

大阪弁護士会所属。京都市出身。
労働環境が激変する現代において、企業が直面する労務リスクは経営の根幹を揺るがしかねない重要課題です。私は、大学卒業後のIT企業勤務、経営コンサルタント、企業役員といった10数年のビジネス現場での経験を経て弁護士となりました。
法律はあくまで手段であり、目的は「企業の持続的な成長と安定」であるべきだと考えています。そのため、単に「法的に可能か不可能か」を答えるだけでなく、現場のオペレーションや事業への影響、経営者の想いを汲み取った上での「最適な次の一手」を提示することを最優先しています。
使用者側(企業側)の専門弁護士として、労働紛争の早期解決はもちろん、トラブルを未然に防ぐための強固な労務基盤の構築を支援いたします。経営者の皆様が事業に専念できるよう、法的側面から強力にサポートさせていただきます。
PROFILE:https://vs-group.jp/lawyer/profile/fukunishi/
書籍:「事業をやり直したい」と思ったときの会社のたたみ方
監修:プロが教える!失敗しない起業・会社設立のすべて
共著:民事信託 ――組成時の留意点と信託契約後の実務

この記事でわかること
従業員から労働審判を申し立てられた際、会社側の「勝率」はどれくらいでしょうか。
実際には、労働審判の約7割が調停(話し合い)によって解決しています。
そのため、勝敗は「いかに会社の主張を通し、解決金を抑えられたか」が重要な判断基準です。
勝率を上げるためには、適切な答弁書・証拠の迅速な準備と、異議申し立て時の訴訟リスクを見据えた判断が重要です。
この記事では、労働審判における勝率の実態や、解決金・バックペイなど会社側の主なダメージを解説します。
さらに、会社側にとって有利な解決、いわゆる「勝ち」を導く具体的な対策を使用者側弁護士が紹介します。
目次
労働審判は、裁判のように「0か100か」「白黒をつける」手続きではありません。
多くの場合、話し合いを通じて、双方が一定の譲歩をしながら妥協点を探ります。
そのため、労働審判に単純な勝敗データは存在せず、会社側にとっての「勝ち」は「請求をすべて退けた状態」だけではありません。
解決金の金額をどこまで抑えられたか、解雇の有効性がどの程度認められたかなどの成果によって判断されます。
2024年版の司法統計年報[注1]によると、同年の労働審判の約66%が調停成立、すなわち和解によって終了しています。
2024年の弁護士白書[注2]では、2019年から2023年までの複数年においても、約7割で調停成立している傾向が示されています。
一方、裁判所の判断による「審判」に至るケースは16%前後にとどまり、調停に比べると少数です。
多くの事案で調停が成立する理由は、労働審判から訴訟へ進んだ場合、時間や費用、当事者の精神的負担が増大するためです。
つまり、いかに会社側に有利な条件で和解できるかが会社にとっての「勝ち」を判断する上でのポイントとなります。
労働審判での「勝ち負け」は、相対的に評価されるケースが多く、一概に判断できません。
特に会社側は、感情的な納得と実利としての結果を切り分ける視点が重要です。
たとえば不当解雇の申し立てでは、解雇が有効とされ、解決金の支払いも不要となれば会社側の完全勝利といえます。
しかし、これはハードルが非常に高い結果です。
一方、解雇無効とされ、バックペイ全額に加え解決金6カ月分を支払う場合は、会社側の敗北といえるでしょう。
これに対し、解雇を撤回して合意退職とし、解決金が給与1カ月分で収まった場合「実質的な勝ち」と評価できます。
このように、相手からの請求額に対してどこまで減額できたかが、会社にとっての「勝率」を測る指標となります。
労働審判は、会社にとって金銭面と業務面の双方に負担が生じる手続きです。
特に解雇を争う事案では、解決金だけではなく、バックペイが上乗せされ、支払い総額が膨らむ恐れもあります。
さらに、対応には経営者や担当者の時間と労力が取られ、本業への影響も避けられません。
ここでは、労働審判に関する金銭的負担と業務上の負担について整理します。
労働審判では、会社側に次の金銭的負担が生じます。
これらのコストは重なって発生する可能性があり、金銭的な負担が想定以上に膨らむ可能性に注意が必要です。
ここでは、それぞれの費用の詳細を解説します。
労働審判における弁護士費用の相場は、1事案あたり50~100万円です。
事案の難易度が高くなるほど、弁護士費用は高額になる傾向があります。
弁護士費用の内訳は、一般的に次のとおりです。
料金形態や時間単価は、弁護士が自由に決められるため、依頼する弁護士によって異なります。
中には、相談料や着手金を無料とする事務所や、完全報酬制とする事務所もあります。
