この記事でわかること
近年、企業を悩ませている問題に、従業員のメンタルヘルス不調があります。
ストレス社会と呼ばれる現代において、従業員の心の健康を守ることは企業の成長にも繋がります。
休職・退職防止や生産性向上の観点からも、従業員のメンタルヘルスケアを積極的に推進するメリットは大きいでしょう。
この記事では、従業員のメンタルヘルスケアをめぐる企業の責任や実施する流れ、注意点を紹介します。
さらに、メンタルヘルス不調を抱えた従業員への対応方法も解説しているため、ぜひ参考にしてみてください。
目次
従業員のメンタルヘルスケアは企業の義務です。
労働契約法では、企業は従業員の心と体の健康に配慮しなければならないと定めています(労働契約法5条)。
これを「安全配慮義務」と呼び、メンタルヘルスの不調に対する配慮も含まれるとされています。
従業員のメンタルヘルス不調を知りながら放置してしまうと、安全配慮義務違反として損害賠償責任を負う可能性があります。
労働安全衛生法の改正により、2015年から従業員に対するストレスチェックが義務化されました。
50人以上の従業員がいる企業では、すべての従業員を対象に、毎年1回のストレスチェックをしなければなりません。
これには従業員のメンタルヘルスの状態を把握し、うつなどのメンタルヘルス不調を未然に防ぐ目的があります。
高ストレスと判断された場合、医師の面接指導や仕事の軽減、職場環境の改善などの措置を講ずる必要があります。
近年、職場におけるストレスやメンタルヘルス問題は深刻化しています。
厚生労働省が実施した「令和4年労働安全衛生調査(実態調査)」の結果からもその深刻さがうかがえます。
2021年11月からの1年間に、メンタルヘルス不調で連続1カ月以上の休職者・退職者がいた事業所の割合は13.3%にのぼりました。
さらに、仕事に強いストレスを感じていると答えた労働者は80%を超え、前年度調査の50%から大きく増加しています。
(参考:「令和4年労働安全衛生調査(実態調査)」(厚生労働省))
そもそもメンタルヘルスとは、心の健康状態を意味しています。
メンタルヘルスに不調を来たすとストレス過多や不安感、うつなどの症状が表れ、個人のパフォーマンスを大きく低下させる可能性があります。
従業員のメンタル不調を放置すると、長期的な休職や退職に繋がる可能性があります。
これにより、企業全体の生産性が低下し、人材不足の問題を引き起こす恐れがあるでしょう。
加えて、企業の不適切な措置に対する法的トラブルや、社会的評価の低下のリスクも考えられます。
企業が従業員のメンタルヘルス対策をすれば、こうしたリスクを軽減できるでしょう。
具体的なメリットとしては、以下のものが挙げられます。
メンタルヘルス対策を実施すれば、従業員の健康を守るだけでなく、企業も恩恵を受けられるといえます。
結果として、取引先だけでなく、顧客との関係や採用活動によい影響を与え、企業の成長に繋がる可能性があります。
従業員のメンタルヘルスケアを効果的に実施するためには、計画的かつ体系的なアプローチが必要です。
基本的には、従業員がメンタルヘルス不調を起こす前の防止策から実施します。
従業員の研修や職場環境の整備を通じて、メンタルヘルスに関する理解を深め、できるだけ予防できるのが理想です。
しかし、いくら防止策を講じていても、メンタルヘルス不調が生じてしまう可能性は捨てきれません。
企業には、従業員にメンタル不調が生じた場合には迅速かつ適切な対応を行い、心身の健康を取り戻すための措置を講じる義務があります。
メンタルヘルスケアの流れは、大きく4つのフェーズに分けられます。
以下、それぞれ詳しく解説します。
企業がメンタルヘルスケアを実施する際は、まず従業員に対する研修を行う必要があります。
これは、働く上でのメンタルヘルスの重要性を理解してもらう目的です。
ストレスの仕組みや心身への影響を学べば、自分自身はもちろん、周りのメンタルヘルス不調の兆候に気付けるようになるでしょう。
研修は従業員それぞれの職務や、立場に応じた適切な内容で行う必要があります。
特に、管理職や産業保健スタッフ向けには、リーダーシップ研修が欠かせません。
部下のメンタルヘルスに気を配り、適切なサポートができるよう教育を実施するのも効果的です。
また、ストレスマネジメントのスキルを習得することも重要です。
ストレスを感じた際の対処法を知っていれば、メンタルヘルス不調を未然に防ぐことが期待できます。
メンタルヘルスケアの研修は一度きりではなく、定期的にフォローアップを実施するのが理想です。
