この記事でわかること
- 遺産相続でもめる裁判(訴訟)トラブルの5パターン
- 遺産相続トラブルの裁判事例・判例
目次
遺産相続トラブルで裁判(訴訟)が起こるケース
遺産分割をするための前提となる問題については、遺産分割協議をする前に裁判によって解決する必要があります。
遺産分割をするための前提となる問題は次の5つです。
- 遺言書の有効性
- 遺産の範囲
- 相続人の範囲
- 相続回復請求権
- 遺留分侵害額請求権
これらは裁判によって解決するため、実際の判例が多くあります。
以下、遺産相続トラブルの判例についてケースごとに見ていきます。
遺産分割調停と審判の違い
遺産相続の遺産分割協議で争いが起こった場合は、先ほどのように訴訟を提起することができません。
その代り遺産分割調停、審判、抗告などの手続を利用して、争いを解決します。
遺産分割調停は、遺産分割の当事者である相続人や受遺者が、遺産分割の方法に関して合意するために行われます。
基本的には、裁判官の提示する調停案に、すべての当事者が同意しなければ成立しません。
遺産分割協議に裁判官が加わって話し合いを行っている状態といえます。
そのため、1人でも反対する人がいれば調停が成立しないのです。
一方、遺産分割審判は、裁判所が遺産分割の解決方法を示して、当事者に同意を求めるものです。
話し合いによる解決を図る調停とは異なり、反対する人がいても裁判所の決定には拘束力があります。
まずは、それぞれの当事者の主張を聞き取り、裁判所として考える遺産分割の方法を示します。
最終的には、裁判所の案に反対する人がいても、その審判の決定はすべての当事者に及ぶこととなるのです。
遺言書の有効性が争点となる訴訟
被相続人が遺言書を残している場合、法的に有効な遺言書であれば原則としてその内容に従って遺産分割が行われます。
ところが、法的に無効な遺言書の場合、遺言書が残されていても遺言の効力を発揮できません。
遺言書が無効な場合、法定相続人が法定相続分に従って遺産を分割することになります。
そのため、遺言書が残されている場合には、その遺言書の有効性をまず確認することが重要になります。
なぜなら遺言書が有効か無効かによって、遺産分割の方法が異なってくるからです。
遺言の有効性でよく問題になるのは、その遺言書が偽造されたものではないかということです。
本人が遺言書を作成したのではなく、別の人物が都合よく偽造した可能性の有無が争われます。
また、本人にはそのような内容の遺言書を作成する意志がないにも関わらず、無理矢理に、あるいは本人を騙して遺言書を作成させたのではないかも争いになります。
遺言書の有効性が争点となった訴訟の判例
実際に問題になった裁判例として、他人の添え手による補助を受けて作成された遺言書が、法的に有効なものといえるかが争われた事例があります。(最判昭62.10.8)
法律で有効な遺言書として認められる作成方法はいくつかありますが、その1つに自筆証書遺言があります。
自筆証書遺言は自分1人だけで遺言書を作成できる(自書)ため、手間や費用がかからないというメリットがありますが、決まった書式が守られていないと無効になってしまうというデメリットもあります。
この点について、他人の添え手による補助を受けたものが、自書した自筆証書遺言といえるかが裁判で争われました。
最高裁は、結論として他人の添え手を受けても自筆証書遺言として認められると判断しました。
最高裁は判断の理由として、自筆証書遺言の要件の1つである自書が成立するためには、遺言の際に自書能力を有していることを要するとしています。
そして、本来は読み書きのできた者が筆記について他人の補助が必要になったとしても、特段の事情がない限りそれだけでは自書能力は失われないと最高裁は判断しました。
遺産の範囲が争点となる訴訟
相続財産を協議によって分割するためには、ある財産が相続財産に含まれるかどうかを判定する必要があります。
相続財産に該当しない場合は、その財産を遺産分割協議によって分割することはできないからです。
そのため、ある財産が遺産に含まれるかどうかを判定するには、遺産の範囲を確定することが重要になってきます。
遺産の範囲について争いがある場合には、それを確定してから分割の手続きに入る必要があります。
ある財産が遺産の範囲に含まれるかどうかを確定するためには、遺産確認訴訟という訴訟によって裁判所に判断してもらうことになります。
財産が遺産に含まれるかどうかが争いになる例としては、名義は被相続人で実際には相続人の1人が使用している預貯金の口座や、逆に相続人の名義の預貯金で実際には被相続人の財産である場合などがあります。
