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最終更新日:2022/12/14

「不動産の課税繰延制度の基礎知識」個人の場合

弁護士 中野和馬

この記事の執筆者 弁護士 中野和馬

東京弁護士会所属。
弁護士は敷居が高く感じられるかもしれませんが、話しやすい弁護士でありたいです。
お客様とのコミュニケーションを大切にし、難しい法律用語も分かりやすくご説明したいと思います。
お客様と弁護士とが密にコミュニケーションをとり協働することにより、より良い解決策を見出すことができると考えております。

PROFILE:https://vs-group.jp/lawyer/profile/nakano/

個人の場合に、不動産の繰り延べ制度はどのように運用されることになるのでしょうか?個人で不動産を譲渡し、買換え資産を取得した場合における特例措置など計算方法などをご紹介し、わかりやすく解説していますので、最後までお読み頂けますと幸いです。

個人に対して適用される課税繰延制度とは?

法人の場合にも個人の場合にも課税繰延制度というものは存在しますが、実は両社は原則としてほとんど違いはありません。しかしながら、個人の場合には、「特定事業用資産の買換えの特例」の制度が用意されており、この制度を用いると、事業用若しくは事業用に準ずるもののみが対象となります。その他の違いとしては、法人の場合には「圧縮記帳制度」が存在しますが、個人にはありません。その代わりとして、繰延部分につき「譲渡されなかった」という処理がされることになります。 

上記で見ました通り、個人の課税繰延制度の場合には、「事業用若しくは事業用に準ずるもののみが対象となる」ということでしたが、この「事業用に準ずる」というのは少々よく分かりづらい言葉ではあります。例として挙げますと、貸家をする場合におよそ5棟以上であること、あるいはアパートにおいては貸室数がおよそ10室以上という目安があります。このような数で判断される基準もあれば、実質的な観点より判断して、不動産賃貸を行う場合に相当な対価性を受け取っている場合であれば、「事業に準ずるもの」と考えられるケースもあります。

個人の課税繰延制度はどのようになっているのか?

個人の場合には、課税繰り延べ部分について圧縮記帳制度が利用されるのではなく、「譲渡されなかった」という処理がなされるため、「特定事業用資産の買換えの特例」について考えると、以下の通り譲渡所得を求めることができます。

譲渡対価が買換え資産よりも大きい場合

課税所得の金額は、収入―経費で算出することが出来ます。
収入は、「(譲渡対価―買換え資産の取得価額)+買換え資産の取得価額×20%」の計算式により求めることが出来ます。経費については、「(譲渡資産の取得費+譲渡費用)×収入金額/譲渡対価」の計算式により求めることが出来ます。

譲渡対価が買換え資産以下である場合

こちらの場合でも、課税所得の金額は、収入―経費で算出することが出来ます。
収入は、「譲渡対価 × 20%」の計算式により求めることが出来ます。
経費については、「(譲渡資産の取得費 + 譲渡費用) × 20%」の計算式により求めることが出来ます。

ここで、事例を一つ取り上げてみたいと思います。
譲渡対価は4億円、買換え資産の取得価額が2億円、譲渡資産の取得費用は7,000万円、譲渡費用は1,000万円

まず、前提として、課税所得の金額は、収入―経費により算出することが出来ます。
1.収入金額

  • (1)譲渡対価―買換え資産の取得価額=4億円―2億円=2億円
  • (2)買換え資産の取得価額 × 20% =2億円 × 20% =4,000万円
  • (3)2億円 + 4,000万円 = 2億4,000万円

2.必要経費

  • (1)譲渡資産の取得費用+譲渡費用 = 7,000万円 + 1,000万円 =8,000万円
  • (2)2億4,000万円/4億円 = 0.6
  • (3)8,000万円 × 0.6 = 4,800万円 

3.譲渡所得の金額
よって、「収入」の金額が2億4,000万円、「経費」の金額が4,800万円であることが算出することができました。
従って、収入―経費 = 2億4,000万円―4,800万円
          = 1億9,200万円

