

この記事でわかること
残業の種類には、残業代が発生する法定外残業があり、会社は36協定を締結した上で、割増賃金を計算して支払わなければなりません。
また、残業の発生によって追加の休憩が必要となるケースや、月45時間・年360時間といった上限規制を守らなければならない場面もあります。
これらのルールを誤ると、未払い残業代の請求や行政指導につながる恐れがあります。
バックオフィス担当者は、労働時間管理や残業代計算、36協定の締結を適正に行いましょう。
この記事では、担当者が知っておかなければならない残業代の基礎知識や支払いが必要となるケースと計算方法、労務管理上の注意点を解説します。
目次
残業とは、一般的に就業規則や労働契約によって決められた所定労働時間を超えて勤務する状態を指します。
ただし「残業」という言葉自体は法律用語ではありません。
実務では、単に所定労働時間を超えて働いた一般的な残業と、労働基準法のルールが適用される法定外残業(時間外労働)との区別が重要です。
残業には、法定内残業と法定外残業の2種類があります。
両者の区別の基準は、労基法32条[注1]で定められた法定労働時間(1日8時間1週40時間)を超えるかどうかです。
法定外残業は、労基法によって定められる「時間外労働」に該当します。
時間外労働が発生した場合、会社は25%以上割り増しされた賃金を支払わなければなりません(月60時間を超えた分は50%以上)。
たとえば、所定労働時間が1日6時間の従業員が3時間残業したケースでは、次のように区分されます。
残業は3時間ですが、割増賃金が発生する残業は1時間のみです。
このように、残業時間と割増賃金の対象時間が一致しないケースがあるため、実務では残業時間の区分が重要です。
[注1]労働基準法/e-Gov
労働基準法32条
2019年4月の法改正により、残業時間(時間外労働)には罰則つきで上限が設けられました。
会社が従業員に法定労働時間を超えて働いてもらうためには、36(サブロク)協定の締結・届出をし、法律の上限を守らなければなりません。
ここでは、2019年の法改正による上限規制と具体的な時間数、上限管理の前提となる36協定について解説します。
2019年4月の労基法の改正で、時間外労働の上限が明確に法律で規定されました。
違反した企業は行政指導だけでなく、6カ月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金といった罰則の対象となります。
法律の適用は改正当初は大企業のみでしたが、中小企業へと段階的に進みました。
一部の業種(建設、自動車運転業、医師など)では、業務特性などの事情から適用が猶予されていましたが、2024年4月から対象となりました。
現在はすべての企業に時間外労働の上限規制を守る義務があります。
法律で定められた残業時間の上限は、次の通りです。
臨時的で特別な事情があり、特別条項付きの36協定を締結した場合に限り、通常の上限を超えられます。
しかし、この場合であっても次の制限を守らなければなりません。
実務では、特別条項の有無に関わらず「時間外労働と休日労働の合計時間」に注意が必要です。
たとえば、時間外労働40時間・休日労働65時間の場合、合計は105時間となり上限(100時間未満)を超えてしまいます。
単独では特別条項に該当しない場合でも法令違反となる可能性があるため、適切な労働時間管理が重要です。
企業は、原則法定労働時間を守る義務があり、残業を命じる権限を当然に有するわけではありません。
しかし、法律で定められた手続きを取れば、例外的に残業が認められるしくみが設けられています。
その手続きが、労働者の過半数代表者との36協定の締結と労働基準監督署への届け出です(労基法36条)。[注2]
36協定に記載する残業時間数は、法律の上限の範囲内(月45時間・年360時間)で定めなければなりません。
これを超える可能性がある場合は、特別条項付きの36協定を締結する必要があります。
また、残業を命じられる理由を具体的に記載する必要があり「業務上やむを得ない場合」といった曖昧な表現は認められません。
具体的な事由には「予算や決算業務」「ボーナス商戦に伴う業務繁忙や納期のひっ迫」「大規模なシステム障害トラブル」などが挙げられます。
