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最終更新日:2024/3/5

遺産分割前の相続預金の払戻し制度とは?限度額や必要書類について

弁護士 水流恭平

この記事の執筆者 弁護士 水流恭平

東京弁護士会所属。
民事信託、成年後見人、遺言の業務に従事。相続の相談の中にはどこに何を相談していいかわからないといった方も多く、ご相談者様に親身になって相談をお受けさせていただいております。

PROFILE:https://vs-group.jp/lawyer/profile/tsuru/

この記事でわかること

  • 遺産分割が成立する前に預金を払い戻してもらう制度がある
  • 相続預金の払戻し制度を利用するメリットとデメリットがわかる
  • 遺産分割前に引き出せる金額や手続きに必要な書類がわかる

相続が発生すると、被相続人名義の預金口座は凍結され、相続人であっても引き出すことができなくなります。

しかし、相続人の中には、被相続人の預金を生活費に充てている人もおり、相続人にとって困ったことになる場合もあります。

そのため、遺産分割協議が成立していなくても、預金の払戻しを受けられる制度が設けられています。

ここでは、相続預金の払戻し制度について解説していきます。

遺産分割前の相続預金の払戻し制度とは

金融機関の口座名義人が亡くなると、その口座は凍結され、相続人であっても引き出すことができなくなります。

引き出しができるようになるのは遺産分割協議が成立した時であり、それまでは引き出すことができません。

しかし、これでは相続人の生活が立ち行かなくなることもあり、相続人にとって不都合が生じる事態となっていました。

そこで、遺産分割前に金融機関の口座から、一定の金額を引き出すことができる制度が設けられました。

この制度が、遺産分割前の相続預金の払戻し制度です。

2019年7月1日に、この制度が新しく創設されました。

遺産分割前の相続預金の払戻し制度が新設された理由

遺産分割前の相続預金の払戻し制度が創設されたのは、2019年と比較的最近のことです。

これには、新しい制度を創設する必要に迫られた理由があります。

以前の相続預金の払出しの状況

以前は相続が発生した後でも、被相続人名義の預金を相続人が自由に払戻しすることができました。

これは、預金は遺産分割の対象にならないとされていたためです。

遺産分割の対象に預金が含まれていないことから、相続人からの請求があれば金融機関は払戻しを行っていました。

相続発生後は、葬儀費用の支払いや相続人の生活費の支払いのために、お金が必要になります。

そのような時に、被相続人名義の預金を使うことも多くあり、被相続人の口座から相続人に支払いを行っていました。

最高裁判所の決定

平成28年に最高裁判所大法廷で、以下のような決定が出されました。

共同相続された普通預金債権・・・は、いずれも、相続開始と同時に当然に分割されることはなく、遺産分割の対象となる

これ以前は、預金は遺産分割を行う対象ではなかったことから、相続人が払戻しを受けることができました。

しかし、この決定により、預金についても遺産分割を行う対象となることが明らかにされました。

遺産分割の対象になることの影響

預金が遺産分割の対象になると決定されたことにより、遺産分割協議が成立するまでは、預金の払戻しが受けられなくなりました

しかし、遺産分割協議が成立するまでは通常、1年近くの時間がかかってしまいます。

この間、相続人がまったく預金の払戻しを受けられないということになると、相続人は必要な支払いができなくなってしまいます。

そこで、新たに預金の払戻しに関する制度を設け、遺産分割協議が成立する前でも払戻しが受けられるようになりました。

遺産分割前の相続預金の払戻し制度を利用するメリット・デメリット

遺産分割前の相続預金の払戻し制度を利用すると、どのようなメリットがあるのでしょうか。

また、この制度を利用することにデメリットはないのでしょうか。

メリット

遺産分割前の相続預金の払戻し制度を利用するメリットは、遺産分割前に被相続人名義の預金を相続人が利用できることです。

亡くなった人がいると葬儀を行う必要があり、葬儀会社や寺院などに対して多額の支払いが発生します。

また、相続登記を行う際には、登記費用や司法書士への報酬などを支払う必要があります。

相続人がこれらの支払いをしなければなりませんが、被相続人の預金から払戻しを受けることができれば、負担は軽くなります。

また、被相続人が入院・介護施設に入所していた場合には、病院や介護施設への支払いが残っています。

あるいは、借金を残していた場合には、その返済を相続人が引き続き行わなければなりません。

これらも、被相続人の預金から支払うことができれば、相続人の負担はかなり少なくなることが見込めます。

