この記事でわかること
労働者側から申し立てられる労働審判は、未払いの残業代や退職金等の金銭の請求を伴うケースが多くあります。
会社の立場では、高額な弁護士費用を支払うことを考えると、労働審判の勝率をどの程度上げられるかは気になるポイントです。
この記事では、労働審判を申し立てられた会社側の勝率、想定されるダメージについて解説し、労働審判の勝率を上げるためのポイントを紹介します。
目次
労働審判の勝率を考える前には、まず労働審判における「勝ち」が何であるかを考える必要があります。
労働審判は、通常の裁判(訴訟)と違い、申立人の請求を認めるか否か、という明確な勝ち負けが示されない点が特徴です。
この点を考慮すると、労働審判の「勝ち」は「主張した内容がどの程度認められたか」という点から判断できます。
たとえば、労働者から未払いの退職金として100万円の請求があった場合を考えてみましょう。
会社側の減額の主張が一切認められず、100万円をそのまま支払うことになった場合は、会社側の「負け」と捉えることができます。
しかし、会社側の主張や事情が考慮され、50万円まで減額することができた場合、結果に対する勝ち負けの判断は、人によって異なります。
このように、労働審判における「勝ち負け」は相対的に評価されることが多く、一概に判断できません。
また、実際には裁判所(労働審判委員会)が下す労働審判による終着が少ないことも、労働審判の特徴です。
労働審判手続きでは、話し合いを中心に双方が和解することを目指しています。
2023年の弁護士白書によると、2018年から2022年までに終了した労働審判手続きにおいて、約70%の事案で調停(和解)が成立しました。
裁判所による労働審判は約14%前後という結果で、全体から見ると少ない傾向です。
参考(日本弁護士連合会:基礎的な統計情報2023年
日本弁護士連合会:基礎的な統計情報2023年)
このように、労働審判では多くの事案が和解という形で終局するため、より勝ち負けの判断が難しくなります。
労働審判において、何を「勝ち」とするか、また解決の方向性は事前に検討しておくとよいでしょう。
労働審判の結果を「勝ち」と考えることができても、よほど特殊な事情でない限りは、申立てで請求された金額がゼロとなることはないでしょう。
また、労働審判に応じないことはデメリットが大きく、基本的には推奨されない選択です。
そのため、労働審判を起こされた場合、会社側は金銭面と労力面のダメージを避けることができません。
ここでは、労働審判で会社側が受ける金銭面と労力面のダメージを解説します。
会社側の金銭面でのダメージには、次のものが挙げられます。
なお、申立てを受けた相手方は、裁判所に対して支払う金銭(通常は収入印紙代)は発生しません。
収入印紙代は申立人が支払う金銭であるため、ここでは除外しています。
労働審判における弁護士費用の相場は、1事案あたり50~100万円です。
事案の難易度が高くなるほど、弁護士費用は高額になる傾向があります。
弁護士費用の内訳は、以下のようになっています。
料金形態や時間単価は、弁護士が自由に決められるため、依頼する弁護士によって異なります。
中には、相談料や着手金を無料とする事務所や、完全報酬制とする事務所もあります。
弁護士に依頼するときは、必ず委任契約書を確認し、費用面の疑問を残さないようにしましょう。
請求金とは、労働審判において申立人である労働者が求めている金銭です。
主に未払いの残業代や退職金、ハラスメントに対する損害賠償等があります。
労働審判は調停による最終的解決が多いため「会社が勝訴して請求金がゼロ円になる」というケースは考えづらいでしょう。
また、客観的にみて明らかに違法であると判断される未払い残業代は、支払う必要があります。
解決金とは、解雇にかかる事案を解決させるため、労働者だった者の退職を前提として支払うお金のことです。
解決金の金額は、解雇に相当性があるか否かで大きく異なります。
一般的に、解雇が相当でなかったと認められた場合、解決金は高額になる傾向があり、賃金の約3カ月から1年分以上となります。
しかし、労働者側にも落ち度があったことが認められ、解雇の相当性が支持されると、解決金の相場は賃金の1カ月から2カ月程度になります。
解雇の相当性が疑われる場合は、解決金に「バックペイ」と呼ばれる金銭が含まれることがあります。
バックペイとは、解雇期間中に本来労働者が働いて得るはずだった賃金をいいます。
争いが長期化するほど増額することに注意が必要です。
会社から解雇されたことで精神的苦痛を受けたとし、労働者から慰謝料を請求されることがあります。
慰謝料とは、精神的苦痛に対して支払うものであるため、解決金とは区別されます。
慰謝料が認められるか否かは事案に応じて異なりますが、認められるケースは多くありません。
しかし、悪質ないじめや嫌がらせ、強制わいせつ等のセクハラが認められた場合は、数十万から数百万円の支払いが認められる可能性があります。
労働審判は出席することに強制力のある手続きです。
出席しないことのデメリットには、次の2点が挙げられます。
