この記事でわかること
- 認知症による口座凍結の予防策「家族信託」とは何か理解できる
- 家族信託のメリットとデメリットについてわかる
- 家族信託の手続きと費用について理解できる
認知症となった場合、その本人の銀行口座は凍結し、預金を引き出したり、他の口座へ送金できなくなったりといった一切の取引ができなくなるという事態が発生してきます。
高齢化社会の進行に伴って、認知症の有症率がますます急増しているため、この口座凍結のトラブルが相次いでいるというのが現状です。
このようなトラブルは、認知症患者本人とその家族にとって様々な弊害をもたらす恐れがあり、未然に回避するようにきちんと対策を講じておく必要があります。
その対策として有効なのが、家族信託(民事信託)です。
今回は、認知症による口座凍結の予防策「家族信託」について紹介します。
家族信託のメリットとデメリット、家族信託に必要な手続きと費用についても説明していきますので、ぜひ参考にしてみてくださいね。
目次
親が認知症になった場合に起こりうること
認知症になった場合には自身だけでなく家族にも様々な問題が生じますが、その中でも問題となるのは、やはり口座凍結の問題でしょう。
口座凍結とは、金融機関の制限によって、その口座内における取引がすべてできなくなることです。
凍結した口座では、入金・引き出し、振り込み、引き落としなどの一切の行為ができなくなります。
このような口座凍結は、口座を持つ本人が死亡した場合のみならず、認知症となった場合にも引き起こされるのです。
本人の所有する口座での取引では、本人の意思決定があることが絶対的な条件ですが、本人が認知症になってしまった場合には、法律上で意思決定能力がないものとみなされるからです。
そのため、認知症になってしまうと、その家族であっても、認知症患者本人の口座における取引をはじめ、その口座を解約することは不可能です。
本人の意思決定がないことには、誰であれ周囲が無断でその口座を取り扱うことは許されません。
たとえ家族であっても、意思決定能力がない人の口座を、その本人の意思とは無関係に誰かが取り扱えば、本人自身にとって不利益な状態が生じるリスクがあります。
金融機関では、そのようなリスクを回避するため、意思決定能力がない場合には口座を凍結するようになっているのです。
認知症患者本人の名義となっている銀行口座については、亡くなるまで凍結され続けることになるので注意が必要です。
家族信託とは
家族信託(民事信託)とは、信頼のおける家族や親族などに財産を託して、その財産の管理や運用、処分などを委ねることです。
あらかじめ財産を託して、信託した財産の管理や運用、処分などを家族に任せておくことで、認知症になった後でも、自身と家族の利益や権利を保護することができます。
この家族信託は、高齢者の口座凍結のリスクなどを未然に防ぐ対処法として非常に有効で、近年多く活用されています。
家族信託は基本的に、委託者(財産を託す人)と受託者(託された財産の管理運用や処分などを行う人)の信託契約によって成立します。
当事者は通常、委託者(財産を託す人)・受託者(託された財産の管理運用や処分などを行う人)・受益者(信託財産からの収益を受け取る人)で構成され、委託者本人が受益者となるケースが一般的です。
委託者は必要な状況に応じて、受益者の権利や利益を保護するため、信託管理人や信託監督人といった、受益者に代わって受託者を監督する立場の者を定めることができます。
この仕組みを活用することで、よりスムーズな資産承継・事業継承を実現でき、口座凍結をはじめとする様々なトラブルを予防・回避しながら、自身や家族の権利を守ることが可能です。
ただし、この家族信託の信託契約は、認知症になる前に行っておかなくてはなりません。
認知症になった後では法律上で意思判断能力がないと扱われ、信託契約自体が無効となるからです。
そのため、家族信託は認知症になる前に早いうちから行い、対策をしておきましょう。
家族信託のメリット
家族信託には、主に次のようなメリットがあります。
- ・口座凍結を回避できる
- ・財産管理が委託者の判断能力に影響されない
- ・委託者の思い通りに財産承継ができる
- ・成年後見制度よりも柔軟な取り決めができる
それぞれのメリットについて、詳しく説明していきます、
口座凍結を回避できる
家族信託を行うと、本人の財産を管理するために家族信託口座を開設できるようになり、家族信託契約によって信託財産の使い道や使用目的などを決めることができます。
そして、この家族信託を活用すれば、口座凍結のトラブルを回避することも可能です。
家族信託を行う場合には、信託財産は委託者本人の口座とは別に、家族信託専用の口座で管理することになります。
信託財産は、受託者が信託専用の口座を開設して現金を移管した後、その口座内で受託者が管理・運用されるのです。
