この記事でわかること
- 家族信託のメリットがわかる
- 家族信託の注意点やリスクがわかる
- 家族信託と成年後見制度の違いがわかる
高齢の方が、将来的な認知症リスク防止のために「家族信託」を検討するケースが最近増えています。
家族信託の利用は、財産を預ける側、財産管理する側、どちらからも検討できますが、実際どのようなメリットがあって、どんなことに注意しなければならないかは、良くわからないという方も多いのではないでしょうか。
家族信託はメリットの多い制度ですが、注意すべき点もいくつかありますので、利用の際には十分な検討が必要です。
本記事では、家族信託のメリット・デメリット、特に注意すべき点について解説するとともに、成年後見制度との違いについても説明していきます。
目次
家族信託とは?
家族信託とは何か、代表的な具体例を使って説明しましょう。
高齢となった父親は、賃貸アパートを所有しており、年金と合わせて、その賃貸アパートからの家賃収入で生活しています。
父親は、自身が高齢で将来的に自分が認知症になった場合に備えて、賃貸アパートの管理を息子である長男に任せたいと考えました。
そこで、家族信託の仕組みを使って、父親自身を委託者として、管理を任せる長男を受託者、そして預ける財産(賃貸アパート)から得られる利益(家賃収入)を受け取る受益者として父親自身を設定する信託契約を締結することにしました。
こうして信託契約を締結することで、父親は賃貸アパートの管理を長男に任せながらも、家賃収入は自身が受け取ることができますし、この先、認知症となってしまった場合でも、長男がこの賃貸アパートを管理、もしくは売却処分などを行うことが可能となります。
ここで、家族信託を利用するメリットについて、もう少し詳しく説明していきましょう。
認知症による資産凍結対策になる
本人が認知症となって判断能力が十分でなくなった場合、不動産などの資産を売却処分するときに本人の意思確認手続きができないことがあります。
そうなると、不動産などの資産は実質的に凍結されるということになってしまいます。
ですが、家族信託によって、不動産などの財産管理を子どもなどの家族(受託者)に任せることで、財産の管理や処分を受託者が行うことが可能となります。
例えば、認知症となった親が施設に入居することになり、入居費用捻出のため自宅を売却する必要がある場合でも、事前に家族信託の契約が締結されていれば、受託者である子が、スムーズに売却手続きを行うことができます。
成年後見制度よりも柔軟な財産管理ができる
認知症などによって判断能力が著しく低下してしまった場合、成年後見制度を利用して財産管理を成年後見人に任せるという方法をとることもできます。
ただし、成年後見制度の財産管理には様々な制約があります。
- ・成年後見人は、申立てにより家庭裁判所するが、家族が選ばれるとは限らない。
- ・成年後見人に家族が選任されても、後見監督人がついた場合は、監督人への報酬が月額2万円程度必要になる。
- ・成年後見人の財産管理の目的は、本人の利益になることに限られるため、基本的に資産運用をすることはできない。
- ・財産の売却には、原則的に家庭裁判所の許可が必要となる。
一方、家族信託の場合は、委託者である本人と受託者が、財産管理の方法、方針などについて信託契約にまとめておくことで、その内容に反しない限り、受託者が柔軟に財産管理を行うことができ、また財産の積極的な運用を行うこともできます。
つまり、成年後見制度では実行できない資産の組み換えなどによる「相続税対策」をすることも可能になります。
本人が死亡しても受益者を引き継げる
通常、本人が死亡した場合の財産は、遺言や法定相続により相続人に引き継がれます。
ですが、相続人が本人の配偶者で認知症だった場合、成年後見人をつけて財産管理する必要があるかもしれません。
家族信託の場合、信託契約において、最初の受益者(利益を得る人)が死亡したときに、次の受益者に引き継ぐことができます。
ですから、元々父親が設定した家族信託であっても、次の受益者を母親としておくことができますから、同じ信託契約の仕組みの中で、同じ受託者(子どもなど)が、母親のために引き続き財産管理や生活面のサポートを行うことが可能となります。
先々の資産承継を設定することが可能
家族信託によって、次の受益者を指定しておくことが可能であることは前記で説明した通りですが、この仕組みを使って、さらにその後の受益者を設定することも可能です。