[注2]労働基準法/e-Gov
労働基準法36条
36協定は労働者の過半数代表者と締結します。
過半数代表者とは、その事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合、ない場合は労働者の過半数を代表する者です。
会社が指名した者や、管理監督者は過半数代表者にはなれません。
選出方法は挙手や投票、話合いなど、民主的な手続きが求められます。
残業が発生した際は、休憩時間の扱いにも注意が必要です。
休憩は法律で細かくルールが定められており、適切に与えない場合は未払い賃金の発生につながりかねません。
ここでは、残業に関する休憩の基本ルールを解説します。
休憩は、労基法34条[注3]により「時間」と「付与方法」に明確な基準があります。
原則は、労働時間に応じて、次の時間を付与しなければなりません。
休憩は労働時間の連続による疲労から、従業員の心身を回復させる目的があります。
そのため、休憩時間は労働時間の途中に入れなければならず、まとめて勤務前や勤務後に付与できません。
分割付与は可能ですが、細かく分割しすぎるとリフレッシュという目的を損なうため、注意が必要です。
また、休憩中は完全に自由な時間にしなければなりません。
電話番や来客対応など、業務の拘束がある状況下は休憩と認められず労働時間扱いとなり、未払い賃金として問題になりやすいため注意しましょう。
[注3]労働基準法/e-Gov
労働基準法89条
実際に休憩が追加で必要となる例について、所定労働時間と残業時間を組み合わせたケースで解説します。
所定労働時間が4時間という短時間でも、残業が発生すると休憩が必要となるケースがあります。
特にパートタイムやアルバイトで発生しやすいケースです。
所定労働時間が6時間を超えるため、法定の45分休憩を既に取得しているケースです。
後者のケースでは、既に45分の休憩をとっているため、残り15分の休憩を追加すれば、法律の要件を満たせます。
残業が見込まれる場合は、シフト作成などの段階で「8時間を超える可能性」を想定して休憩時間を確保すると対応しやすくなります。
労働時間が8時間を大きく超えたとしても、1時間の休憩が付与されていれば法律上の問題はありません。
しかし、従業員の疲労や業務負担を考慮し、追加の休憩や分割付与など、運用面で工夫すると効果的です。
法定内残業に割増賃金の支払い義務はありませんが、法定外残業(時間外労働)については割増賃金を支払わなければなりません。
割増率の下限は、対象の労働時間によって、次のように定められています。
就業規則や給与規定で、法定よりも上回る割増率が定められている場合は、社内規定に従います。
時間外労働が深夜帯と重なった場合は、2種類の割増率が適用され、50%以上(時間外25%+深夜25%)の割増賃金が必要です。
ここでは、割増賃金の取り扱いで混同されやすいポイントを整理します。
労基法35条[注4]に定められる法定休日(週1日)に働いた時間は「休日労働」に該当し、時間外労働とは扱いが異なります。
休日労働に該当した場合は35%の割増率が適用され、1日労働時間が8時間を超えても時間外労働分の25%を加算する必要はありません。
しかし、深夜の割増賃金は適用されるため、深夜帯に勤務した分は60%以上(休日35%+深夜25%)割り増しされた賃金が必要です。
実務では、法定休日と所定休日の違いに気をつけましょう。
たとえば「1日8時間・平日週5日勤務・土日休み」という勤務形態では、日曜日を法定休日、土曜日を所定休日とするケースが一般的です。
この場合、土曜日に勤務した場合は法定労働時間(週40時間)を超える時間外労働に該当します。
[注4]労働基準法/e-Gov
労働基準法35条
1カ月の時間外労働が60時間を超えた部分は割増率が引き上げられ、50%以上となります。
この時間が深夜帯に及ぶ場合は、深夜労働分として25%が加わるため、75%以上(時間外50%+深夜25%)割り増しされた賃金が必要です。
残業代は原則として「基礎賃金×割増率×残業時間」で計算します。
基礎賃金とは、1時間あたりの賃金額を指します。
なお、次の手当は労働と直接的な関係が薄く個人的事情で支給される手当であるため、どの給与形態であっても基礎賃金には含めません。