さらに、相続人の生活費の支払いを、被相続人の預金に依存しているケースも多くあります。

被相続人の預金から払戻しを受けることで、相続後も生活費に困ることはなくなるでしょう。

デメリット

遺産分割前の相続預金の払戻し制度を利用するには、多くの必要書類を準備しなければなりません

そのため、書類の準備に時間がかかってしまうこともあり、すぐに利用できない場合があります。

また、当面の必要資金について預金の払戻しを受けることで、相続放棄できなくなる可能性があります。

葬儀費用などの支払いに充てているだけであれば、すぐに相続放棄できなくなるわけではありません。

ただし、生活費や相続人の個人的な目的に利用した場合、相続放棄できなくなってしまいます

相続発生後すぐに、被相続人の借金が明らかになるとは限らず、後から発覚するケースもあります。

そのため、預金の払戻しを受ける場合は、慎重に考える必要があります。

遺産分割前の相続預金の払戻し制度を活用後の相続分

遺産分割前の相続預金の払戻し制度を利用すると、遺産分割前に被相続人の遺産の一部を相続人が手にすることとなります。

この場合、遺産分割協議における各相続人の相続分にはどのような影響があるのでしょうか。

まず、相続預金の払戻しにより引き出した被相続人名義の預金も相続財産となります

そのため、誰が払戻しを受けたかに関係なく、遺産分割により相続する人を決定しなければなりません。

ただ、預金の払戻しは相続財産の前払いに相当するため、その払戻しを受けた人が相続したこととするケースが多いでしょう。

また、払戻しを受けた預金を葬儀費用や入院費用の支払いに充てた場合、その金額は相続財産の金額から控除できます。

払戻しを受けた人が自分のために使っているわけではないため、その金額を相続財産から差し引くことができます。

この時、正確な金額を計算するために、領収書やレシートなど支払いの内容が分かる書類を保管しておかなければなりません。

遺産分割前の相続預金の払戻し制度で引き出せる金額

遺産分割前の相続預金の払戻し制度により、どれだけの金額の払戻しを受けることができるのでしょうか。

払戻し金額には限度額が定められているため、その計算方法を確認しておきましょう。

払戻し金額の上限額

金融機関で相続預金の払戻しを受ける際の上限額は「被相続人名義の口座預金残高×1/3×払戻しを受ける人の法定相続割合」です。

ただし、この金額が150万円を超える場合は、150万円が上限金額となります。

実際の計算例で確認してみましょう。

たとえば、A銀行の被相続人名義の預金口座の残高が1,500万円だったとします。

また、法定相続人が配偶者と子ども2人だったとしましょう。

この場合、配偶者が払戻しを受けられる上限額は、次の計算のとおりです。

1,500万円×1/3×配偶者の法定相続割合1/2=250万円>150万円

つまり、配偶者が払戻しを受けられる金額は、150万円となります。

同じケースで、子どものうち1人が払戻しを受けられる上限額は、以下のような計算になります。

1,500万円×1/3×子どもの法定相続割合1/4=125万円<150万円

この場合は、払戻しを受けられる金額は、125万円までとなります。

家庭裁判所の保全処分による払戻し

先ほど紹介した上限額の計算式は、金融機関の手続きのみで払戻しを行う際の上限額です。

もしこの金額より多くの払戻しを受けたい場合は、家庭裁判所で保全処分の申立てを行うことにより可能となります。

なお、家庭裁判所に保全処分の申立てがあった場合、その金額はあらゆる状況を総合的に判断して、家庭裁判所が決定します。

遺産分割前の相続預金の払戻し制度の必要書類

前述したように、遺産分割前の相続預金の払戻し制度を利用する際には、多くの書類を家庭裁判所に提出しなければなりません

必要な書類には、以下のようなものがあります。

必要な書類

  • 被相続人の除籍謄本、戸籍謄本、または全部事項証明書
  • 相続人全員の戸籍謄本または全部事項証明書
  • 相続預金の払戻しを希望する人の印鑑証明書

相続人が被相続人の兄弟姉妹である場合は、さらに必要な書類が増えることがあります。

手続きを行う金融機関で事前に確認し、書類に漏れがないようにしましょう。

まとめ

遺産分割前の相続預金の払戻し制度は、相続人が相続後の生活を安定させるために必要な制度です

ただし、この制度を利用したからといって、相続財産が減り、相続税の負担が減るわけではありません。

また、払戻しを受けることで、相続放棄ができなくなってしまう可能性があります。

実際にこの制度を利用する方がいいとは限らない場合があるため、慎重に判断しましょう。

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