この記事でわかること
- 遺留分計算シートの使い方がわかる
- 遺留分計算シートによって誰にいくら侵害額請求するかわかる
- 遺留分を計算する際の注意点がわかる
法定相続人には一定割合の相続分(法定相続分)が保障されており、相続の際には法定相続分を目安に遺産を分割します。
遺言書があれば遺言内容に従いますが、なかには公平性を欠いたものもあり、法定相続分の半分すらもらえないといった事例も少なくありません。
しかし最低保障となる「遺留分」を請求すれば、偏った内容の遺言でも侵害額を取り戻せます。
そこで今回は遺留分計算シートを使った金額の計算や注意点、また具体的な遺留分の請求方法を解説します。
遺留分って何?相続人による割合を解説
遺留分とは、法定相続人が被相続人の遺産のうち最低限の相続を保証されている割合のことです。
遺言により遺産の取得者が指定されている場合には、自身の遺留分が侵害されている可能性があります。
この場合、遺留分侵害額請求権を行使して、自身の遺留分に満たない金額を請求することができます。
遺留分の割合は以下のとおりであり、法定相続人でも兄弟姉妹には認められません。
法定相続人 | 遺留分割合 |
---|---|
配偶者のみ | 法定相続分の1/2 |
子のみ | 法定相続分の1/2(複数人いる場合は等分) |
配偶者と子 | 法定相続分の1/2 |
直系尊属のみ | 法定相続分の1/3(2人ともいる場合は等分) |
配偶者と直系尊属 | 法定相続分の1/2 |
遺留分の計算方法
自身にいくらの遺留分が発生しているのかを知るには、遺留分の計算をしなければなりません。
遺留分の金額の計算式は、「遺留分の計算の基礎となる財産の金額×法定相続分×遺留分割合」となります。
誰が法定相続人になるかによって、法定相続分の割合だけでなく、遺留分割合の数値も変わります。
実際の例を使ってその計算方法をご紹介します。
①法定相続人が配偶者と子2人の場合
法定相続人が配偶者と子の場合、遺留分割合は法定相続分の1/2となります。
この場合、配偶者の法定相続分は1/2となります。
また、子の法定相続分も1/2ですが、2人で均等に分けるため、それぞれの法定相続分は1/4となります。
そのため、それぞれの遺留分割合は、配偶者が1/4、子がそれぞれ1/8となります。
②法定相続人が配偶者と直系尊属2人の場合
法定相続人が配偶者と直系尊属の場合、遺留分割合は法定相続分の1/2となります。
この場合、配偶者の法定相続分は2/3となります。
また、直系尊属の法定相続分は1/3となりますが、2人で均等に分けるため、1人あたりの法定相続分は1/6となります。
そのため、それぞれの遺留分割合は、配偶者が1/3、直系尊属がそれぞれ1/12となります。
遺留分計算シートとは
侵害された遺留分を計算できるのが遺留分計算シートであり、東京地方裁判所プラクティス委員会第三小委員会により、2011年頃に作成されたエクセルファイルです。
現在はネット上のアーカイブに残っているだけであり、「遺留分計算シート」で検索するとエクセルファイルを直接ダウンロードできます。
かつては遺留分の返還請求を遺留分減殺請求と呼んでいましたが、2019年の法改正により遺留分侵害額請求に変わっています。
旧法では請求する財産の種類を選択できませんでしたが、法改正以降は金銭請求が可能になっています。
ではさっそく遺留分計算シートの使い方を解説するので、遺留分の侵害額を計算してみましょう。
遺留分計算シートの使い方・入力方法
エクセルファイルをダウンロードすると通常は保護ビュー(編集不可)になっているため、ファイルを開いたあとは編集を有効にしてください。
ファイルには2つのシートがあり、「基礎となる財産一覧表」へ基本項目を入力すると、自動計算された結果が「遺留分減殺計算シート」へ反映されます。
なお、無色(白色)のセルに計算式が入っているため、上書きしないよう注意してください。
金額などの入力は水色のセルになりますが、「円」などの単位やカンマは自動付与されるので、数字のみ入力してください。
基礎となる財産一覧表のシートとは
遺留分を計算する場合はプラスの財産に生前贈与を加え、債務などを差し引いて基礎となる財産を算出します。
計算式は以下のとおりですが、遺留分計算シートにはこの計算が反映されており、各相続人や受遺者・受贈者の別に金額を入力していきます。
- 遺留分算定の基礎となる財産:プラスの財産+生前贈与の財産+特別受益-債務
では相続財産などを以下のように想定し、遺留分計算シートへ入力してみます。
- 相続人:被相続人の妻と長女、長男の3人