労働審判に応じないことで被るダメージは大きいため、申立てを受けた場合は応じる方が賢明でしょう。
そのため、労力面のダメージが想定されます。
労力面のダメージは、主に「答弁書等の書類の作成」と「期日に出席するための準備」です。
労働審判の申立てを受けると、裁判所から呼出状と共に、答弁書と証拠書類の提出が求められます。
労働審判は、迅速な解決を目指すため、事前に提出する答弁書や証拠書類が重要です。
そのため、答弁書には主張したい点を漏れなく記し、主張を裏付ける適切な証拠書類も準備しなければなりません。
主張が認められやすい効果的な答弁書を作成するには、論点の整理と法律の知識が求められるため、準備には多大な労力を要します。
答弁書の提出期限は、原則第1回期日前に設けられるため、会社側が答弁書を準備するまでの期間は約3週間ほどです。
通常の業務を行うことや会社の営業日を考えると、スピーディに作成しなければならず、負担がより大きいといえます。
充実した答弁書を作成したとしても、書類のやり取りのみで労働審判が終了することはありません。
必ず第1回期日に出席する必要があり、出席の前には申立書や答弁書の読み込みや、リハーサル等の準備が必要です。
第1回期日は、申立てがあった日から40日以内に行われることが法律で決められているため、会社は短い期間の中で準備をしなければなりません。
また、出廷する日に業務を予定していた場合でも、スケジュールを調整するなどの労力がかかります。
労働審判での勝率を上げるためのポイントには、次の点が挙げられます。
ここでは、それぞれについて詳しく解説をします。
答弁書は、争点を意識して作成します。
労働審判の呼出状に添付される申立書の控えを読み込み、申立人の主張に対して的確な反論を行いましょう。
争点とは関係のない出来事や、作成者の感情等を多く書き過ぎると、かえって事態が複雑化してしまう恐れがあります。
答弁書に記載された反論の評価は、同時に提出することになる証拠書類を元に行います。
つまり、証拠は客観的でわかりやすい事実でなければ、認められづらくなるでしょう。
どのようなものが証拠となるかは事案によって異なりますが、一般的には次に紹介するものが挙げられます。
労働条件に関する証拠は、労働者が雇用されていた労働者であったことや、労働契約によって約束していたこと、または役職等の待遇を証明するものです。
具体的には、次のようなものが挙げられます。
残業代請求に関する証拠は、残業が行われていた時間や、支払った残業代の額等を証明するものです。
具体的には、次のようなものが挙げられます。
申立ての内容が解雇に関する場合は、解雇の相当性が争点となるケースが多くあります。
会社側の解雇の相当性を示すための証拠には、次のようなものが挙げられます。
労働審判では、期日当日に労働審判委員からの質問に直接口頭で答える必要があります。
特に第1回期日では、事前に提出された書類からはわからないことを聞かれるため、想定外の質問に慌てないことが重要です。
また、主張している内容が本当か否かの再確認に対しても、自信をもって回答をしなくてはなりません。
回答に悩んで答えられないことや、一貫性を欠いた話をしてしまうと、主張の信用性を損なう恐れがあります。
想定しうる質問への回答を事前に準備して、素早く、かつ解決の方向性や主張と矛盾しない回答をすることが勝率の上昇に繋がります。
期日では、適切な受け答えができることが重要であるため、事情をよく知る者が出席することが望ましいでしょう。
それだけではなく、調停案で具体的な金額が示されたときに、検討や判断ができる社長等の代表権を持つ者の出席も推奨されます。
調停案や最終的な判断に関わる労働審判員の心証をよくすることは、勝率を上げるための重要なポイントです。
答弁書の内容や口頭での回答が、単なる認否や申立人への不満等、感情的な部分が多くなると、審判員の心証を害する恐れがあります。
申立人に対する不満や怒りの感情があっても、法的な解決を図るために、一定程度に収めるように心がけましょう。
調停案は、労働審判員が得た心証から、双方の事情を汲んで提案されます。
心証形成までの過程も大事ですが、調停案が出された後の交渉も重要です。
調停案の交渉において、勝率を上げるためのポイントには、次のようなものが挙げられます。
原則、審理において感情的な主張は控える方がよいですが、会社側が指導や譲歩に努力していた経緯がある場合は、ときには感情面を強調することが効果的なケースもあります。
また、法律について否定的な発言をする等、順法精神を欠く言動は、調停での勝率を下げる要因になるため、注意が必要です。
ここでは、労働審判で勝った後の流れや注意点を解説します。
労働審判手続きの終了は「調停」「審判」の大きく2つに分けられるため、ここではそれぞれの終了のケースについて紹介します。
調停が成立すると「調停調書」という書類が取られます。
和解した内容は、裁判上の和解と同一の効果があるため、決められた内容は双方が守らなければなりません。
会社側が解決金を支払うことで調停が成立した場合は、解決金を支払わなければ強制執行の対象となるため、気をつけましょう。