ある一定の条件を満たした居住用物件を買換えた場合の特例

平成31年12月31日までに以下に定める条件を満たす居住用資産の譲渡を行い、その代替として居住用資産を取得することになった場合には、特例により、譲渡所得に対する課税の繰延べが出来ることになっています。

本特例が適用されるための条件

  • (1)譲渡資産の対価の金額が1億円以下であること
  • (2)取得する土地の面積が500㎡以下であること
  • (3)譲渡した年の属する1月1日時点で、譲渡した居住用財産を10年超の期間にわたって所有していること
  • (4)譲渡する相手方当事者が親族などの特別な利害関係を有する者ではないこと
  • (5)譲渡する資産と買換える資産との双方が国内に所在していること
  • (6)譲渡した前年より譲渡後の翌年までの合計3年の期間内において買換え資産を取得すること
  • (7)譲渡日現在において、譲渡した者が譲渡資産であった物件に10年以上にわたって居住していたこと
  • (8)譲渡前の2年間において、居住用の財産3,000万円の特別控除などの特例を受けていないこと
  • (9)取得対象となる対象物件が中古住宅であり、かつ耐火建築物である場合には、新築後経過年数が25年以内であること。また、対象物件が中古住宅であり、耐火建築物以外である場合には、新築後に経過年数が25年以下であること、若しくは一定の地震に対する安全性にかかる基準に適合することのどちらかを充足させること
  • (10)買換え資産を取得した年の翌年末日までに対象物件を自己の居住用に用いること(なお、買換え資産の譲渡を行った前年に取得したときは、譲渡を行った翌年の末日までに自己の居住用に用いること)

譲渡所得を計算してみましょう

買換え資産の取得価額が譲渡対価の金額よりも大きいときは、差額分を収入として譲渡所得を算出します。また、買換え資産の取得価額が譲渡対価の金額よりも少ない場合は、譲渡されなかったものと考えて計算することになります。

ケース)
譲渡対価が5,000万円、買換え資産の取得価額が2,000万円、譲渡資産の取得費が500万円、譲渡費用が100万円であった場合、譲渡所得の金額は以下のように計算することが出来ます。

譲渡対価 = 収入 ― 経費

「収入」の金額は、
譲渡対価―買換え資産の取得価額 = 5,000万円 ― 2,000万円
                = 3,000万円 

「経費」の金額は、
(譲渡資産の取得費用+譲渡費用)×収入/譲渡対価 
= (500万円+100万円)× 3,000万円/5,000万円
= 600万円 × 3,000万円 / 5,000万円
= 360万円

よって、譲渡所得 = 収入 ― 経費
         = 3,000万円 ― 360万円
         = 2,640万円

買換え資産として居住用資産を取得した場合には、損益通算並びに繰越控除はどのようになるのでしょうか?

本特例が適用されるための条件

  • (1)譲渡した年の前年1月1日より翌年末日までの期間において、買換え資産を取得すること(ただし、国内にあるものに限ります)
  • (2)買換え資産を翌年末日までの期間において、居住若しくは居住見込みであること
  • (3)資産を取得した年の合計所得金額が3,000万円以下であること(繰越控除の適用を受ける場合)
  • (4)譲渡する相手方が譲り渡し人にとって親族関係にある者など特別な利害関係を有する者ではないこと
  • (5)対象物件の居住部分に係る床面積が50㎡以上であること
  • (6)譲渡前の2年間において、居住用の財産3,000万円の特別控除などの特例を受けていないこと
  • (7)譲渡の対象となる居住用資産について5年を超えて所有していたこと(譲渡を行った年の1月1日において)
  • (8)譲渡を行った3年前までの期間において、当該買換え資産以外の居住用資産の譲渡損失の金額において、本特例若しくは居住用資産の譲渡損失における損益通算並びに繰り越し控除の適用がないこと
  • (9)買換え資産を取得した年並びに繰越控除の適用を受けようとする年の末日時点において、買換え資産において償還期間が10年以上にわたる住宅ローンを保有していること

