この記事でわかること
従業員の重大な非違行為に直面したとき、会社は適切な処分を下す必要があります。
懲戒解雇は最後の手段として知られていますが、その一歩手前の処分として「諭旨解雇(ゆしかいこ)」があります。
諭旨解雇は、従業員の過去の貢献を考慮しつつ行う、会社の温情的な処分とされています。
しかし、諭旨解雇を行う際の流れや法的要件などについてはあまり知られていません。
本記事では、諭旨解雇の基本的な概念から実施の流れ、さらには従業員が応じない場合の対応まで、詳細に解説をします。
この記事を通して、諭旨解雇について正しい知識をつけましょう。
諭旨解雇とは、会社が従業員に対して行う懲戒処分の一種です。
「諭旨」とは「趣旨をさとして言い聞かせること」という意味をもちます。
法律上の明確な定義はありませんが、一般的には従業員が懲戒解雇相当の行いをした際に、懲戒解雇を回避するための措置として行われます。
具体的には、会社が従業員に対して退職届の提出を促し、両者の合意のもとで行われます。
解雇という言葉が使われているものの、実際の手続きは従業員の同意を得て行われているため、合意退職や退職勧奨に近い形態です。
懲戒解雇と諭旨解雇は、どちらも従業員の重大な非違行為に対する処分です。
しかし、その性質と実施方法に違いがあります。
懲戒解雇とは、従業員が極めて悪質な規律違反や非行を行った際に、懲戒処分として行う解雇です。
これは、会社が一方的に下す最も厳しい懲戒処分です。
一方、諭旨解雇は、懲戒解雇相当の行為があったが、会社の酌量により、一段階緩やかな形で行われる処分です。
最も大きな違いは、処分の実施方法です。
懲戒解雇は会社が一方的に処分を下すのに対し、諭旨解雇は、あくまでも従業員の合意を得た上で行われます。
ただし、従業員が解雇に納得せず、合意しない場合は懲戒解雇となることが一般的です。
諭旨解雇と諭旨退職は、実質的に同じ意味で使用されることが多いです。
「諭旨解雇」という言葉は法律上明確に定義されていないため、会社によっては「諭旨退職」という言葉を用いる場合もあります。
諭旨解雇は、この処分が「解雇」の一種であるということを強調する表現です。
一方、諭旨退職は、従業員の合意を得て退職届の提出がなされることから、「退職」という側面を強調しています。
このことから、処分の重さとしては諭旨退職よりも諭旨解雇の方が重いと考えられますが、実際に処分を行う際は、言葉の違いに関わらず就業規則に基づいて適切に実施することが必要です。
自己都合退職とは、従業員が自己の都合(転職、病気、結婚など)により、会社へ退職を申し出ることをいいます。
一方、諭旨解雇は会社側から従業員に対して退職を促す形で始まります。
最終的に退職届を提出させる点では自己都合退職と同じですが、諭旨解雇は、あくまでも会社から促されて行われるという点が大きく異なります。
諭旨解雇の場合の退職金の取り扱いは、各会社の退職金規定を確認する必要があります。
退職金規定に定められている内容は、会社によって様々なパターンが存在します。
たとえば、自己都合退職と同額の退職金を支給すると定めている会社もあれば、懲戒解雇と同様に退職金の不支給または一部不支給と定めている会社もあります。
また、退職金の取り扱いは労使紛争に繋がりやすい問題でもあります。
退職金規定で不支給と定めている場合でも、「それまでの勤続の功労を抹消または減殺するほどの著しい背信行為」と判断されない場合は、裁判により認められない可能性もあります。
諭旨解雇の退職金の取り扱いは、会社の退職金規定を基本としつつも、個別のケースごとに慎重に判断することを心掛けましょう。
諭旨解雇は、従業員に対する重い処分であるため、慎重に対応する必要があります。
以下の要件が満たされているか確認をしましょう。
諭旨解雇を行うには、会社の就業規則に明確な根拠が必要です。
まず、懲戒処分の種類として「諭旨解雇」が明記されているか確認しましょう。
さらに、どのような行為が懲戒処分の対象となるのか、その事由が具体的に示されている必要があります。
たとえば、「重大な信用失墜行為があったとき」や「会社の機密情報を漏えいしたとき」などの記載が該当します。
従業員の行為が、就業規則に明記してある懲戒事由に該当するか確認をします。
