この記事でわかること
- 遺留分や遺留分減殺請求とは何かわかる
- 遺留分減殺請求に応じてくれない場合の注意点がわかる
- 遺留分調停申し立てを行う場合にすべきことがわかる
- 遺留分調停申し立ての流れがわかる
- 遺留分減殺請求に関する具体例や解決策がわかる
生前贈与や遺言による相続では、相続できるはずの財産を何ももらえないケースが生じる可能性もあります。
たとえば、長男だけに全財産を相続させるような遺言では、配偶者や他の兄弟には何も残らなくなってしまいます。
しかしながら、配偶者や子どもたちには最低限の財産を相続する権利があるため、このようなケースでは長男に対して金銭を請求することができるのです。
請求されれば長男は拒否できないのですが、仮に拒否されたとしても、家庭裁判所に調停を申し立てることができます。
この記事では、遺留分や遺留分減殺請求とは何か、請求に応じてくれない場合の注意点、調停の申し立てを行う場合に必要なことについて紹介します。
また、調停については、申立ての流れ、具体的事案や解決策についても詳しく紹介します。
目次
遺留分とは何か?
相続人となった配偶者や子などには、亡くなった方の財産について最低限の取り分が権利として保証されています。
これが遺留分です。
法定相続人には法律で認められた相続分があるとともに、そのうちの一定割合が遺留分として認められ、遺言でも侵害することができません。
原則として、個人の財産は自分で自由に処分できますが、生前贈与や遺言で相続させる場合には、死後の相続人の生活にも配慮しなければなりません。
もしも、財産全てが他人に贈与または遺贈されてしまったような場合にも、残された家族が経済的に困窮しないように定められているルールです。
ただし、法定相続人に含まれてはいるものの、兄弟や姉妹については、この遺留分が認められていないことに注意しなければなりません。
これは、被相続人とは生活上で経済的な関係が遠いことが、その主な理由とされています。
遺留分を無視するような遺言が実行された場合にも、権利のある相続人なら、請求して金銭を取り戻すことができます。
遺留分減殺請求とは?
贈与や遺贈によって遺留分を侵害されたときに、金銭を請求することを遺留分侵害額請求と呼びます。
2019年の法改正前は、遺留分減殺請求と呼ばれていましたが、改正前後で大きな違いはありません。
制度の概要
この請求の名称は、2019年の法律改正で名称が改められ、現在では遺留分侵害額請求と呼ばれます。
以前は、原則として該当する財産そのものを現物で返すよう請求することが原則とされていましたが、現在では金銭による請求に変わっています。
また、請求できる権利のことを、遺留分侵害額請求権と呼びます。
遺留分を侵害された場合は、贈与や遺贈の対象となった相続人や第三者に対して、返還するよう意思表示をすれば、権利を行使できます。
言い換えると、請求の意思表示をしなければ、返還されることはない点に注意が必要です。
また、この権利には時効があり、相続が始まり、遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知った時から1年で消滅します。
なお、知らない場合でも、相続開始から10年を経過すると、時効によって消滅するため、注意が必要です。
一方、請求の意思表示を行っても、話し合いで解決できないこともあります。
この場合は、家庭裁判所に遺留分侵害額請求調停を申し立て、解決を図る方法があります。
当事者だけでは感情的に対立してしまうようなケースもありますが、調停では裁判官が間に入って話し合いを行うため、冷静な解決が期待できます。
費用等
請求する場合は、基本的に証拠を残すため、内容証明郵便で意思表示を行うことが一般的です。
内容証明郵便代金としては、一般の書留郵便料金のほかに、文書1枚で440円を加算した料金がかかります。
また、調停を申立てる際は、申立書のほか、被相続人や本人、相手方の戸籍などを添付しなければなりません。
実費として、収入印紙代1,200円、連絡用の郵便切手として数千円分、戸籍の発行手数料などがかかります。
なお、裁判所によって必要が異なるため、事前の確認が必要です。
一方、調停手続きを弁護士に依頼する場合は、実費のほか弁護士費用がかかります。