このように、事前に家族信託を行うことで、認知症になった場合の口座凍結リスクを避けることができます。
この家族信託口座の開設については、必要に応じて、また、それぞれの家族信託のケースごとに具体的に十分に考慮し、検討するようにしましょう。
なお、信託契約後は受託者が信託財産の管理運用を行うことになりますが、実際の経済的な利益や損失については、引き続き本人に帰属するので、その点に留意が必要です。
財産管理が委託者の判断能力に影響されない
家族信託を行うことで、委託者が認知症などで判断能力がないとされる状態になっても、財産管理については影響が及びません。
たとえば、本人の口座を解約したり不動産を売買したりするような場合には、本人の判断に基づき行うことが基本ですが、認知症になってしまうと判断能力がないとされるため、このような行為ができなくなります。
しかし、家族信託を活用することによって、認知症になっても委託者の判断能力に関係なく、受託者である家族が本人に代わってその財産管理を行うことが可能です。
家族信託の際に、信託契約書の中で信託する財産の内容や用途などを事前に決めておけば、委託者の口座や不動産の管理運用が可能になります。
委託者の思い通りに財産承継ができる
委託者は、信託契約書の中で、あらかじめ信託財産の承継人や信託後の財産管理の方法を指定することができます。
ただ単に受託者と受益者を指定するだけでなく、それらの者の地位を承継する相続人を定め、何世代にも渡り、相続の優先順位をつけておくことも可能です。
またこの他にも、信託管理人や信託監督人を指定しておけば、その者が受益者の代理として受託者を監督することができるようになります。
このように、家族信託を行うことで、委託者の思い描く通りに財産承継を実現できます。
成年後見制度よりも柔軟な取り決めもできる
家族信託の他に、財産を管理してもらう方法としては成年後見制度があります。
成年後見制度を活用すれば、裁判所が選任した成年後見人が、認知症患者本人に代わって財産管理などを行うことができます。
この制度は、本人の利益になることにのみに限って、活用できます。
すなわち、本人の利益ではないこと、たとえば相続税対策などでは原則として成年後見制度を使うことはできません。
しかし、家族信託であれば、本人の希望に基づいて柔軟な取り決めを行うことができ、財産の管理や相続対策まで可能になります。
家族信託のデメリット
上述のように家族信託には様々なメリットがある一方で、次のようなデメリットもあるので注意しましょう。
- ・損益通算ができない
- ・税務申告上での手続きが増える
- ・長期にわたって当事者を拘束する
- ・様々な税金が発生する
上記のデメリットについて、それぞれ詳しく説明していきますので、確認しましょう。
損益通算ができない
信託財産に不動産が含まれる場合、信託財産となった不動産に関する損失は、その信託財産以外からの所得と損益通算することや、純損失の繰り越しをすることができなくなります。
これは、信託財産の中に収益不動産がある場合に、当該不動産の所得にかかる損失はなかったものとして扱われるためです(租税特別措置法41の4の2)。
複数の信託契約がある場合でも、それぞれの信託契約をまたいで損益通算をすることができません。
税務申告上での手続きが増える
信託した財産から年間3万円以上の収入が得られる場合、信託計算書と信託計算書合計表を税務署への提出する必要があります。
また、信託財産による不動産所得がある場合は、毎年の確定申告において、不動産所得用明細書に加えて、信託財産に関する明細書を別途作成して添付しなくてはなりません。
長期にわたって当事者を拘束する
家族信託は、自身と家族の権利を保護することを目的とし、スムーズな資産承継を叶える相続対策です。
委託者は、信託契約後の信託財産の財産管理方法を指定できるだけでなく、何世代にもわたって承継者指定を行うことができます。
このような家族信託を行えば、資産凍結などのトラブルを予防回避でき、相続対策にも有効です。
しかしその反面で、長期にわたって当事者を拘束することにもなりかねません。
家族信託の際には、将来を見据えた長期的な設計が必要になるので、その当事者に及ぼす影響を十分に考慮して、慎重に検討すべきでしょう。
様々な税金が発生する
家族信託では、当事者に複数の税金が発生する可能性があります。
課税対象者は税の種類によって異なりますが、家族信託によって発生する税金の種類として挙げられるのは、主に次のようなものがあります。
- ・贈与税
- ・相続税
- ・譲渡所得税
- ・登録免許税
- ・固定資産税
これらの税金は、基本的に受益者に課せられることになるので注意しておきましょう。
また、納税義務が発生する際のパターンについては、専門家に問い合わせることをおすすめします。
家族信託に必要な手続き
ここからは、家族信託の方法および、必要な手続きについて説明します。