弁護士に依頼するときは、必ず委任契約書を確認し、費用面の疑問を残さないようにしましょう。
請求金とは、労働審判において申立人である労働者が求めている金銭です。
主に未払いの残業代や退職金、ハラスメントに対する損害賠償等があります。
労働審判は調停による最終的解決が多いため「会社が勝訴して請求金がゼロ円になる」というケースは考えづらいでしょう。
また、客観的にみて明らかに違法と判断される未払い残業代は、支払う必要があります。
解決金とは、解雇にかかる事案を解決させるため、労働者だった者の退職を前提として支払う金銭です。
解雇をめぐる労働審判では、解決金の支払いが避けられないケースが少なくありません。
相場は事案によって異なりますが、一般的には給与の3〜6カ月分程度が一つの目安とされています。
注意すべきなのは、解雇が無効と判断された場合に発生するバックペイです。
バックペイとは、解雇から解決までの期間に、本来支払われるはずだった賃金の全額を指します。
労働審判であれば3〜6カ月分、訴訟に移行すれば1年以上分発生する可能性もあります。
バックペイは、争いが長引くほど増え続ける点に、特に注意が必要です。
たとえば月給30万円の従業員と1年間争った場合、バックペイだけで360万円に達します。
解決金が加われば、総額で500万円近い出費となる可能性もあるため、バックペイの発生も見据えた慎重な判断が不可欠です。
会社から解雇されて精神的苦痛を受けたとし、労働者から慰謝料を請求される場合があります。
慰謝料は、精神的苦痛に対して支払う損害賠償の一部であるため、解決金とは区別されます。
慰謝料が認められるか否かは事案に応じて異なりますが、認められるケースは多くありません。
しかし、悪質ないじめや嫌がらせ、強制わいせつ等のセクハラが認められた場合は、数十万から数百万円の支払いが認められる可能性があります。
労働審判は、原則として3回以内の期日で終結するスピード重視の手続きです(労働審判法第15条2項[注4])。
申立てを受けてから第1回期日までは、通常およそ1カ月程度しかないため、会社側の準備負担は決して軽くありません。
限られた時間で、事実関係の整理や社内調査、証拠資料の収集、答弁書の作成を一気に進める必要があります。
これらの作業は経営者や担当者の手を止めて行うため、通常業務への影響も避けられません。
ここでは、労働審判において会社側にかかる労力面のダメージについて解説します。
労働審判の申立てを受けると、裁判所から呼出状と共に、答弁書と証拠書類の提出が求められます。
労働審判は、迅速な解決を目指すため、事前に提出する答弁書や証拠書類が重要です。
そのため、答弁書には主張したい点を漏れなく記し、主張を裏付ける適切な証拠書類も準備しなければなりません。
主張が認められやすい効果的な答弁書を作成するには、論点の整理と法律の知識が求められるため、準備には多大な労力を要します。
答弁書の提出期限は、原則第1回期日前に設けられるため、会社側が答弁書を準備するまでの期間は約3週間ほどです。
通常業務や営業日を考慮すると、短期間で対応しなければならず、負担がより大きいといえます。
充実した答弁書を作成したとしても、書類のやり取りのみでは労働審判は終了しません。
必ず第1回期日に出席する必要があり、出席の前には申立書や答弁書の読み込みや、リハーサル等の準備が必要です。
第1回期日は申立日から40日以内に行われると法律で定められています(労働審判規則第13条[注5])。
そのため、会社は短い期間の中で準備をしなければなりません。
出廷日に業務を予定していた場合は、スケジュール調整などの労力もかかります。
労働審判は、第1回期日で審判員の心証が形成され、ほとんどの方向性が固まると言われています。
そのため、期日当日の受け答え以上に、第1回期日前に提出する答弁書と証拠の完成度が、会社側の勝率を大きく左右します。
これを踏まえて、労働審判において勝率を高めるためのポイントは、次のとおりです。
ここでは、それぞれについて詳しく解説をします。
答弁書では、まず相手方が提出した申立書を丁寧に精査します。
そのうえで、事実と異なる点や、誇張されている主張について具体的に指摘していきます。
単に「事実ではない」と否定するだけでなく、どの点がどのように違うのかを明確に示す姿勢が重要です。
また、感情的な反論や相手を非難する表現は避ける必要があります。
「就業規則第●条違反」など、事実と規程・法令を根拠に、冷静かつ論理的に反論を組み立てます。
なお、答弁書は第1回期日の1週間から10日前までに提出する必要があるため、内容だけではなく、期限厳守も重要なポイントです。
