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最終更新日:2022/12/14

相続放棄をさせられた!取り消すための手段・条件・手続き

弁護士 水流恭平

この記事の執筆者 弁護士 水流恭平

東京弁護士会所属。
民事信託、成年後見人、遺言の業務に従事。相続の相談の中にはどこに何を相談していいかわからないといった方も多く、ご相談者様に親身になって相談をお受けさせていただいております。

PROFILE:https://vs-group.jp/lawyer/profile/tsuru/

この記事でわかること

  • どのような場合に相続放棄の取り消しが行われているのか知ることができる
  • 相続放棄の取り消し方法が理解できる
  • 相続放棄の取り消し手続きが自分でできる

親が生前に作った借金を肩代わりしたくない。

そんなとき、どうしたらよいでしょうか。

相続財産には、不動産や預貯金などのプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産(負債)も含まれます。

相続放棄は、相続人がマイナスの財産を引き継がないようにするための手段です。

ある日突然身に覚えのない負債を背負わされることから相続人を守るための制度ともいえます。

一方、相続人の本意ではなく相続放棄させられた場合はどうでしょう。

相続放棄を取り消して相続したいと考えるのが当然ですが、実際はそう簡単に取り消すことはできません。

ここでは、相続放棄について正しく理解したうえで、どのような場合に相続放棄の取り消しが認められるのか、取り消しの手続まで詳しく説明します。

相続放棄とは

相続人には、プラスとマイナスの両方の財産を相続する「単純承認」の他、マイナスとならないよう財産の範囲を限定して相続する「限定承認」、プラスとマイナスの財産すべてを相続しない「相続放棄」の3つの選択肢があります。

相続放棄をすると、負債を背負わなくてもよい反面、亡くなった人の自宅や預貯金などの資産も相続することはできなくなります

まずは、相続放棄が行われるのはどのような場面か、また、相続放棄の手続や期限について説明します。

相続放棄が行われるケース

相続放棄が行われる主なケースは、亡くなった人が多額の負債を抱えていて資産より負債のほうが大きく、債務超過に陥っている場合です。

また、亡くなった人が第三者の借金の保証人となっている場合や損害賠償請求を受けたりや訴訟の被告になっている場合も、相続によって保証人の義務や被告の立場も承継することになるため、債務超過の場合と同様に「相続放棄したほうが良いケース」です。

また、「戦略的に相続放棄するケース」としては、亡くなった親が経営していた会社を長男が継ぐため、不動産や株式などを長男一人に集中させたい場合があります。

その他、亡くなった親から生前贈与を受けていた場合や、亡くなった親の再婚相手やその子ども(異母・異父兄弟)相続させる場合なども相続放棄が行われるケースとしてあげられます。

相続放棄の期限は3か月以内

相続放棄は、相続人が相続の開始があったことを知ったときから3か月以内(熟慮期間)に行う必要があります。

被相続人の死亡日からではなく、死亡したことを告げられて相続が開始したことを知った時点から熟慮期間がカウントされることに注意が必要です。

なお、相続は相続人の確定や相続財産の調査などに時間を要することから、相当の理由があると認められる場合は3ヶ月の期間内であれば家庭裁判所の審判を受けて熟慮期間を延長することもできます。