弁護士費用としては、30分当たり5,000円程度の相談料、請求の意思表示を代理する費用として15,000円から30,000円程度を支払います。
また、依頼の際には、300,000円程度の着手金がかかります。
加えて、調停が成功して遺留分が得られた時には、報奨金として得た額の4%から16%程度を支払います。
遺留分減殺請求に応じない際の注意点について
基本的には、請求は一方的な意思表示によって効果が生じます。
正当に請求された場合は拒否する選択肢はないのですが、請求権の時効や遺留分の有無、計算間違いなどによって、請求に応じないケースもあります。
請求した相手が応じない場合の主な注意点について、確認しましょう。
時効を過ぎると権利が消滅
遺留分減殺請求に時効があることについては、すでに確認したとおりです。
相続が開始され、減殺すべき贈与や遺贈があったことを知った時から1年、あるいは、相続開始の時から10年経過すると権利が消滅します。
したがって、どちらかの期限が過ぎてしまった後では、請求権がないため断られてしまうことになるでしょう。
ただし、期間内に意思表示をしてあれば時効が中断するため、意思表示をした証拠を内容証明郵便で残すことが重要になります。
遺留分のある相続人であること
遺留分は、法定相続人である配偶者や子、直系尊属には認められていますが、兄弟や姉妹には権利がありません。
また、相続人に該当しなければ、そもそも権利がないため、請求することができません。
相続放棄していないこと
相続放棄をした場合、遺留分が認められません。
なぜなら、初めから相続人ではなかったものと見做されることになるためです。
相続欠格者に該当しないこと
欠格者に該当する場合は、相続人から廃除されるため、遺留分が認められません。
被相続人や他の相続人を殺害した場合、遺言に関する詐欺や脅迫など不当に干渉した場合などが、相続欠格に該当します。
相続廃除されていないこと
被相続人は、虐待や重大な侮辱、著しい非行があるような相続人について、申立によって相続人から廃除することができます。
請求者が、被相続人からの申立によって廃除されている場合は、相続人ではなくなり、遺留分がありません。
遺留分調停申し立てを行う場合
調停は、遺留分の権利のある相続人が、期間内に正当な請求の意思表示を行ったにもかかわらず、相手方が応じない場合に解決を図る方法です。
家族間や親族間の争いは、話し合いによる解決が望ましいとの考え方に基づき、訴訟を起こす場合でも先に調停が行われます。
事前にすべきこと
遺留分の請求権を行使するためには、まず、応じない相手方に対して意思表示をする必要があり、裁判外での解決を図ります。
当事者同士が直接話し合いを行う方法のほか、弁護士を代理人に立てて話し合ってもらう方法があります。
遺留分についての請求を拒否することはできないのですが、相手方の事情や感情的なもつれなどから、話し合いがまとまらないケースもあります。
このような場合は、家庭裁判所に調停申立を行うことができ、裁判官を間に立てて、冷静な話し合いを行うことができます。
なお、意思表示をする際は、時効で権利が消滅しないよう、内容証明郵便などを利用して文書を送付し、証拠を残しておく必要があります。
侵害額の計算
正当な請求を行うためには、侵害されている遺留分の金額を正確に計算しておく必要があります。
まず、財産の総額です。
対象となる財産は、死亡時の財産のほか、基本的に1年前までに生前贈与した財産を加え、債務を差し引いた金額です。
「対象となる財産」=「相続開始時の財産」+「生前贈与」-「債務」
遺留分は、基本的に対象となる財産の2分の1が全員の合計になり、その額に自分の法定相続分を乗じて求めます。
ただし、直系尊属だけが相続人の場合は3分の1になり、兄弟や姉妹には遺留分がありません。
「相続人それぞれの遺留分」 = 「財産総額」 × 1/2 × 「それぞれの法定相続分」
たとえば、配偶者と子が相続人の場合、法定相続分はそれぞれ2分の1ですから、個々の遺留分は4分の1ずつになります。
なお、配偶者のみ、子のみのように、単独で相続する場合は相続人で分割する必要がないため、財産総額の2分の1が遺留分です。