- 相続財産:1億円(現金1億500万円-負債500万円)
- 生前贈与:長女に1,500万円
なお、今回は計算をわかりやすくするため特別受益などは考慮しません。
相続人や法定相続分を入力
基礎となる財産一覧表シートの2行目には、「相続人・受遺者・受贈者」を6人まで入力できます。
今回は相続人(受遺者)が3人なので、妻・長女・長男を入力していきます。
相続人などの直下には法定相続分の入力欄がありますが、妻や子の法定相続分は以下のとおりなので、分子・分母にわけて入力してください。
- 妻(配偶者)の法定相続分:相続財産の1/2
- 子の法定相続分:1/2(長女、長男の2人なのでそれぞれ1/4)
さらに遺留分を侵害された相続人について、遺留分権行使者の欄へ「○」を入力します。
遺言で遺贈される金額を受遺者別に入力
今回の計算例では、遺言によって現金1億円が以下のように遺贈されたことにします。
- 妻の受贈額:5,000万円(1億円の1/2)
- 長女の受贈額:4,170万円(1億円の5/12)
- 長男の受贈額:830万円(1億円の1/12)
基礎となる財産一覧表シートの遺贈の部分に「現金」と入力し、各自の取得分の評価額の欄へ上記の金額を入力してください。
右側の「L列」に合計値が表示されるので、遺産総額と合っているか確認しておきましょう。
この計算例では長男の取得額が法定相続分の半分であり、遺留分を侵害されている状態です。
では次に、生前贈与や債務について入力していきます。
生前贈与の金額を入力
続いて生前贈与の欄に金額を入力しますが、新しい贈与から順に遺留分侵害額請求の対象になるため、直近の贈与を上の行へ入力します。
今回は長女に1,500万円の生前贈与があったものとしますが、遺留分侵害額の請求対象となる生前贈与には以下のような条件があります。
遺留分侵害額の請求対象となる生前贈与の要件
- (1)相続開始前の1年以内に行われた贈与
- (2)遺留分権利者に損害を加えることを知って行われた贈与
- (3)相続開始前10年以内の特別受益(被相続人から特別な利益を受けている場合)
長女への生前贈与は上記の(1)にあたるものとして、生前贈与の欄の最上段へ1,500万円を入力します。
債務の金額を入力
次に債務の負担額を相続人別に入力しますが、債務の入力欄は「合計額から入力」と「個別分担額から入力」の2段に分かれています。
債務の負担割合は原則として法定相続分に応じるため、法定相続分の割合どおりに負担する場合は「合計額から入力」の欄を使います。
L列の合計欄に債務の金額を入力すると、各相続人の分担額が自動計算されます。
今回の計算では法定相続分に応じて債務負担するため、各自の負担額は以下のようになります。
- 妻の債務負担額:250万円
- 長女の債務負担額:125万円
- 長男の債務負担額:125万円
相続人同士で負担割合(負担額)を決定した場合は「個別分担額から入力」を使うので、各自の負担額を直接入力してください。
最終分配額や遺留分がいくらになるか確認
ここまでの作業で取得財産などすべての項目を入力できました。
計算結果は遺留分減殺計算表シートに反映しているので、各自の最終分配額や遺留分を確認します。
- 妻の分配額:4,750万円
- 長女の分配額:5,125万円
- 長男の分配額:1,125万円
今回遺留分を侵害されたのは長男であり、「権利行使者の遺留分侵害額」の欄に侵害額670万円が反映されています。
また長男が妻と長女に遺留分侵害額を請求する場合、それぞれの金額は「遺贈の減殺額」の欄に反映しており、妻は234万8,130円、長女は435万1,869円です。
計算上1円の誤差はありますが、妻と長女の侵害額を足すと670万円になります。
遺留分を計算する際の注意点
相続の際には、遺産の取り分をめぐって特別受益や寄与分が問題になるケースがあります。
遺留分計算シートに特別受益や寄与分の項目はありませんが、相続人の主張によって認められた場合は遺留分の計算にも影響します。
では特別受益や寄与分が遺留分にどう関わってくるか、わかりやすく解説します。
特別受益とは
亡くなった方から生前に特別な利益を受けていた場合を「特別受益」といい、マイホーム資金の贈与や教育品の援助などが挙げられます。
たとえば長男だけが親からマイホーム資金を援助してもらった場合、他の兄弟姉妹からすると、親の遺産を均等分割するのは不公平といえます。
「兄には特別受益がある」との主張が認められた場合、遺留分の計算にも反映させなければなりません。
特別受益を考慮した遺留分の計算