この場合、延長される期間は個別のケースによって異なりますが、1か月~3か月程度であることが多いようです。

期間内に相続放棄の手続をしない場合は、相続を単純承認したものとして扱われます。

相続放棄の手続

相続放棄を行う場合は、熟慮期間内に家庭裁判所に相続放棄を申述します。

以下では、手続きの流れを説明します。

相続放棄の申述

相続放棄の申述を行うのは、相続放棄を希望する相続人です。

相続人が未成年や成年被後見人の場合は、法定代理人や特別代理人が行います。

提出書類は、裁判所所定の申述書の他、亡くなった人の戸籍謄本と住民票、申述する相続人の戸籍謄本などです。

これに手数料となる800円分の収入印紙や所定額の切手を添えて、家庭裁判所に提出します。

提出先は、亡くなった人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。

家庭裁判所の受理

相続放棄の申述後、家庭裁判所から相続人の意思確認を行うための照会書が届きます。

相続人は、照会書に必要事項を記入して家庭裁判所に返送します。

その後、所轄の裁判所によってはさらに面談が行われるケースもあるようです。

照会手続きが終わると、家庭裁判所で内容の審査が行われます。

審査の結果、相続放棄に正当な理由があると判断された場合は、「相続放棄申述受理通知書」がとどきます。

この通知書によって、相続放棄が家庭裁判所に正式に認められたことになります

相続放棄の申述から受理通知書が届くまでの期間は、途中照会手続きにかかる郵便事情等によっても前後しますが、概ね2~3週間程度となっているようです。

相続放棄したことを債権者などに通知する必要がある場合は、家庭裁判所に請求して「相続放棄申述受理証明書」を発行してもらいます。

放棄すると後順位の相続人が相続する

家庭裁判所に相続放棄が認定されると、その相続人の相続順位は、その次の順位の相続人に引き継がれることになります。

例えば、親が亡くなった場合、その配偶者とその子どもが全員相続放棄すると、亡くなった親の親(相続放棄した子どもの祖父母)が第一順位の相続人となります。

祖父母がすでに亡くなっている場合は、親の兄弟に相続順位が移ります。

なお、上記の例で亡くなった親に多額の負債があったとすると、家族が相続放棄したことによっておじ・おばなど親族に負債を背負わせる結果となってしまうので、注意が必要です。

なお、すべての相続人が相続放棄をする場合は、債権者の申し立てによって家庭裁判所が選任する相続財産管財人が財産整理を行います。

相続放棄させられたときに取り消す手段と条件

相続放棄は、相続人本人の意思で行うもので、誰かに強制されるものではありません。

しかし、放棄後に新たな事実が判明したため相続放棄を撤回したい場合もあるでしょう。

さらに、亡くなった人が多額の負債を抱えていたなどと騙された、または他の兄弟が放棄するから足並みをそろえた、長男が事業を継ぐために放棄を迫られたなど、本意ではなく相続放棄させられたケースもあります。

ところが、家庭裁判所に相続放棄が認められた後は、相続放棄は原則として取り消せません

債権放棄には3ヶ月間という時間制限があることから、周囲からせかされて十分な検討や確認を行わず書類に判を押して相続放棄してしまったとしても、なす術がないのです。

ただし、本意ではなく相続放棄させられた場合も救済措置がないのは、相続人にとってあまりにも酷なため、例外的な措置として相続放棄を取り消す手続きが設けられています

相続放棄の手続を取り消すには、撤回、取り下げ、取り消しの3つの方法が考えられます。

以下で、それぞれの方法について、以下詳しく説明します。

撤回

「撤回」とは、ある行為が何の問題もなく行われたけれども、後になって何らかの問題が発生したため、その行為を中止するというものです。

撤回がされると、撤回の意思表示をした時点から将来に向かってその効力が失われます。

亡くなった人が多額の負債を抱えていたため相続放棄をしたけれど、後になって負債をはるかに超えるような資産があることが判明したたため、相続放棄をなかったものとしたいといったケースが撤回にあてはまります。