例えば、先程の例で言えば、父親から母親へ受益者の身分を引き継いだとしても、母親が認知症であれば、その後の財産の承継者を遺言などで指定することはできません。
そのような場合、財産は基本的に法定相続分に従った相続となり、相続人同士で遺産分割協議を行う必要があります。
遺産分割協議はスムーズに話がまとまることも多いですが、相続人の希望が食い違ったり、不仲といった感情的な理由から争いに発展することもあります。
ですが、家族信託では自分の希望する順番で何段階でも受益者を指定することができますから、後々の遺産分割協議での争いを排除することが可能となります。
共有不動産となることを回避できる
前記のような資産承継の仕組みを利用すれば、共有不動産となることを回避できます。
通常の相続では、複数の相続人がいる場合、不動産を共有せざるを得ないことがあります。
共有不動産となった場合は、リフォームや売却処分などをするときには共有者全員の同意が必要となります。
また、共有不動産となった後に共有者の一人が死亡したら、その共有持分を相続人が相続することになりますから、共有者全員の同意を得ることはさらに難しくなるでしょう。
家族信託を利用すれば、共有不動産となることを回避して資産承継できますから、不動産が塩漬けになってしまうことを防止できます。
家族信託の注意点(1)・節税面で不利になることも
ここまで、家族信託のメリットについて説明してきました。
続いてデメリットですが、家族信託の場合、直接的なデメリットと呼べるものは想定できません。
ですが、いくつか注意点がありますので、ご紹介していきましょう。
信託契約外の損益通算禁止
賃貸アパートや駐車場などの収益物件をいくつか所有しているような場合、家族信託の適用で注意しなければならないのが「損益通算禁止」の規定です。(租税特別措置法41の4の2)
例えば、AアパートとBマンションを所有しているとしましょう。
家族信託により、Aアパートのみ家族信託の信託財産とし、Bマンションは信託財産に入れないという信託契約を締結した場合、AアパートとBマンションの損益を通算することができなくなります。
具体的に説明すると、Aアパートが大規模修繕を行いマイナス500万円で、Bマンションは通常通りの家賃収入を得られプラス800万円だったとします。
通常の場合、AアパートとBマンションの損益は通算できますので、利益300万円に対して税金が課税されます。
ですが、Aアパートのみを信託財産としている場合、損益通算できませんので、Bマンションの収益800万円に対して税金が課税され、信託財産であるAアパートの損金500万円はそのまま、なかったものとみなされます。
また、通常の場合は、Aアパートの損金は翌年度以降に繰り越すこともできますが、信託財産とした場合は、損失を翌年以降に繰り越すことはできません。
複数の信託契約も損益通算禁止
さらに、一方を信託契約から外す場合だけでなく、複数の信託契約を締結した場合も、それぞれの契約に含まれる信託財産からの損益は通算することができません。
例えば、父親が家族信託の際に、長男にAアパートの財産管理を任せる信託契約、長女にBマンションの財産管理を任せる信託契約を個別に結んだような場合です。
どちらの信託契約でも受益者は父親となりますが、信託契約が別になっている場合はそれぞれの信託ごとに計算することになるため、2つを合算して損益通算することはできません。
家族信託の注意点(2)・詳しい専門家に相談が必要でコストがかかる
家族信託は、法的に有効な信託契約を締結しなければいけませんし、信託期間も長くなることが一般的です。
また、最近になって注目を集めている仕組みであるため、詳細を解説した書籍やホームページも多くはありません。
ですから、家族信託に対する理解は必要ですが、実際の運用には家族信託に詳しい専門家への相談が欠かせません。
家族信託の実務に詳しい専門家を探す
家族信託の知識や経験が豊富な専門家を選ばなければ、せっかく家族信託を利用しても思ったような結果に辿り着けない場合があります。
家族信託は、最近になって注目を集めている手続きですから、弁護士・司法書士・税理士といった専門家なら誰に相談しても同じということはありません。
中途半端な知識や経験のない専門家に相談しても、家族信託がうまくいかなかったということになりかねません。