家族信託を行う方法としては、次の3つがあります。
- ・信託契約
- ・遺言による信託
- ・信託宣言
それぞれの方法について、順を追って解説していきます。
信託契約(委託者と受託者の契約)
委託者と受託者が信託契約書を交わす方法を信託契約といいます。
信託契約書において、委託者は事前に信託財産を承継する受託者や、信託財産から利益を得る受益者、信託後の財産管理の方法などを指定して定めることができます。
信託契約の一般的な流れとしては、専門家の立ち合いのもと、作成した信託契約を公正証書として作成し、信託財産に不動産が含まれる場合は、法務局において信託登記の手続きを行います。
その後、金融機関において家族信託専用の口座を開設し、その口座内で信託財産の管理運用を行います。
信託契約書は、公正証書の形で残すことが重要です。
公正証書にしておくことで、信託契約書に法的な効力を持たせることができ、信託契約の内容を公的な証拠として第三者に示せるようになります。
また、公正証書の原本は公証役場で保管されるため、万が一信託契約書を紛失しても再発行が可能です。
信託契約の対象となる財産に不動産が含まれている場合には、信託登記を行う必要があります。
信託登記の手続きを行い、信託財産の内容を公示しておくことで、当事者以外の第三者に対抗することができるようになるので、必ず行いましょう。
この手続きは登記に関する専門家である司法書士に代行を依頼できます。
信託財産を管理する家族信託(民事信託)口座は、信託契約に関するサービスを取り扱う金融機関(信託銀行など)で開設することができます。
これによって、委託者が認知症になってしまった場合でも、口座凍結をされてしまうような事態を避けることが可能です。
遺言による信託
家族信託は、遺言によって行うこともできます。
この場合、家族信託の法的な効力は委託者が亡くなった後に発生することになるので留意しましょう。
遺言によって家族信託を行う場合の手続きついては通常の遺言と同様です。
自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言のいずれかの方法によって行うことになります。
より確実に手続きを行うためには、公正証書遺言もしくは秘密証書遺言の形で遺言を残しておくのが望ましいでしょう。
遺言として残す内容をいつでも柔軟に変更が可能な自筆証書遺言ですが、自身で作成した際に不備不足があった場合は、そもそもその遺言自体が無効とされる恐れもあるため、作成時には十分に注意が必要です。
信託宣言
前述したように、家族信託では通常、委託者・受託者・受益者の3者が当事者となります。
しかし、委託者本人を受託者として、信託の効果を発生させることもできます。
このような方法を信託宣言(自己信託)といい、信託財産を委託者自身の財産と分離しておくことができます。
ただ、信託宣言(自己信託)については法律上の制限が多いので注意が必要です。
信託宣言(自己信託)では、委託者固有の財産と信託財産が分離され、信託宣言の対象とする財産については登記や登録が必要になり、公正証書によって意思表示をしないと無効となります。
また、受託者が受益権の全部を固有の資産として保有している状態が1年間続いた場合、信託宣言は終了します(信託法第163条第2号)
なお、委託者の債権者は、信託財産に対して強制執行がかけられなくなります。
債権者からの強制執行を避ける方法として活用されないようにするため、さらに自己信託のときから2年間は債権者からの請求者によって自己信託を詐害信託として取り消されるという規制が設けられています。
家族信託にかかる費用
続いて、家族信託(民事信託)にかかる費用の種類と目安について把握しておきましょう。
この手続きによって発生する費用は、主に3種類です。
- ・公正証書作成にかかる費用
- ・登記申請にかかる費用
- ・専門家への報酬
これらの費用の内訳や相場は、費用の種類や相場は信託する財産の額・種類・数などによって変動します。
また、依頼をする専門家によっても金額が異なってきます。
一般的には、信託財産に不動産が含まれる場合は約50万円~100万円程度、不動産を含まない場合であれば約30万円~70万円程度となることが多いようです。
これらの相場は、信託財産の種類や内容により変動するので、あくまで一つの目安として参考にしてください。
まとめ
認知症による口座凍結の予防策「家族信託」について紹介してきました。
家族信託には、口座凍結の予防をはじめとする様々なメリットがある一方で、デメリットがあるのも事実です。
家族信託を行う場合は、あらかじめこれらのデメリットについても把握しておく必要があります。
今回紹介した内容を参考にしながら、家族信託に必要な手続きと費用についてもしっかりと確認しておきましょう。
必要な状況に応じて、家族信託の実務経験が豊富な専門家への相談を検討することをおすすめします。