まず、客観的な証拠や証言に基づいた事実を明らかにします。
そして、該当する懲戒事由を特定し、当該行為がその範囲内に収まる内容であるか精査しましょう。
過去に類似の事例がある場合は、その時の処分内容とも比較検討をします。
その上で、総合的に懲戒事由に該当するのか慎重かつ公平に判断することが重要です。
最後に、最も重要な点として、諭旨解雇が正当なものであるかを慎重に判断をする必要があります。
労働契約法に基づき、解雇は客観的に合理的な理由を持ち、社会通念上相当であると認められるものでなければなりません。
これは、長年の裁判例を積み重ねて確立された「解雇権濫用法理」という考え方です。
解雇権濫用法理により、日本では解雇が非常に難しいとされており、裁判で無効とされるケースも少なくありません。
解雇が有効と認められるための、客観的に合理的な理由とは以下のようなものが該当します。
これらの理由は、あくまでも例示であり、具体的な状況に応じて個別に判断されます。
上記の理由に加えて、社会通念上の相当性があるかを確認します。
これらを総合的に鑑みて、客観的に合理的であり、社会通念上相当であるかを慎重に判断しましょう。
前述したように、諭旨解雇は、従業員の重大な規律違反や非行に対する厳しい処分です。
しかし、その適用範囲は個々の状況や会社の規定によって異なります。
ここでは、一般的に諭旨解雇の対象となり得るケースを紹介します。
従業員が会社の外で重大な違法行為を犯した場合、それが会社の信用や評判に深刻な影響を及ぼす可能性があります。
たとえば、窃盗、詐欺、恐喝などの犯罪行為が該当します。
特に、従業員の職務や地位と関連性がある場合や、メディアで大きく報道されるような事件の場合、会社への影響は大きくなります。
会社内部で起きた不正行為も、諭旨解雇の対象となり得ます。
具体的には、以下のようなケースです。
職場における悪質なハラスメント行為も、諭旨解雇の対象となり得ます。
セクシュアルハラスメントやパワーハラスメントなど、他の従業員の尊厳を著しく傷つけ、職場環境を悪化させるような行為が該当します。
特に、会社の地位を利用して、上司などから行われる継続的で悪質なハラスメント行為は、重大な問題とみなされる可能性が高いです。
単発的なミスや遅刻ではなく、長期にわたる深刻な勤怠不良や勤務怠慢も、諭旨解雇の対象となり得ます。
具体的には、以下のようなケースです。
これらの問題に対して、何度も教育・指導が行われたにも関わらず、改善が見られない場合は諭旨解雇の対象となる可能性が高くなります。
諭旨解雇を実施する際の、一般的な流れを説明します。
まず、諭旨解雇の対象となる問題行動について、調査を行います。
客観的な証拠の収集や、関係者への聞き取りを行いましょう。
調査を行うことは、諭旨解雇が正当なものであることを証明するために重要となります。
後のトラブル等に備えて、具体的な事実や発言内容、それに対する会社側の対応なども詳細に記録しておきましょう。
調査した内容を基に、当該行為が就業規則に定められた諭旨解雇の事由に該当するか確認します。
就業規則に諭旨解雇の規定がない場合は、この処分を行うことはできません。
対象となる従業員に、弁明の機会を与えます。
問題行動の内容と諭旨解雇の可能性を伝え、従業員の言い分を聞きましょう。
弁明の内容についても記録として文書化し、保管しておきます。
弁明の機会を与えずに諭旨解雇をしたとなれば、後にトラブルに発展するリスクが生じます。
訴訟などに発展した際に、適切な解雇手続きを踏んでいないと判断され、不当解雇とされる可能性もあり得ます。
慎重に対応することを心掛けましょう。
客観的な証拠、関係者への聞き取り、従業員の弁明などを踏まえ、改めて諭旨解雇が不当解雇に当たらないか確認します。
解雇の正当性の判断は大変難しいため、必要に応じて外部の専門家(弁護士・社会保険労務士)などに相談しましょう。
問題行動の内容、従業員による弁明などを総合的に考慮し、諭旨解雇が適切な処分であるか検討します。
このとき、主観的な感情で判断することなく、客観的事実に基づいて検討しましょう。
会社役員、人事部門、対象者の上司などに共有し、第三者の視点からも諭旨解雇の妥当性を判断します。
会社によっては、この段階で懲戒委員会を開催し、公平な判断を行います。