答弁書に記載された反論の評価は、同時に提出する証拠書類を元に行います。
つまり、証拠は客観的でわかりやすい事実でなければ、認められづらくなるでしょう。
証拠は事案によって異なりますが、一般的には次に紹介する資料が挙げられます。
労働条件に関する証拠は、労働者が雇用されていた労働者であった事実や、労働契約によって約束していた内容、または役職等の待遇の証明です。
具体例は次のとおりです。
残業代請求に関する証拠は、残業が行われていた時間や、支払った残業代の額等の証明です。
具体例は次のとおりです。
解雇が有効かどうかを判断するうえでは、会社側が「正当な理由」を客観的に示せるかが重要です。
解雇した者の能力不足や非違行為(法令や規則に違反する行為)があった場合には、それを裏付ける証拠を整理して提出します。
会社側の解雇の相当性を示すための証拠の具体例は、次のとおりです。
なお、口頭注意のみでは証拠能力が弱いため、日頃から書面等に記録を残す体制が重要です。
第1回期日では、裁判官と専門家である労働審判員2名で構成される労働審判委員会から、事実関係について矢継ぎ早に質問されます。
経営者や担当者が答えに詰まったり、提出書類と食い違う発言をしたりすると、心証は大きく悪化しかねません。
そのため、弁護士と事前に「模擬審問(リハーサル)」を行い、想定される質問に対する回答の確認が重要です。
想定問答を通じて、説明が曖昧になりやすい点や誤解を招きやすい言い回しを整理しておけば、本番でも落ち着いて一貫した説明が可能です。
こうした準備に尽くせば、結果として勝率アップにつながります。
期日では、適切な受け答えが重要であるため、事情をよく把握している者の出席が望ましいでしょう。
それだけではなく、調停案で具体的な金額が示されたときに、検討や判断ができる社長等の決済権限を持つ者の出席も推奨されます。
調停案や最終的な判断に関わる労働審判員の心証をよくするための対応は、勝率を上げるための重要なポイントです。
答弁書の内容や口頭での回答が、単なる認否や申立人への不満等、感情的な部分が多くなると、審判員の心証を害する恐れがあります。
申立人に対する不満や怒りの感情があっても、法的な解決を図るために、一定程度に収め、事実と根拠にもとづく説明を意識しましょう。
また、法律について否定的な発言をする等、順法精神を欠く言動も、審判員の心証を悪くする要因となるため、注意が必要です。
調停段階では、労働審判委員会から和解案が示されます。
ここでは、提示内容への向き合い方や交渉姿勢が結果を左右します。
調停案の交渉において意識したいポイントは、次のとおりです。
感情的な主張は控える姿勢が基本ですが、会社側が指導や譲歩に努力した経緯がある場合は、感情面を強調すると効果的なケースもあります。
労働審判手続きの終了は「調停」「審判」の大きく2つに分けられます。
ここではそれぞれの終了のケースについて、流れや注意点を解説します。
調停が成立すると、裁判所が「調停調書」を作成します。
調停調書は判決と同じ効力を持ち、記載内容に違反した場合は、強制執行の対象となります(民事調停法第16条[注6])。
単なる話し合いではなく、法的拘束力を伴う解決手段として位置づけられる点に、注意が必要です。
また、和解条件の締結においては、和解金以外の債権債務を残さない「清算条項」や、紛争内容を第三者に口外しない「口外禁止条項」が重要です。
これらの条項の締結が、後日の蒸し返しや風評被害を防ぎ、会社にとって安心できる形で紛争を終結させやすくなります。
3回の期日を経ても和解が成立しなかった場合は、最終的に労働審判委員によって審判が出されます。
審判は、通常の裁判における「判決」と同様の効果を持ち、守られない場合は強制執行の対象となります。
2週間以内であれば、当事者のどちらからでも異議申立てが可能です。
会社側にとって勝訴と言える内容であったとしても、労働者側から異議申立てが行われる可能性もあります。
労働審判の内容に不服がある場合、2週間以内であれば「異議申立て」が可能です。
異議申し立てを行うと、その審判は効力を失い、手続きは自動的に通常訴訟(民事訴訟)へ移行します(労働審判法[注7])。
手続きが訴訟へと進めば、解決までに時間と費用がさらにかかります。
審判内容が経営上「許容できる範囲」に収まっている場合は、受諾して終結させる判断もときには賢明な経営判断です。
ここでは、それぞれの選択肢について詳しく解説します。
労働審判で不利益な審判が下り、負けてしまった場合は、2週間以内に異議申立てを行えば、労働審判を無効にできます。
異議申立てが適法に行われると、手続きは自動的に訴訟に移行し、同一事案について再度労働審判は申立てできません。