常に情報をアップデートし、継続的なメンタルヘルスケアを実現するように努めましょう。
メンタルヘルス不調を防ぐには、従業員が安心して働ける職場環境の整備も欠かせません。
メンタルヘルスに影響する職場環境としては、次のようなものが挙げられます。
従業員のメンタルヘルス不調には、上記を含めた多様な要因が複合的に重なり合っている可能性があります。
年1回実施するストレスチェック制度を活用し、職場環境の問題点を洗い出すようにしましょう。
問題点が見つかれば、改善に向けて迅速に動く必要があります。
たとえば、職場の温度管理に問題があれば適切な数のエアコンを設置します。
多すぎる業務量によりストレスを抱えている場合には、業務量の見直しが不可欠となるでしょう。
さらに、メンタルヘルスに関するサポート体制も重要です。
相談窓口の設置やカウンセリングの導入、産業医面談など、従業員が気軽に相談できる環境を構築するようにしましょう。
万が一、従業員がメンタルヘルス不調に陥ってしまった場合には、できるだけ早期に発見する必要があります。
メンタル不調を放置すると、うつ病の発症や休職・離職、さらには自殺に至るリスクが考えられるためです。
早期発見には、定期的なストレスチェックが有効です。
高いストレスを抱えている従業員に対しては、産業医との面談を実施し、必要な措置を講じるようにしましょう。
しかし、ストレスチェックの実施義務は年1回であるため、急なメンタル不調を見逃してしまう恐れがあります。
従業員のメンタル不調を取りこぼさないためにも、日頃のコミュニケーションが重要です。
従業員自身が相談しやすい体制を整えるとともに、管理職や同僚が異変に気づけるようなオープンな環境づくりが求められます。
メンタルヘルス不調を原因として長期休職をしている従業員に対しては、職場復帰までのサポートを行います。
休職中の従業員は、仕事を休んでいる罪悪感や焦りから、早期の復職を希望する場合があります。
しかし、メンタルヘルスの回復もままならないうちに復職すると、より状態が悪化してしまいかねません。
復職に際しては産業医や主治医と連携し、回復状態を慎重に確認する必要があるでしょう。
医師から「復職可能」の診断がおりれば、段階的な復職を実施します。
必要に応じて勤務時間や業務内容を調節し、従業員の心身の負担を軽減するよう努めましょう。
具体的な対応方法については、次項で解説します。
メンタルヘルス不調の従業員がいる場合、企業は放置せずに迅速に対応する義務があります。
メンタル不調を放置すると、従業員本人のパフォーマンスが低下するだけでなく、職場全体の士気や生産性にも悪影響を及ぼします。
とはいえ、対応を間違えてしまうと、かえって状況を悪化させ、法的なトラブルに発展するリスクもあります。
ここでは、メンタル不調の従業員に対する具体的な対応方法を解説します。
従業員のメンタルヘルス不調には、一律に対応すればよいわけではありません。
メンタル不調の原因や症状は一人ひとり異なり、適切な対応もそれぞれ変わります。
したがって、メンタル不調を発見した場合、あるいは、メンタル不調を疑う場合には、まず従業員と面談をする必要があるでしょう。
従業員のプライバシーに関わる問題となるため、安心して話せる環境の確保が重要です。
防音設備が整った静かな個室での面談が理想的です。
また、面談の際には以下のことを明確にしておくことをおすすめします。
面談では、従業員の気持ちを尊重しつつ、メンタルヘルス不調の具体的な状況や原因を明らかにする必要があります。
ストレスの要因を特定し、適切な対策を講じるための情報を集めましょう。
従業員にいつもと違う様子があれば、精神疾患が隠れている可能性があります。
たとえば、体調不良の訴えや遅刻・欠勤の増加、急な生産性の低下などが異変の特徴として挙げられます。
すでにうつ病などの症状が出ている場合、社内におけるメンタルヘルスケアだけでは不十分だと考えられます。
症状が悪化してしまう前に、従業員に対して医療機関の受診を勧めましょう。
提携する産業医がいる場合には、まず産業医との面談を行うのも一つの方法です。
ただし、心療内科やメンタルクリニックを敬遠する従業員が一定数いることには、注意が必要です。
医療機関を受診してもらう際は、専門家のサポートを受けるべき理由や利点を丁寧に説明しましょう。
信頼できる医療機関のリストを提供し、初診予約を支援するなど、従業員が受診しやすくなるサポートが必要です。
従業員との面談や医師の診断などをもとに、従業員のメンタル不調に対する対応策を検討します。