結論からいうと、家庭裁判所に相続放棄が認められた後は、熟慮期間中であってもこれを撤回することはできません

理由は、いったん認められた相続放棄が撤回されることによって、遺産分割協議を最初からやり直す必要が生じるとともに、他の相続人に及ぶ影響が大きいからです。

相続放棄を前提に行われた相続によって他の相続人が相続した不動産を第三者に譲渡していたり、金融資産を負債の返済にあててしまっていたりした場合を考えてみましょう。

相続財産の調査が不足していたために相続人が行った相続放棄によって、他の相続人や第三者が多大なる迷惑をこうむることになります。

一人の相続人による相続放棄の撤回を認めることによって、他の相続人との保護のバランスを逸する結果となることは明らかです。

取り下げ

家庭裁判所に相続放棄の申述が受理された(認定された)後の撤回は認められませんが、受理前の段階であれば申述を取り下げることができます

「取り下げ」とは、相続放棄の申述が家庭裁判所に受理されるまでの間であれば、申述自体をなかったものとして取り扱うものです。

あくまでも、受理前の段階に限り取り下げは可能です。

取り下げの手続は、家庭裁判所所定の取り下げ書に必要事項を記入のうえ署名押印し、返送することで行います。

あわてて相続放棄を申述したけれどもあとからやっぱり取り消したいという場合、申述後すぐに取下げの手続を行うことで何とかなることもありますので、頭の片隅にとどめておきましょう。

取り消し

家庭裁判所に相続放棄が受理(認定)された後の手続として、撤回の他に「取り消し」があります。

取り消しとは、ある行為を行った時点で、当初からその行為に何らかの問題があった場合に、その行為をなかったものとして扱うものです。

撤回とは対照的に、取り消しによってその行為は最初からなかったものとして取り扱われます。

このように、効力が発生する時期はそれぞれ異なりますが、撤回と同様に相続放棄の取り消しを認めることによって、他の相続人へ大きな負担を強いることになります。

そのため、あくまでも例外的な措置として取り消しの手続きがありますが、実際にはほとんどの場合、家庭裁判所に相続放棄の取り消しを認めてもらえません

取り消しが認められるケース

いったん行われた相続放棄を取り消す必要があるのは、どのようなケースが想定されるでしょうか。

相続放棄を民法の規定により取り消しが認められる場合について、以下で説明します。

相続放棄を未成年などが行った場合

未成年者や成年被後見人、被保佐人等が相続放棄を行った場合、相続放棄を取り消すことができます。

本来であれば、成年被後見人本人が相続放棄をすることはできない他、未成年者や被保佐人等の相続放棄の申述には保護者や保佐人等の法定代理人の同意が必要ですが、同意を得ずに相続放棄を申述し、裁判所もこれをチェックしきれなかったというごくまれなケースです。

このようなケースでは、法定代理人が相続放棄を取り消すことができます

騙されて相続放棄させられた場合

他の相続人や第三者から騙されて相続放棄させられた場合、詐欺行為があったものとして取り消しが認められる場合があります

例えば、亡くなった親の再婚相手から「生前多額の借金をしていたから、相続放棄しましょう」と言われて相続放棄した後に、実際には借金がなく再婚相手が財産をすべて自分のものにしていたことが判明したケースなどです。

再婚相手が書類を偽造して知らない間に相続放棄させられたケースも想定されます。

ただし、安易に実印を預けたために書類を偽造されたなど、騙されたり書類を偽造されたりしたことについて相続人に重大な落ち度がある場合は、本意ではなく相続放棄させられたとしても取り消しが認められるとは限りません。

強要されて相続放棄させられた場合

他の相続人や第三者から強要されて相続人の本意ではなく相続放棄させられた場合、脅迫行為があったものとして相続放棄の取り消しが認められます

例えば、親族一同に書類を前にして放棄を強要されたため印鑑を押さざるを得なかったり、他の相続人の債権者から「相続放棄しないと身の危険があると思え」などと脅されて相続放棄したりといったケースです。

ただし、相続人間の話し合いの場で放棄せずに相続したいとの意思を言いづらかったなど、脅迫とまではいえない場合は、本意ではなく相続放棄したとしても、取り消しは認められません。

相続放棄させられたときの取り消しの手続き

相続放棄の取り消しの手続きは、家庭裁判所に相続放棄の取り消しの申述を行い、家庭裁判所が審判を行います

取り消しの申述の手続と効果について、以下で説明します。

取り消しの申述

取り消しの申述を行うのは、相続放棄した相続人本人です。

ただし、未成年や成年被後見人などが行った相続放棄については、法定代理人が取り消しの申述を行います。

提出書類は、裁判所所定の「相続放棄取消申述書」の他、戸籍謄本などの付属書類です。

これに手数料となる800円分の収入印紙や所定額の切手を添えて、家庭裁判所に提出します。

相続放棄取消申述所の提出先は、相続放棄の申述と同様に、亡くなった人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。