異議申立てを行う場合は、訴訟にかかる時間・金銭的リスクも踏まえ、慎重に判断する必要があります。
申立て内容が不当解雇に関する場合、解雇の相当性が主な争点となります。
懲戒解雇が事由となっている場合は、労働者側に何かしらの落ち度があって、解雇に至ったケースがほとんどです。
この場合、労働者側の過失等により生じた損害に対し、損害賠償を請求する方法があります。
しかし、使用者責任(民法第715条[注8])の規定により「会社は労働者の責任で負った損害に対しても負担すべき」という考え方があります。
そのため、損害のすべてを請求できるとは限らない点に注意が必要です。
損害賠償の請求を検討する場合は、必ず弁護士から専門的な見解を貰った上で判断しましょう。
ここでは、損害賠償を主張する方法を紹介します。
会社側は、労働者に対する損害賠償請求について、労働審判の申立てが可能です。
しかし、同じ事案について、労働審判を行うわけではありません。
労働審判は労働者保護の観点が強いため、会社からの損害賠償請求が有利に進むとは限らない点にも注意が必要です。
損害賠償を請求したい場合は、労働者側からの申立てにかかる労働審判内で解決するのではなく、別の訴訟を提起する方法もあります。
訴訟は労働審判の途中でも、終了後でも提起が可能です。しかし、労働審判による調停で清算条項を締結していると、追加の請求はできない点に注意が必要です。
労働審判の手続き中でも、損害賠償の請求を主張できます。
解決金の減額等、調停や審判の内容が考慮され、会社側に優位に働く可能性があります。
しかし、報復的な意図で損害賠償請求を行うと、かえって労働審判員の心証を悪くする恐れがあるため、注意が必要です。
労働審判中に損害賠償を主張する場合は、弁護士の見解を求めましょう。
労働審判は短期間で結論が出る「スピード勝負」の手続きであるため、申立書を受け取った直後の初動対応が最重要ポイントです。
初動の遅れは、その後の審理に致命的な影響を及ぼしかねません。
限られた時間で専門的な書面や主張を整えるには、社内対応のみでは限界があります。
そのため、使用者側の労働問題に強い弁護士への早期相談が重要です。
弁護士に依頼する主なメリットは、初動対応から書面作成までを一任でき、解決方針や訴訟移行も見据えた対応が可能になる点です。
ここでは、メリットについて詳しく解説します。
弁護士に依頼すれば、答弁書の作成や証拠集めを任せられます。
本来、専門的な知識や経験を要する作業を短期間で行うには多大な労力を要しますが、この労力を大幅に削減できる点はメリットです。
労働審判の審理は、労働関連法等の法律に基づいて行われます。
そのため、申立てに対する反論や主張が法律の要点を押さえていなければ、会社の主張が通る可能性は低いでしょう。
弁護士に依頼すれば、審理に同席して貰える上に、整理された論点で会社側の主張をプレゼンテーションしてくれます。
労働審判員の心証形成にも役立ちます。
弁護士に相談すれば、会社の状況が望ましいものか否かも含めて、個々の事案に応じた解決の方向性やポイントを整理して貰えます。
また、労働審判手続きで提案される調停案の内容の検討にも、アドバイスが得られます。
訴訟に転じた場合のリスク、反対に訴訟によって会社側が得られる利益等も含めて、総合的に検討して貰える点はメリットです。
労働審判の手続きでは、訴訟に移行するケースもあります。
訴訟に移行した場合は、労働審判とは異なり、より厳格な手続きを行わなければなりません。
労働審判から弁護士に依頼すれば、訴訟に移行した場合であっても、会社の状況や事実関係について把握しているため、スムーズに対応してもらえます。
労働審判は、約7割が和解で終結する手続きです。
そのため、勝率は「会社にとって有利な条件で和解に持ち込めるか」で決まります。
鍵となるのは、第1回期日までの準備です。
事前に提出する答弁書や証拠の内容が、勝敗の9割を決めると言っても過言ではありません。
労働審判に負けて異議申立てに進めば、訴訟へ移行し、時間的・金銭的な負担はさらに増します。
会社を守るためには、申立書が届いた時点で、速やかに弁護士へ相談しましょう。
労働審判の対応でお困りの経営者様は、使用者側の労働問題に強いVSG弁護士法人にご相談ください。
[注1]司法統計年報
[注2]2024年弁護士白書 労働審判事件
[注3]労働基準法/e-Gov
労働基準法第114条(付加金の支払)
[注4]労働審判法/e-Gov
労働審判法第15条2項
[注5]労働審判規則/裁判所
労働審判規則第13条
[注6]民事調停法/e-Gov
民事調停法第16条
[注7]労働審判法/e-Gov
労働審判法
[注8]民法/e-Gov
民法第715条(使用者等の責任)