では以下の例で特別受益を考慮した遺留分について計算してみましょう、
- 相続人:被相続人の長男と次男
- 相続発生時の遺留分対象額:6,000万円
- 特別受益:1,000万円(長男がマイホーム資金として親から受贈)
遺留分対象額に特別受益を加えると7,000万円になるため、遺留分は長男・次男ともに3,500万円として考えます。
特別受益のあった長男は3,500万円から1,000万円を差し引いて2,500万円、次男は3,500万円を取得する計算になります。
特別受益には時効がない
相続開始前3年以内に行われた贈与は相続財産としてカウントします。
3年以上前に行われた贈与は相続財産にならないため、「特別受益があっても遺留分とは無関係」と考えてしまいそうですが、実は特別受益に時効はありません。
マイホームの購入資金や教育費などの援助があった場合、20年前や30年前であっても特別受益として認められるケースがあります。
ただし、口頭の主張だけでは裁判所で通用しないため、口座の取引履歴や残高証明など、証拠となる書類を集めておく必要があります。
寄与分とは
被相続人への貢献度が寄与分として考慮され、一定条件を満たせば他の相続人よりも多めに財産を取得できます。
寄与分は被相続人の財産の維持や増加に貢献することで認められますが、具体的な条件は以下の4つです。
寄与分が認められる条件
- 被相続人の事業に対して労務提供した
- 被相続人の事業に対して出資などの財産の給付を行った
- 被相続人の療養看護に努めた
- その他の方法で、被相続人の財産維持や増加に貢献した
寄与分は遺留分に含めることはできませんが、無償または無償に近い貢献であり、継続性がなければなかなか認められないなど、条件は厳しいです。
遺留分侵害額請求権の手続き方法
侵害された遺留分を請求する場合、まず相続人同士の話し合いからスタートします。
しかしある程度の専門知識も必要ですし、話し合いが決裂した場合は次のステップも想定しておかなければなりません。
具体的には次のような手順で遺留分侵害額を請求します。
(1) 相続人同士で話し合う
遺留分の侵害額請求には特に決まった方法がなく、まずは相続人同士で話し合います。
話し合いを円満かつ有利に進めるためには専門知識が必要であり、感情に流されない客観性も必要です。
できればこの段階で決着させたいので、不安がある場合は相続に強い弁護士へ相談するとよいでしょう。
(2) 内容証明郵便で請求する
話し合いが長期化する場合もありますが、遺留分侵害額請求は以下のように時効が定められています。
遺留分侵害額請求の時効
- 相続開始および遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知ったときから1年以内
- 相続開始から10年以内
内容証明郵便を送れば消滅時効は6ヶ月間猶予されるため、その間に調停などの準備も進めておきましょう。
(3) 調停による遺留分侵害額の請求
話し合いがまとまらない場合、一般的には家庭裁判所へ遺留分侵害額の調停請求をします。
調停の場合は調停委員が間に入り、遺留分の返還方法などについて話し合いますが、当事者同士が直接顔を合わせることはありません。
調停の申立には「遺留分侵害額の請求調停の申立書」が必要であり、各裁判所にも備えてありますが、裁判所のウェブサイトからもダウンロード可能です。
添付書類の準備も必要ですが、申立ての趣旨や理由もしっかり整理しておいてください。
(4) 訴訟による遺留分侵害額の請求
調停による話し合いもまとまらなかった場合は、訴訟による請求しかありません。
遺留分の請求額が140万円以下であれば簡易裁判所、140万円以上であれば地方裁判所へ訴えますが、訴訟の際には証拠集めが重要になります。
どのような証拠を収集してよいのか分からない場合は、必ず弁護士に相談してアドバイスを受けてください。
まとめ
遺留分計算シートには旧法の文言(遺留分減殺)が使われており、法改正に合わせた更新はされていないようです。
しかし計算式には影響がないため、財産情報を正確に入力すれば遺留分の侵害額を把握できます。
他の相続人への個別請求額もわかるため、遺留分を取り戻す際にはぜひ活用してください。
ただし、相続財産には不動産など評価の難しいものも多く、話し合いもスムーズに決着するとは限りません。
遺留分侵害額の計算は税理士によるチェックも必要であり、調停に発展した場合の証拠収集には弁護士の助言も必要になるでしょう。
遺留分を確実に取り戻すためには、相続専門の税理士や弁護士が在籍し、ワンストップサービスを提供している法律事務所への相談をおすすめします。