取り消しができる期間

例外的な措置であっても取り消しによる影響は大きいため、申述できる期間には制限が設けられています。

取り消しができる期間は、追認できる時から6ヶ月以内、または相続放棄から10年以内です。

追認できる時とは、例えば、相続人が詐欺であることを知ったときや、脅迫を免れたときなどです。

仮に詐欺であることを知らずに時が経過したとしても、相続放棄から10年が経過すれば取り消しできません。

家庭裁判所の審判

相続人などから相続放棄取消申述書が提出されると、取り消しの理由を確認するため、必要に応じて裁判所から証拠書類の提出を求められたり、呼び出しを受けて事情を聴取されたりすることがあります。

その後、裁判所は提出された書類や聴取した情報をベースに審判を行い、取り消しを認めるかどうかの判断が下されます。

取り消しが認められたらできること

家庭裁判所の審判によって相続放棄の取り消しが認められると、相続放棄は最初からなかったものとして扱われます。

したがって、再び放棄の手続をすることもできます。

ただし、相続放棄を前提にすでに行われた遺産分割や相続財産の処分などが当然になかったこととして扱われるわけではありません

この場合、登記の是正や財産の引き渡しを受けるには、遺産分割を受けた他の相続人の協力が前提となります。

協力が得られない場合は、遺産分割の調停や訴訟を申し立てて相続放棄の取り消しを主張することになります。

【参考】錯誤無効(錯誤取り消し)

ここまで、民法に規定される相続放棄の取り消しについて詳しく説明してきました。

取り消しとは別に「錯誤無効」の主張もできると解釈されています。

錯誤無効とは、勘違いして行った行為をなかったことにするものです。

ただし、勘違いであれば何でもなかったことにできるものではなく、動機に重大な錯誤があり、その動機を本人が表明していた時に限り、無効にできるとされています。

錯誤無効が認められるケース・認められないケース

相続放棄について錯誤無効を主張した裁判例を紹介します。

錯誤無効が認められなかったケースとしては、相続税の軽減を目的として相続放棄したところ実際には相続税が高額になってしまったケース、一人の相続人に相続財産を集中させる目的で他の相続人全員で放棄する前提で放棄したところ実際には他の相続人が放棄しなかったケースがあります。

上記のケースから、他の相続人が相続すると「思っていただけ」では錯誤無効は認められず、相続放棄の際に理由として申述書に記載して動機を明確に表示していることが求められているといえます。

一方、被相続人から多額の負債があると聞かされていたため相続放棄したが実際は多額の資産があることが判明したケース、被相続人の兄弟に相続させようと母親が相続放棄したところ祖母が生存していることが判明し兄弟は相続できなかったケースでは、錯誤無効が認められました。

まとめ

相続放棄を検討する場合は、相続人と相続財産の調査をしっかり行い正確な情報に基づいて判断することが肝要です。

また、他の相続人と丁寧に話し合いを重ね、認識に齟齬がないようにする必要もあります。

調査や相続人間の話し合いに時間を要する場合は、熟慮期間中に家庭裁判所の審判を受けて期間を延長し、相続放棄について焦らず判断しましょう。

万一、相続放棄後に新たな事実が判明するなど放棄を取り消したい場合は、迅速に対応することにより家庭裁判所の認定前に相続放棄の申述を取り下げることができます。

相続放棄の認定後は撤回や取消できませんが、詐欺や脅迫があった場合など例外的に取り消しが認められることもあります。

取り消しが認められなければ、錯誤無効を主張して訴訟する選択肢もあります。

限られた時間の中で節税対策や事業承継等などさまざまな要素を考慮して判断しなくてはならないため、相続開始を知ったら早めに専門家に相談することも検討しましょう。

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