調停の内容には、お互いに内容を口外しない「口外禁止条項」や今後一切の請求をしない「清算条項」を含めることも可能です。
後々トラブルを再発させないためにも、和解の条件として検討しましょう。
3回の期日を経ても和解が成立しなかった場合は、最終的に労働審判委員によって審判が出されます。
審判は、通常の裁判における「判決」と同様の効果を持ち、守られない場合は強制執行の対象となります。
2週間以内であれば、当事者のどちらからも異議申立てを行うことが可能です。
会社側にとって勝訴と言える内容であったとしても、労働者側から異議申立てが行われる可能性もあります。
日本の労働関連法規は、労働者保護の観点が強いため、労働審判において会社側に不利益な結果となることは少なくありません。
ここでは、労働審判で会社側が負けた場合にとれる対応について紹介します。
労働審判で不利益な審判が下り、負けてしまった場合は、2週間以内に異議申立てを行えば、労働審判を無効にすることができます。
異議申立てが適法に行われると、自動的に訴訟に移行します。
もう一度、同じ事案について労働審判を行うことはできないため、異議申立てを行う場合は、訴訟のリスクも検討するとよいでしょう。
申立て内容が不当解雇に関するものである場合、解雇の相当性が主な争点となります。
懲戒解雇が事由となっている場合は、労働者側に何かしらの落ち度があって、解雇に至ったケースがほとんどです。
この場合、労働者側の過失等により生じた損害に対し、損害賠償を請求する方法があります。
しかし、使用者責任(民法715条)の規定により「会社は労働者の責任で負った損害に対しても負担すべき」という考え方があります。
そのため、損害のすべてを請求できるわけではない点に注意が必要です。
損害賠償の請求を検討する場合は、必ず弁護士から専門的な見解を貰った上で判断しましょう。
ここでは、損害賠償を主張する方法を紹介します。
会社側から労働者に対して労働審判の申立てを行い、損害賠償の請求を求めることが可能です。
同じ事案について、労働審判を行うわけではないことに注意しましょう。
しかし、労働審判は労働者保護の観点が強いことから、会社からの損害賠償請求で有利に進むとは限りません。
損害賠償を請求したい場合は、労働者側からの申立てにかかる労働審判内で解決するのではなく、別の訴訟を行うことも可能です。
訴訟は労働審判の途中でも、終了後でも行うことができます。
しかし、労働審判による調停で清算条項を締結していると、追加の請求はできないことに注意が必要です。
労働審判の手続き中に、損害賠償の請求について主張することも可能です。
解決金の減額等、調停や審判の内容が考慮され、会社側に優位に働く可能性があります。
しかし、報復的な意図で損害賠償請求を行うと、かえって労働審判員の心証を悪くする恐れがあります。
労働審判中に損害賠償を主張する場合は、弁護士の見解を求めましょう。
労働審判では代理人を立てることは必須ではありませんが、短期間で専門的な書類を作成することや、法律の知識に基づいた的確な論点での主張が求められます。
専門的な知識や経験のない会社の担当者が対応をしても、有益な結果を得ることは難しいため、弁護士へ依頼しましょう。
労働審判を弁護士に依頼するメリットには、次のようなものが挙げられます。
ここでは、それぞれのメリットについて詳しく解説をします。
弁護士に依頼をすれば、答弁書の作成や証拠集めを任せることができます。
本来、専門的な知識や経験を要する作業を短期間で行うことは多大な労力を要しますが、この労力を大幅に削減できる点はメリットです。
労働審判の審理は、労働関連法等の法律に基づいて行われます。
そのため、申立てに対する反論や主張が法律の要点を押さえていなければ、勝率を上げることは難しいでしょう。
弁護士に依頼をすれば、審理に同席して貰える上に、整理された論点で会社側の主張をプレゼンテーションしてくれます。
労働審判員の心証形成にも役立ちます。
弁護士に相談をすれば、会社の状況が望ましいものか否かも含めて、個々の事案に応じた解決の方向性やポイントを整理して貰うことができます。
また、労働審判手続きで提案される調停案の内容の検討にも、アドバイスが得られます。
訴訟に転じた場合のリスク、反対に訴訟によって会社側が得られる利益等も含めて、一緒に検討して貰える点はメリットです。
労働審判の手続きでは、訴訟に移行するケースもあります。
訴訟に移行した場合は、労働審判とは異なり、より厳格な手続きを行わなければなりません。
労働審判から弁護士に依頼することで、訴訟に移行した場合であっても、会社の状況や事実関係について把握しているため、スムーズに対応してもらうことができます。
労働審判を申立てられた場合、金銭面と労力面のダメージを避けることはできません。
しかし、ポイントを押さえて対応できれば、目指す解決の方向性に向けて勝率を上げることが可能です。
最終的に労働審判の調停で解決すべきか、あるいは訴訟を検討すべきか否かの判断は、専門的な知識や経験が求められます。
専門家の力を借りながら、方向性を検討し、納得のいく解決に向けて対策をしましょう。