たとえば、職場環境に問題がある場合には配置換え、業務内容がストレスの原因になっている場合には業務変更を行います。
配置換えや業務変更などの措置は、従業員の希望や能力をよく確認した上で、慎重に実施する必要があります。
新たな役割に対して従業員が前向きに取り組めるよう、事前に了承を得るようにしましょう。
適切な措置ができれば、従業員のストレスが軽減され、メンタルヘルスの向上に繋がります。
もちろん、措置を実施した後のサポートも欠かせません。
新しい環境はストレス要因ともなり得るため、上司や同僚からの支援や相談体制の整備が重要です。
さらに、定期的な面談などで従業員の状況を把握し、必要に応じて追加の措置を検討するようにしましょう。
従業員が休職を希望している場合や医師の診断があった場合には、社内の休職制度を詳しく説明します。
従業員が心の回復に専念するためにも、事前に不明点を解消しておくようにします。
説明すべき内容としては、下記が挙げられます。
従業員が正しく理解できるよう、説明は口頭だけでなく書面で行い、気軽に質問できる体制を作るようにしましょう。
休職中の連絡方法や復職への流れについても、あらかじめ共有しておくと安心です。
従業員のメンタルヘルスが十分に回復したら、復職に向けたフォローアップを開始します。
復職を進める前には、従業員本人の意思と医師の意見の両方を確認する必要があります。
回復が十分でないにも関わらず、焦って復職すると、メンタル不調が悪化してしまう恐れがあるためです。
復職にあたっては、従業員の健康状態や医師の意見をもとに、個別の復職プランを作成しましょう。
メンタル不調の原因を取り除き、必要に応じて部署異動や業務変更を行います。
まずは短時間の勤務から始め、徐々に通常の勤務時間に戻すなど、段階的な復職が望ましいです。
復職後も定期的なメンタルヘルスチェックが不可欠です。
従業員の状態を継続的にモニタリングし、再発リスクの低減に努めます。
メンタル不調の再発防止には、職場環境そのものの改善も欠かせません。
従業員が休職してしまうような環境は、その他の従業員にとってもストレスフルな環境である可能性があります。
業務内容、業務量、コミュニケーション方法などを見直し、改善に努める必要があるでしょう。
また、従業員が気軽に相談できる体制作りも重要です。
定期的な面談やミーティングの場を設け、従業員が意見や悩みを共有しやすい環境を作るようにしましょう。
従業員のメンタルヘルスに関する情報は、非常にデリケートなものです。
メンタルヘルスケアを実施する際には、メンタルヘルスへの誤解や職場内の連携不足、プライバシー問題などに留意する必要があります。
ここでは、より効果的なメンタルヘルスケアを実施するための注意点を解説します。
まずは全従業員がメンタルヘルスへの理解を深める必要があります。
管理職を中心に定期的な研修を行い、メンタル不調を抱えた従業員の早期発見に努めるようにしましょう。
メンタル不調は決して「甘え」ではなく、職場環境や業務内容、対人関係などの要因が関係する深刻な健康問題です。
正しい理解をもとに、批判や偏見を持たずに対応する姿勢が求められます。
従業員のメンタルヘルスケアには、職場内の連携が欠かせません。
メンタルヘルスケアの重要性を理解した上で、必要なリソースや予算の確保を行う必要があるためです。
人事労務担当者を中心に、経営陣や管理職、同僚など職場全体が一丸となって取り組むようにしましょう。
また、メンタルヘルス不調を抱えた従業員に適切な対応をするためには、専門家の意見を仰ぐ必要があります。
カウンセラーや産業医などの専門家と連携が取れる体制作りに努めましょう。
前述したように、メンタルヘルスに関する情報の取り扱いには、細心の注意が求められます。
従業員が安心して支援を求められるよう、プライバシーの保護を適切に行いましょう。
まずは情報の取り扱い方について、明確なポリシーを策定・周知します。
その上で、メンタルヘルスケアに関わる担当者や管理職に対して教育を行います。
上司や同僚に共有する情報は最低限にとどめ、具体的な症状や診断結果については共有を避けましょう。
従業員のメンタルヘルスケアは、企業にとって避けられない義務です。
従業員のメンタルヘルス不調に対しては、社内全体で連携して適切な対応をする必要があり、その対応を怠ると、法的トラブルに発展する恐れがあります。
メンタルヘルスチェックやメンタルヘルス不調についてあらかじめ弁護士に相談すれば、法的リスクを回避した上で、より効果的なメンタルヘルスケアを実施できます。