指定することで、遺言によることなく、委託者が所有していた財産によって利益を享受する相続人や受遺者などを指定するのと同じ効果をあげることが可能となります。
そして、これらの効果は、委託者が亡くなると同時に、家族信託契約に基づいて効力が生じます。そのため、相続人の間でそれらの指定された信託財産については、遺産分割協議などの手続きを行う必要はありません。
相続人や受遺者の財産管理を含めて対応できる
配偶者が認知症などになっている場合、委託者が存命中は委託者がその配偶者の財産を管理することが可能です。
しかし、委託者が亡くなった場合、相続人となる配偶者が財産を取得したとしても、配偶者は判断能力がないため、相続した財産を自ら管理することができません。
そのため、その配偶者の財産管理について成年後見制度等によって後見人の選任をしてもらうなどの手当てをする必要が生じます。
しかし、家族信託では、委託者の存命中は委託者自身を受益者としつつ、依託者が亡くなった後にはその判断能力を失っている配偶者を受益者とするというように、受益者を連続して指定することで、相続人である配偶者について改めて成年後見制度による後見人の選任などの手続きを経ることなく、配偶者のために継続的して信託財産の管理・処分などをしてもらうことが可能となります。
自己の相続以降の財産の承継についても定めることが可能
遺言の場合、本人が死んだ場合に自己の財産を誰に、どのように相続させるかを、遺産分割方法の指定をすることで定めることが可能です。
しかし、その相続人が亡くなった場合の二次相続における相続人などについては、関与することはできません。
しかし、家族信託では自己の財産についての相続人を受益者として指定できるだけでなく、その後の二次相続、さらにその後の三次相続等が生じた場合における受益者をも指定することが可能です。
これによって、たとえば、先祖代々の田畑など、重要な資産の散逸を防止するなど、資産を子孫に残す道筋を実現することが可能となります。
また、この方法を使うことによって、一次相続の相続人が認知症であるなどの理由により、一次相続によって相続した財産の処分について遺言等を行うことができない場合、その後の二次相続における遺産分割を巡るトラブルなどを予防することが可能となります。
共有不動産の管理場の問題の回避
相続財産について共有が生じる場合、各共有者の権利行使や当該財産の処分については、他の共有者の承認を得なければならないことがあるなど、その権利行使について大きな制限や障害となることがあります。
そこで、そのような場合に、当該共有物の管理処分権を一括して受託者に集約させ、共有者を受益者とする家族信託を組むことで、共有財産に対するトラブル防止などを図ることができます。
相続財産の分離
信託財産は、委託者の財産から分離独立した財産として、受託者の名義とされて管理されます。その結果、信託財産について、委託者の債権者は差押えなどを行うことができません。
同様の理由から、委託者が家族信託を行った後に破産などする事になっても、信託財産はそれによる精算の対象となることはなく、受益者は信託財産から受ける利益を享受することができます。
事業承継手段としての活用
オーナー企業のように、創業者が株式の大半を所有している場合において、創業者が引退を考えているにもかかわらず、株価が高いため譲渡が困難な場合や、株式譲渡後にも創業者が影響力を残しておきたいを考えている場合などには、株式を信託財産として後継者を受託者、自らを受益者とすることが考えられます。
これによって、議決権などの行使は後継者に任せつつ、自身は受益者として配当を受領することが可能となります。
逆に、経営権を維持しつつ、その経済的なメリットを相続人などに享受させたい場合には、創業者が自らを受託者とする自己信託を行い、受益者を相続人とすることで、自ら引き続き株式の権利を行使しつつ、配当などを相続人に受けさせることが可能となります。
このように、家族信託については、その目的に応じていろいろな活用方法が可能です。
家族信託のデメリット
身上監護権については対応できない
家族信託は、その目的によっていろいろな形で利用が可能です。
しかし、家族信託はあくまでも信託された財産についての管理・処分の権限を受託者に付与するにすぎません。
委託者の身上監護についてまで、家族信託で対応することはできないのです。
したがって、委託者の身上監護については、どうしても後見制度などを利用する必要が出てきます。
成年後見制度や遺言でなければ対応できない場合がある
家族信託は、信託契約で信託財産として特定された財産について、その管理・処分権を付与する制度です。したがって、信託契約を締結した時点で存在していた財産しか対象とすることができません。
その結果、契約で定めた信託財産に含まれていない財産や、信託契約後に委託者が取得した財産については、家族信託の効力が及びません。
その結果、信託契約後に委託者が取得した財産がある場合、それらについては通常の財産管理の問題や、相続の問題が生じることになるため、後見人の選任をしたり、遺言でそれらの財産についての相続分を指定したりするなどの対応が必要になることがなります。