遺産の範囲が争点となった訴訟の判例
実際の事例では、財団法人の理事長である被相続人の父親が死亡し、相続人である母親に支払われた死亡退職金が、遺産に含まれるかが争点になりました(最判昭62.3.3)。
死亡退職金が遺産に含まれるとすると、遺産分割協議の対象になります。
母親に対して支払われた死亡退職金について、同じく相続人である子どもが分割するように請求したものです。
最高裁は、結論として死亡退職金は遺産に含まれないと判断しました。
その理由として、死亡退職金は相続人の代表者としての母親に支払われたものではなく、被相続人の配偶者としての立場に支払われたものであることをあげています。
死亡退職金は遺族の生活保障を目的とするものなので、被相続人が生前に勤めていた社内規程によって指定された受取人が受け取ることになります。
死亡退職金の受取人は、多くの場合は被相続人の配偶者です。
つまり、被相続人が亡くなったあとの受取人である遺族の生活を保障するための金銭なので、その受取人が所有すべき財産であることから、遺産分割協議の対象にはならないという判断です。
相続人の範囲が争点となる訴訟
遺産を誰が相続するかの相談をする遺産分割協議を行うためには、まずは誰が相続人かを確定する必要があります。
誰が相続人かわからなければ、遺産を相続人同士で分割することができないからです。
誰が相続人にあたるかの問題を、相続人の範囲といいます。
相続人の範囲について争いがある場合、後の紛争を防止するという観点から、遺産分割を実施する前に解決しておくことが大切です。
相続人の範囲については、相続欠格者に該当するかどうかが重要になります。
相続欠格者とは、被相続人が残した財産を相続するのにふさわしくない者について、本来は相続人であっても相続できないようにする制度です。
相続欠格者に該当する要件については民法に規定されており、これを相続欠格事由といいます。
相続欠格事由にあたる主なケースは以下の通りです。
相続欠格事由にあたる主なケース
- ・故意に被相続人または他の相続人(先順位または同順位の者)を死亡させた、または死亡させようとして刑に処せられた
- ・被相続人が殺されたと知りながら告発や告訴をしなかった(殺した者が自身の配偶者や直系血族の場合をのぞく)
- ・詐欺または強迫によって被相続人に遺言、遺言の撤回(取り消し)、遺言の変更をさせた
- ・詐欺または強迫によって被相続人の遺言、遺言の撤回(取り消し)、遺言の変更を妨害した
- ・遺言書の偽造(偽物を作ること)、変造(本物に手を加えること)、破棄(捨てること)、隠匿(隠すこと)をした
相続人の範囲が争点となった訴訟の判例
被相続人が作成した遺言書を遺棄してしまった場合、遺棄の理由に関わらず相続欠格事由に該当するのかが問題になります。
この点が争点になった裁判例が最判平9.1.28です。
相続人の1人が遺言書を破棄してしまったものの、相続に関して不当に利益を得ることが目的ではなかったことから、その場合にも相続欠格事由にあたるかが問題になりました。
最高裁は、結論として相続欠格事由にあたらないとしました。
その理由として、遺言書の破棄について相続欠格事由であると規定している891条5号は、遺言に関して著しく不当な干渉行為をした相続人の資格を失わせるためのものだとしています。
この点、遺言書を破棄した理由が相続に関して不当な利益を得るためではなかった場合は、その行為は遺言に関して著しく不当な干渉行為にあたるとはいえないため、相続欠格事由に該当しないと最高裁は判断しました。
相続回復請求権が争点となる訴訟
相続回復請求権とは、本来相続人である人が自分の相続権を侵害された場合に、その侵害を排除して自分の相続分を回復するための権利です。
本来は相続人であるはずの者を真正相続人、相続の権利を持たないのに財産を相続した者を表見相続人といいます。
相続回復請求権の対象となる行為の例としては、真正相続人の財産を表見相続人が相続した場合です。
たとえば、無効な養子縁組によって養子となり、被相続人の財産を相続した場合などです。
次に、相続人が複数いる場合、複数の相続人をまとめて共同相続人といいます。
共同相続人のうち、ある相続人が本来自分が相続できる限度を超えて遺産を相続した場合、その限度について本来相続するはずであった者が相続回復請求権を行使できます。
たとえば、親が亡くなって2,000万円の遺産を兄と弟が相続するところ、親が亡くなったことを弟が知らない間に、兄が2,000万円の全てを自分のものとして相続してしまったような場合です。