既成市街地等の地域内における中高層対価建築物を建設するために土地などを買い換えるための特例について

不動産の譲渡を行い、その代わりとして、買換え資産を取得し、かつ当該買換え資産の取得日より1年以内に事業用若しくは居住用として利用した、又は今後利用する見込みがあるという場合には、当該買換え資産の取得価額が譲渡対価よりも少ないときは、譲渡がされなかったものと考えて処理を行います。一方で、買換え資産の取得価額が譲渡対価の金額よりも多い場合には、当該差額を収入として譲渡所得の金額を算出することになります。
ただし、本特例を利用するためには、以下のような条件を満たす必要があります。

  • (1)既成市街地及び既成市街地に準ずる地域、中心市街地共同住宅事業の区域内で生じる3階建て以上の中高層の耐火共同住宅を建築する事業が行われるエリアにおける不動産などより、当該事業によって建築された耐火共同住宅などへの買換えなどを行うこと
  • (2)特定民間再開発事業が行われるエリアの不動産より建築された4階建て以上の中高層耐火建築物などへの買換えを行うこと

本特例を利用するためには、立体買換え方式である必要があります。すなわち、既成市街地などのエリアにおいて土地を譲渡し、その上に建てられた建物および敷地権を取得するような場合である必要があります。

本特例の適用を受けるためには、以下の内容をよくご確認頂く必要があります。

  • (1)本特例の適用を受けるためには、所有期間が何年であるかは問題とはなりません。
  • (2)棚卸資産を譲渡するときには、本特例の適用を受けることが出来ません。
  • (3)譲渡を行った後に、買換え資産を取得する場合には基本的に譲渡翌年までに行う必要がありますが、先行取得の制度が問題となる訳ではありません。
  • (4)特定民間再開発事業が行われているエリアの中高層耐火建築物への買換えを行わないのであれば、譲渡された不動産をどのような目的で利用しても問題とはなりません。

一定の条件を備えた居住用資産の譲渡損失における損益通算並びに繰越控除について

平成31年12月31日までに以下の条件を満たす居住用資産の譲渡を行い、それによって損失が生じた場合には、当該譲渡損失の損益通算を行い、これによって控除されなかった譲渡損失分については繰延控除を行うことが出来るようになっています。
控除可能な損失金額は、譲渡資産における住宅ローン残高より譲渡対価を控除した金額に限られます。

本特例が適用されるための条件

  • (1)譲渡対象の物件の住宅ローン残高が譲渡対価の額を上回っていること
  • (2)譲渡を行った年の合計所得金額が3,000万円以下であること(繰越控除の適用を受ける場合)
  • (3)譲渡の相手方が親族など特別な関係性を持つ者ではないこと
  • (4)譲渡を行った年の1月1日時点で、5年を超える期間にわたって譲渡の対象である居住用資産を所有していること
  • (5)譲渡前の2年間において、居住用の財産3,000万円の特別控除などの特例を受けていないこと
  • (6)譲渡契約日の前日時点で、当該譲渡資産について償還期間が10年以上の住宅ローン残高が存在すること
  • (7)譲渡を行った3年前までの期間において、当該買換え資産以外の居住用資産の譲渡損失の金額において、本特例若しくは居住用資産の譲渡損失における損益通算並びに繰り越し控除の適用がないこと

ケース)
居住用資産の譲渡対価が1,500万円、譲渡資産の取得時期が平成4年7月、譲渡資産の購入対価は5,000万円、譲渡資産の譲渡時の住宅ローン残高2,000万円

1,500万円(譲渡対価)―5,000万円(購入対価)=△3,500万円(譲渡損失金額)
2,000万円(ローン残高)―1,500万円(譲渡対価)=500万円(損益通算限度額)

3,500万円 > 500万円

したがって、500万円が損益通算の限度額ということになります。

まとめ

本記事でご紹介した特例等を利用するためには、いくつかの条件を満たす必要があります。具体的にこの場合はどのように考えれば良いのかなど分かりにくい点等がございましたら、是非専門家等にご相談してみてはいかがでしょうか?

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