事実関係を改めて整理し、諭旨解雇が重すぎる処分でないかを今一度確認しましょう。
諭旨解雇を行うことが決定した場合は、従業員に対し書面で通知します。
この通知書には、諭旨解雇の理由、就業規則上の根拠規定、退職届の提出期限などを記載します。
退職届を提出期限までに提出しない場合は懲戒解雇とすることを予定している場合は、その旨も記載しましょう。
従業員から退職届を受理します。
もし、従業員が退職届の提出を拒んだ場合は、懲戒解雇への移行を検討することとなります。
諭旨解雇後は、必要な事務手続きを行います。
その他、会社備品の返却確認や、社内システムのアクセス権を削除するなどの手続きも忘れないようにしましょう。
情報漏えいのリスク防止として、必要に応じて「秘密保持に関する誓約書」を用意し、サインをもらうなどします。
諭旨解雇は、従業員の同意を得て行う処分のため、従業員がこれに応じないケースがあります。
そのような状況での対応について、解説します。
従業員に対して、改めて諭旨解雇について説明をしましょう。
一般的に諭旨解雇とは、本来懲戒解雇相当の行為があった従業員に対して、会社の温情により一定の配慮を示す処分です。
つまり、従業員の過去の貢献や情状を考慮した上での判断であることを伝えます。
そのため、従業員にとっても諭旨解雇を受け入れ、退職届を提出することのメリットが大きいとも言えます。
会社によって取り扱いは異なりますが、退職金が一部支給されるケースなどもあります。
諭旨解雇に応じない場合は、より重い処分である懲戒解雇が検討されることも伝えましょう。
これらを十分に説明した上で、従業員の懸念や疑問に耳を傾け、改めて判断をしてもらうよう促します。
諭旨解雇に応じない場合は、一般的に懲戒解雇処分への移行へ検討します。
懲戒委員会が設置されている会社は、改めて懲戒解雇処分について話し合い、決定します。
また、懲戒解雇の根拠となる就業規則の確認、懲戒解雇の妥当性の再検討などを行いましょう。
諭旨解雇や懲戒解雇をする場合、会社は従業員に対して解雇予告をするか、解雇予告手当を支払う必要があります。
労働基準法20条により、会社は原則として従業員を解雇する場合、30日前までに予告するか、30日分以上の平均賃金を解雇予告手当として支払う必要があると定められています。
引用:
(解雇の予告)
第二十条 使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。
なお、解雇予告と解雇予告手当は併用することもできます。
たとえば、10日前に解雇予告をした場合は、30日から10日を差し引いた20日分の平均賃金を解雇予告手当として支払うこととなります。
例外的な取り扱いとして、解雇予告除外認定があります。
解雇予告除外認定とは、一定の状況下に該当し、労働基準監督署の認定を受けることで、解雇予告または解雇予告手当の適用が免除される制度です。
一定の状況下とは、以下の3つです。
懲戒解雇の場合は、「労働者の責めに帰すべき事由」に該当する可能性があります。
ただし、あくまでも労働基準監督署の認定を受けた場合に使える制度です。
懲戒解雇の場合だからと言って、会社の判断で自由に行える制度ではないため、注意しましょう。
従業員が不当解雇を主張する可能性を考慮し、懲戒解雇の正当性を示す証拠を整理しておくことが重要です。
具体的には、以下の内容について整理しましょう。
懲戒解雇は、労使トラブルに発展する可能性が高い問題です。
上記の内容を改めて整理すると同時に、外部の専門家(弁護士・社会保険労務士など)とも連携し、適切な対応を取りましょう。
諭旨解雇は、従業員の重大な非違行為に対する処分として有効な手段ですが、その実施には慎重な判断と適切な対応が不可欠です。
本記事で解説した通り、就業規則への明記、懲戒事由への該当性、解雇の正当性の確認など、各要件を丁寧に検討することが重要です。
また、諭旨解雇の流れを理解し、各段階で適切な対応を取ることが、後のトラブルを防ぐこととなります。
特に、従業員への丁寧な説明や弁明の機会の付与は、公平性を担保する上で欠かせません。
諭旨解雇は、最後の手段の一つであることを念頭に置き、適切な手続きを行うことを心掛けましょう。