また、法律上、遺言でなければできないとされる遺留分減殺対象財産の順序指定なども、遺言でなければできないと考えられています。
税金について
①受益者の税金の負担
信託財産からの収益や費用は、受益者の収益・費用として、受益者に帰属することとされます(所得税法第13条第1項)。つまり、受益者は毎年、確定申告を行わなければならないのです。
②受託者の計算書提出義務
受託者は「信託の計算書」「信託の計算書合計表」を毎年1月31日までに税務署長に提出する必要があります(所得税法第227条)
損益通算ができない
信託財産は委託者の財産とは、独立した財産として管理されます。その結果、信託財産の運用などによって損失が生じた場合も、それを委託者の固有財産と通算して計算することはできません。
委託者にとっては、信託財産による損失はなかったものと見なされることになります(税特別措置法第41条の4の2)。つまり、信託財産の損失によって委託者の課税所得を減らすことはできないのです。
受託者を誰にするかという問題
実際の問題として、誰を受託者にするかという問題があります。
信託は長期間にわたる信頼関係が基礎となります。ですから、完全に信頼できる相手を見つけることが最大のポイントとなります。
これについては、場合によっては、信託監督人をつけるなどの方法も考える必要があるかもしれません。
また、誰を受託者とするかについて、他の相続人などから異論が出ることも考えられます。のちのちトラブルとなることがあるかもしれないので誰を受託者とするかについては、しっかり考えると共に、他の相続人の了解もあらかじめ得ておくなどの対応が必要になるでしょう。
実務が確立していないというリスク
家族信託という制度自体、新しい制度であることもあり、未だ実務上も取り扱いが確定していない部分があります。家族信託を行う場合には、この点はあらかじめ認識しておきましょう。
家族信託を行う際の手続き
事前に決めるべき事項
家族信託を行うには、最初に次のことを決定する必要があります。
- ①目的は何か
- ②信託する財産は何か
- ③誰に信託するか、誰を受益者とするか
- ④その他の条件等
特に、家族信託を行う目的を定めることは何よりも重要です。
家族信託は、一定の目的達成するための手段です。ですから、何のために家族信託を行うのかを明確にしておく必要があります。
自身の認知症対策なのか、遺言の代わりなのか、二次相続・三次相続対策なのか、共有対策なのか、事業承継対策なのかなど、その目的によってどのような信託の形にするのか変わってきます。
信託契約の締結等
①信託契約の締結
家族信託を行うには、委託者と受託者との間で信託契約を締結することになります。
そのなかで、信託財産の範囲など、さまざまな条件について定めます。
また、その開始を一定の条件に関係させるなど、停止条件をつけたり、始期を定めたりすることも可能です。
②遺言による信託
家族信託は、遺言によって開始させることも可能です。
この場合は、信託契約による場合と異なり、遺言の効力が発生したときに効力が生じるので、相続開始時の全財産を信託財産とすることが可能となります。
その点で、家族信託のデメリットの項で挙げた、信託財産から漏れる財産が生じる可能性はありません。
一方で、遺言による信託は、遺言の効力が発生するとき、すなわち、委託者が亡くなったときに効力が生じるため、それ以前における信託の効果は期待できません。
つまり、認知症などの対策としては使えないということを認識しておく必要があります。
③信託宣言
委託者が自身を受託者として行う自己信託については、公正証書などによって自ら信託を行うことを意表表示することによって行います。
財産の移転
信託財産は、委託者の財産から独立した財産として管理されます。
したがって、信託財産に不動産などが含まれている場合は、登記名義を受託者名義に変更する必要があります。
また、実際にその管理を委託するため、必要な書類なども受託者に引き渡すことになります。
銀行口座については、新たに民事信託口座を開設して、そこで管理することになります。
これによって、委託者が亡くなった場合でも、口座が凍結されるなどといったことがなく、引き続き受託者による管理・処分が可能となります。
費用
家族信託を行うこと自体について、決まった費用というのはありません。
- ①信託契約書を締結する際に、その作成を弁護士・司法書士・行政書士等に依頼した場合の費用。また、公正証書として作成する場合には公正証書作成費用
- ②信託財産について名義変更をするための登録免許税
- ③信託監督人等をおく場合には、その報酬
まとめ
以上、家族信託制度について見てきました。
家族信託という制度には、数々のメリットがあることがおわかりいただけたと思います。
ただ、すでに述べたとおり、あくまでも家族信託は一定の目的を達成するための手段にすぎません。
ですから、家族信託を考える際には、何を目的とするのかをしっかり考えて、そのために家族信託という制度が適切な方法なのかをしっかり検証する必要があります。
また、家族信託という制度自体が、まだ新しい制度であるため、実務上の取り扱いが確立していない部分があるということは認識しておく必要があります。