相続回復請求権の時効が争点となった訴訟の判例
相続回復請求権には法律で時効が規定されています。
民法884条では、相続回復の請求権は相続人(または法定代理人)が相続権を侵害された事実を知った時から起算して、5年間権利を行使しないときは時効によって消滅する旨が定められています。
相続回復請求権の性質について争われた判例があります。(最判昭53.12.20)
実際の事件は複雑ですが、概要をまとめると、共同相続人のうち1人が排除されたままで相続の手続きが行われました。
排除された相続人(甲:真正相続人)が本来相続するはずの財産を相続した者(乙:表見相続人)は、実際には甲が相続するはずの財産であると知っており、それを侵害することを知りながら相続したのがポイントです。
その後、自分の本来の相続分を侵害された甲が相続回復請求権を行使して財産を取り戻そうとしたところ、5年が経過していることで時効によって権利が消滅していると乙が主張しました。
甲の権利を侵害することを知りながら甲の分まで相続した乙が、それでも時効を主張できるかが問題になりましたが、最高裁は結論として乙が時効を主張することは認められないと判断しました。
最高裁は相続回復請求権の時効制度について、乙(表見相続人)が相続財産を取得してから相当の年月が経過した後に、その事実状態を変更してて甲(真正相続人)の権利の回復を許すことは、当事者や第三者の権利関係に混乱を生じさせることから、それを防止するために時効制度が規定された旨を判示しました。
一方、乙(表見相続人)が相続財産について本来は甲(真正相続人)に権利が帰属することを知っているとき、または自分に権利があると信じる合理的な理由がないときは、時効による権利の消滅を主張することはできないとしました。
遺留分侵害額請求権が争点となる訴訟
遺留分とは、法定相続人が最低限の遺産を相続することができるよう、それぞれの相続人に保障されている遺産の割合のことです。
法定相続人として遺産を相続する権利を有している人は、相続した遺産により相続後の生活を送るケースがあります。
そのため、何も相続できないということがないように、遺留分が保障されているのです。
遺産の分割方法は、遺産分割協議と遺言書の2つによって決定されます。
このうち、遺産分割協議を行った場合は、それぞれの相続人が自身の権利を主張する場が設けられており、また、遺産分割案に同意しなければ遺産分割が実行されることもありません。
あとから遺留分を主張することはできないので、遺産分割協議の場で自身が相続できるという権利を主張する必要のです。
一方、遺言書がある場合は、その遺言書にしたがって遺産分割を行います。
この場合、法定相続人であっても何も相続できない人がいる可能性もありますが、遺産分割協議は行われないためその主張をすることができないのです。
そこで、遺言書によって遺留分が侵害されている人は、遺留分侵害額請求権を行使して、訴訟を起こすことができるのです。
遺留分侵害額請求権が争点となった訴訟の判例
遺留分侵害額請求権を行使するにあたって、裁判所における請求は必要ないとする判例があります。(最判昭41.7.14)
この裁判では、裁判上の手続きを経た遺留分侵害額請求が行われていなくても、受贈者等に対して意思表示するので構わないと結論付けています。
また、そのような意思表示がいったん行われた以上は、法律上当然に遺留分の減殺の効力は発生するものとしました。
意思表示が行われたことにより、遺留分侵害額請求権が消滅する時効について考える余地はないと判断したのです。
この最高裁判所の判決により、遺留分侵害額請求権は裁判所での手続きを行わなくても、また書面などを準備しなくても、意思表示をすればその請求を行ったものとされます。
しかし、実際には遺留分侵害額請求をしたか・しなかったかの争いになることも想定されるため、単に口頭で意思表示するだけでは後日トラブルになる可能性があります。
そもそも遺留分侵害額請求をしたかどうかでの争いになるのを防ぐためには、「遺留分侵害額請求をいつ誰がどのような内容の文書を送ったのかがわかる」内容証明郵便などで行うようにしましょう。
まとめ
遺産分割協議の前提となる事柄についてトラブルが発生した場合、遺産を分割する前にそのことを解決する必要があります。
よくあるトラブルの種類には、遺言書が有効なものか、ある財産が相続財産に含まれるか、ある人物が相続人に該当するかなどです。
また、関連性の高いトラブルとして、相続回復請求権や遺留分侵害額請求権などがあります。
今回ご紹介した判例から、遺産相続によくあるトラブルのパターンを把握していただければと存じます。