また、侵害されている遺留分については、被相続人から受けた贈与や遺贈があれば差し引き、相続で負担する債務があれば差し引いて求めます。
申立に必要な書類の準備
家庭裁判所への申立の際は、申立書を作成するほか、添付書類を準備する必要があります。
準備する書類としては、被相続人と相続人全員についての戸籍や遺言の写し、不動産がある場合は登記事項証明書などを揃えます。
戸籍は、相続人については現在のものを取得すれば済みますが、被相続人とすでに亡くなっている相続人については、出生時から死亡時までの連続する戸籍が必要です。
連続するとは、婚姻や転籍、戸籍の改製などがある場合に、すべて日付がつながることを意味します。
遺留分調停申立の流れ
調停を申し立てるには、応じない相手方の住所地を管轄する家庭裁判所、または双方の合意で定める家庭裁判所に必要書類を提出します。
提出は、持参か郵送のどちらでも構いません。
申立が受理されると
申立が受理されると、調停の期日が指示され、請求者と相手方が裁判所に出頭して話し合いが行われます。
訴訟のように法廷ではなく、裁判所にある調停室で話し合いの場が持たれます。
調停委員を交えた話し合い
調停手続きでは、裁判官1名と調停委員2名による調停委員会が構成され、双方から事情を聞き、必要な資料なども確認しながら話し合いが進められます。
調停では、裁判所側から解決案の提示や助言を受けつつ、双方の合意を目指して何度か話し合いを重ねます。
合意に達した場合
合意に達した場合は、その内容を記載した調停調書が作成されて、調停が成立します。
この調停調書には裁判の確定判決と同じ効力があり、相手方が合意内容を履行しない場合は、強制執行を行うことができます。
合意が得られない場合
一方、調停で話し合いを重ねても合意が成立する見込みがない場合、調停は不成立となり、そのあとは訴訟に移行することになります。
訴訟の審判になれば、事情を考慮した上で裁判官から提案や判断がなされることになり、調停のような話し合いは行われません。
遺留分減殺請求に関しての事案(1)
相続を巡る紛争は話し合いで解決することが望ましいものの、感情的に対立してしまうと、解決するのは簡単ではありません。
以下では、請求を巡る様々な争いのうち、裁判を介して解決した事案、弁護士に依頼して裁判によることなく解決できた事案を紹介します。
まず、感情的にもつれ、個人的なレベルでの請求に応じない場合でも、裁判が解決策となって当初の請求額をもらうことができた例です。
請求を巡る争い
亡くなった男性Aの相続人は、長男Bと二男Cで、二男Cが遺留分の請求者です。
男性Aは、預貯金と複数の不動産を所有していたものの、「長男Bに全財産を相続させる」旨の公正証書遺言を作成していました。
二男Cは何も相続できないこととなったため、兄の長男Bに遺留分を請求しましたが、兄は応じる態度を示しません。
二男Cは、遺留分として計算される額よりも低い金額を請求したのですが、兄からはわずかばかりの額しか提示されない状態です。
兄はその理由として、「亡くなった父親Aの意思を尊重する」と主張しています。
裁判を介した解決策
この事案では、請求額に関して兄弟間で対立したため、事前の話し合いや調停も不成立となり、訴訟が提起され裁判での解決が図られました。
裁判では、判決前の段階で裁判官から和解案が勧告され、これを双方が受け入れたことから、この和解勧告が最終的な解決策となっています。
解決までの経過
二男Cは弁護士に相談して論点整理を行い、まずは調停による解決を図ることにしました。
信頼関係が失われている兄弟間では、話し合いによる解決が難しいと判断されたためです。
一方、調停を申し立てられた長男Bも弁護士に相談したことから、弁護士同士が両者の代理人として法的な争点の整理を行いました。
請求に応じない兄は全財産を相続しているのですから、遺留分を払ったとしても多くの財産が残ります。
遺留分は、亡くなった方の意思を尊重しつつ、遺族の生活に配慮する制度ですから、兄の主張は適切ではないことが明確になりました。
調停では、兄から加算した金額が提示されたものの、相続不動産の評価額についての相違が残り、ここでも合意の見通しが立ちません。
このため、調停での解決を諦め、訴訟を提起するに至りました。