ですから、家族信託を相談する際には、無料相談なども利用して家族信託に詳しい専門家に依頼するようにしましょう。
家族信託に必要なコスト
家族信託を弁護士や司法書士といった専門家に依頼した場合、当然費用が発生します。
その他にも、不動産登記など実費も必要となり、全体として70万円から100万円程度の費用が必要といわれています。
具体的に、家族信託にかかる費用には以下のようなものがあります。
- ・弁護士等への信託契約コンサルティング・契約書作成の報酬費用
- ・信託契約書を公正証書にするための費用(公証役場)
- ・信託財産に不動産がある場合の信託登記費用(登録免許税)
- ・法務局への登記代行手数料(司法書士)
成年後見制度を長期間利用した場合の総費用と比較するとお得とは言えますが、家族信託を始めるに当たっては、ある程度の費用が必要であるということは認識しておく必要があります。
信託計算書が必要になることも
1年間の信託財産に係る収益額が合計3万円以上となる場合、「信託の計算書」「信託の計算書合計表」を税務署へ提出する必要があります。
実務上、特段ペナルティがあるわけではありませんが、この書類は毎年度、翌年の1月31日までに提出しなければなりません。
これは、信託財産の決算に関係する情報を、課税当局へ報告するための制度です。
信託計算書は受益者ごとの作成が必要ですから、複数の受益者がいる場合は、その人数分の作成が必要になります。
家族信託の注意点(3)・家族信託で解決できない問題もある
家族信託は、高齢者が認知症となった場合の財産管理、遺言的な資産の継承者指定など、対応できることも多いですが、万能というわけではりません。
家族信託だけでは解決できない問題もありますので、注意が必要です。
遺言書での補完が必要な場合も
相続発生時の遺産を、すべて信託契約によって信託財産とすることは難しいため、残った遺産について話し合う遺産分割協議を排除することは、家族信託だけではできません。
ですから、遺産分割協議を生前に排除しておきたい場合は、遺産の承継先を遺言書によって指定しておく必要があります。
身上監護権がない
家族信託は、あくまでも財産管理についての契約ですから、当然ですが身上監護権はありません。
ですから、家族信託上の「受託者」という身分で、委託者(本人)の入院手続や施設への入所手続きなどを行うことはできません。
身上監護権が必要な場合は、成年後見制度を利用して成年後見人とならなければなりません。
ですが、通常の場合、本人の子ども、家族という立場だけで、入院や入所手続きを行うことができますので、実質的には家族信託を利用していても、受託者ではなく家族という立場で身上監護できるということになります。
補足:家族信託と成年後見制度について
家族信託と成年後見制度は、どちらも判断力が十分ではなくなった人の財産管理を行うことができるものですが、それぞれには「できること」「できないこと」があります。
具体的には、下記の表にまとめましたので、ご確認ください。
家族信託 | 成年後見制度 | |
---|---|---|
財産管理について | △ 可能ですが、裁判所の管理下におかれ、制約を受けます。 |
〇 資産運用を含め、柔軟な財産管理ができます。 |
相続財産の承継先の指定 | × 成年後見制度は、生存中の方の財産管理を本人のために行うものですから、相続に関する指定等はできません。 |
〇 数世代先まで承継者を指定することができます。 |
身上監護について | 〇 可能です。 成年後見人は、財産管理だけでなく身上監護を行うことが法律で規定されています。 |
× 家族信託は、あくまで財産管理に関する契約ですから、身上監護権を付与することはできません。 |
まとめ
家族信託とは、高齢で認知症になるリスクを防止するために、子どもなどの家族を受託者として財産管理をまかせ、財産から得られる利益は本人(委託者=受益者)が受け取るという仕組みです。
家族信託は、最近になって注目を集めている手続きですから、メリットやデメリット、信託契約書の内容など、詳細が浸透しているものではありません。
また、弁護士・司法書士・税理士といった専門家の中にも、家族信託に精通し経験も豊富といった人は、まだ少ないのが現状です。
ですから、家族信託についての大まかな仕組みの理解はもちろん必要ですが、相談する専門家についても無料相談などを利用して、十分に吟味することが大切です。