ここでは、代表的な給与形態ごとに残業代の計算方法と計算例を紹介します。
月給制では、まず次の計算式で月給額から基礎賃金を算出します。
「月の平均所定労働時間」の計算式は、次の通りです。
【計算例】
年間休日120日、1日の所定労働時間8時間、月給25万円、残業10時間のケースの計算例は、次の通りです。
基礎賃金や残業代単価に1円未満の端数がある場合、50銭未満の端数を切り捨て、50銭以上の端数を1円に切り上げます。
労働基準法では、賃金は「全額払い」が原則であり、労働者に不利な端数処理は認められていません。そのため、金額は切り上げ、時間数は切り捨てが基本になります、
年俸制の場合は「年俸額÷12」で月給相当額を算出して、同じ手順で計算します。
日給制の基礎賃金は「日給÷1日の所定労働時間」です。
日給1万5,000円、1日の所定労働時間8時間、残業時間が10時間の計算例は次の通りです。
時給制はそのまま時給額が基礎賃金となります。
時給1,500円、残業時間が10時間の計算例は次の通りです。
歩合給(出来高制)がある場合、固定給とは別に歩合給部分の基礎賃金を求める必要があります。
計算式は「歩合給÷総労働時間」です。
歩合給20万円、総労働時間190時間、残業時間が10時間の計算例は、次の通りです。

残業は、36協定の締結や残業時間の上限、割増賃金の計算など、複数のルールが詳細に決められています。
どれかひとつでも適切に守られていない場合「違法な残業」と判断され、行政指導や未払い残業代トラブルにつながりかねません。
ここでは、特に起こりやすい違反例を解説します。
36協定は、本来守らなければならない法定労働時間を例外的に超えるための重要な手続きです。
36協定を締結していない状態で残業させた場合、たとえ1分であっても法定労働時間を超えた時点で違法となります。
また、36協定を締結して届出をしても、手続きが適正でない場合は効力が認められません。
特に注意すべき事項は、過半数代表者の選出方法です。
会社が指名した人物や管理監督者は過半数代表者とは認められず、手続きの不備として、協定自体が無効となる恐れがあります。
36協定では、労働時間を延長できる時間数を「1日」「1カ月」「1年」の単位で定めます。
会社が協定で決めた時間を超えて働かせた場合、その部分は違反となるため、協定段階で慎重な検討が必要です。
前述したように、36協定を締結しても月45時間・年360時間の上限は超えられず、協定書もこの範囲内で記載しなければなりません。
上限を超える可能性がある場合は、臨時的で特別な事情に限り「特別条項付き36協定」を締結します。
ただし、特別条項を結んだ場合でも、無制限に残業させられるわけではなく、別途定められた上限(回数や時間数)を必ず守らなければなりません。
上限違反を防ぐためにも、毎日の労働時間を正確に把握し、早めの対応を心がけましょう。
残業代の支払いは、正しい割増率で実際に働いた時間を正確に計算しなければなりません。
実務で起こりやすい、代表的な誤りは次の通りです。
特に、残業時間の集計は注意が必要です。
1日の残業時間を30分単位などで切り捨てると、賃金全額払いの原則(労基法24条[注5])に違反するため、残業代の未払いとみなされます。
しかし、1カ月の残業時間の合計に1時間未満の端数がある場合、30分未満を切捨て・30分以上を切り上げる処理は認められています。
[注5]労働基準法/e-Gov
労働基準法24条
残業代計算の事務処理を簡便化するために、固定残業代(みなし残業)を採用している企業は少なくありません。
適切に運用すれば会社にメリットのある制度ですが、運用が不十分だと重大な未払い残業代トラブルに発展するため、注意が必要です。
以下は、固定残業代制度が無効と判断されるポイントです。
法定労働時間を超える残業は、36協定の締結・届出、上限規制(月45時間・年360時間)の遵守、そして正確な割増賃金の計算が欠かせません。
特に、法定内残業との違いや適切な休憩の付与、適用される割増率の区分(時間外労働・休日労働・深夜労働)の正しい理解が重要です。
法律のルールを踏まえた上で、日々の労働時間管理を丁寧に行えば、法違反やトラブルを防止できます。
自社の運用に不安がある場合は、労務問題に精通したVSG弁護士法人への相談がおすすめです。