しかしながら、裁判手続きの途中で裁判官から和解案が提示され、両者が合意したため、判決に至る前に和解が成立しました。
和解案は、兄から当初の請求額に近い金額を早期に支払うとの内容で、話し合いや調停でも成立しなかった合意が成立しました。
裁判手続きにおける和解勧告
裁判所に訴えを提起した側は原告、訴訟を提起された側は被告と呼ばれます。
裁判手続きは、被告が裁判所に訴状を提出し、裁判所が訴状に不備がないと判断したところから始まります。
法廷では、裁判官の前で原告と被告が証拠を出し合って、事実関係や法律上の問題を争います。
裁判官は、両者の主張を確かめたうえで、証拠と法律に基づき、最終的にいずれが正当かの判決を言い渡します。
しかしながら、判決以外の解決方法として、当事者同士で妥当な解決方法を話し合う和解などの手続きが勧告されることがあります。
先に紹介した事案は、この勧告が最終的な解決策となっていることが特徴です。
遺留分減殺請求に関しての事案(2)
遺留分の請求は、本来請求されたら拒むことができない権利ですが、応じない場合、個人ではそれ以上進展を図りにくい側面があります。
以下では、弁護士に依頼して、裁判によることなく解決できた事案を紹介します。
請求を巡る争い
妻と長期間別居したまま亡くなったAの相続人は、戸籍上の妻Bと長男Cで、妻Bが請求者です。
亡夫Aは、別居中に「愛人Dにすべての財産を相続させる」との公正証書遺言を残していました。
夫Aの遺産は、預貯金などとB親子が居住しているマンションのはずですが、B親子は何も相続することができず、愛人Cからはマンション立ち退きを請求されています。
妻Bとしては、せめてマンションには住み続けたいと思っていますが、解決方法がわかりません。
弁護士を代理人とする解決策
本来、遺留分を請求されたら拒否することはできないのですが、財産調査を含め、相手方が協力しない場合は、個人でできることには限界があります。
特に、亡くなった方の財産の額が分からなければ、請求額さえ計算できません。
この事案では、代理人となった弁護士が、請求者に代わって相手方と交渉したことが解決策となり、裁判によることなく遺産分割が実現しています。
解決までの経過
妻Bは、最低限として、現在住んでいるマンションを相続したいと望んでいるものの、どうしたらよいか分からず弁護士に相談します。
妻Bは、事情を聞いた弁護士から、相続財産額の確認と遺留分の減殺請求が必要であることを知らされます。
妻から対応を委任された弁護士は、遺留分減殺請求権を持つBの代理人として、愛人Dに対して受任した旨を内容証明郵便で通知しました。
この通知を受けた愛人Dから、財産調査への協力を拒むこともできず、預金通帳やマンションの権利証などの提示を受けることができました。
この案件では、財産額が確定して遺留分も明確になった段階で、弁護士は愛人Dに対して、内容証明郵便で遺留分減殺請求の意思表示を行いました。
その結果、愛人Dが依頼した弁護士から回答が送付され、財産の分け方を話し合うことが提案されました。
弁護士同士の話し合いでは、遺言が遺留分を侵害していることを確認し、遺留分を考慮した遺産分割協議を行うことが合意されました。
続く協議では、遺産を半分ずつ分け合い、マンションについても評価額の半額を妻Bから愛人Dに支払うことで決着が図られました。
まとめ
遺産を巡って家族や身内の間で争うことになれば、感情的な対立になりがちで、後々しこりを残すような事態にも発展しかねません。
しかしながら、遺留分の減殺請求を行っても応じてくれないようなケースでは、裁判所を介して解決を図ることができる調停が利用できます。
裁判官や調停委員を交えた話し合いを重ねることによって、冷静な判断が期待できる有効な方法です。
調停の申立は個人で行うことも可能ですが、事前の意思表示や必要書類の準備など、慣れない個人では戸惑うことも多いのが実情です。
また、個人的に行う請求では、相手方の協力を得ることが難しいケースも多々あり、精神的な負担が大きいことが難点です。
このような場合は、弁護士に相談すれば、よりよい解決方法や調停手続きなど全般についてのアドバイスやサポートを受けることができ安心です。
遺留分の請求は長期化することも珍しくないため、精神的な負担や事務負担を軽減でき、納得できる結果も期待できます。