この記事でわかること
働き方改革が進む現代社会において、労働時間の適切な管理は、会社にとって極めて重要な課題です。
労働時間の適正な把握義務や、長時間労働に対する取り組みについての知識は、経営者や人事労務担当者にとって、法令遵守とリスク管理の観点から不可欠なものです。
本記事では、労働基準法に基づいた労働時間の定義や種類、時間外労働や休日に関する規定について解説します。
さらに、実務上特に注意が必要となるポイントについて、具体的な事例を用いながら解説します。
本記事を通じて正しい労働時間管理について学び、従業員の健康確保と生産性向上を両立させる、持続可能な企業経営を目指しましょう。
目次
労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間を指します。
これは、労働契約、就業規則、労働協約の定めに関わらず、実態に基づいて客観的に判断されます。
使用者の指揮命令下にあると認められる時間はすべて労働時間とみなされ、その時間に応じた賃金支払いの義務が会社に生じます。
労働時間について正確に理解するためには、以下の労働時間に関連する用語の定義について、理解する必要があります。
労働時間の概念について、違いを見ていきましょう。
法定労働時間とは、労働基準法で定められた労働時間の上限のことをいいます。
労働基準法では、1日8時間、週40時間と上限が定められています。
原則として、企業はこの法定労働時間を超えて労働させることができません。
所定労働時間とは、就業規則や雇用契約書で定められた始業時刻から終業時刻までの時間から休憩時間を差し引いた、通常勤務すべき労働時間をいいます。
この時間は、労働基準法で定められた法定労働時間の範囲内で、各企業が設定をします。
たとえば、勤務時間が9時から17時、休憩1時間の場合は、1日の所定労働時間は7時間となります。
実労働時間とは、労働者が実際に働いている時間のことをいいます。
具体的には、労働者が労働義務から完全に解放された「休憩時間」を除外した、実際に労働した時間のことをいいます。
さらに、所定労働時間の労働だけでなく、時間外労働や休日労働の時間も含みます。
実労働時間を正確に把握することは、賃金支払いや労働時間管理の基礎となるため、とても重要になります。
拘束時間とは、実労働時間と休憩時間を合わせた時間のことをいいます。
つまり、労働者が実際に事業所などにいた時間全体を指します。
前述したように、労働時間とは使用者の指揮命令下にある時間をいいますが、この労働時間に該当するのか否かという点が、実務上とても重要になってきます。
特に労使間で争われることの多いケースについて、具体的な事例を用いて解説をします。
多くの職場で、勤務開始時刻の前に何らかの準備行為が必要となることがあります。
これらの行為が、使用者の指示によるものであり、就業を命じられた業務に必要な準備行為である場合は、労働時間に該当すると判断される可能性があります。
具体的な例としては、以下のものが挙げられます。
ただし、自主的に行う準備行為(例:早めに出社して自主的にコーヒーを飲みながら新聞を読む時間)は、労働時間には該当しません。
手待ち時間とは、実際に作業を行っていなくても、使用者の指示により待機している時間を指します。
使用者の指示があった場合には、即時に業務に従事することが求められており、完全に労働から離れることが保証されていない場合は、労働時間に該当すると判断される可能性があります。
具体的な例としては、以下のものがあります。
労働者が自由に時間を利用できず、使用者の指揮命令下に置かれているか否かが判断ポイントとなります。
職場における研修や教育訓練は、従業員のスキル向上や業務効率化に重要な役割を果たします。
ただ、参加することが業務上義務付けられている場合は、労働時間に該当すると判断される可能性があります。
具体的な例としては、以下のものが挙げられます。
ただし、従業員の自己研鑽による学習時間や、業務とは直接関係のない任意の研修参加は、原則として労働時間には該当しません。
労働基準法と労働安全衛生法では、労働者の健康と安全を守るために労働時間の制限を定めています。
この制限により、長時間労働による健康被害等を防ぎ、ワークライフバランスを実現することを目的としています。
具体的な内容について、詳しく見ていきましょう。
まず、労働基準法において、労働時間の規制が設けられています。
これまで解説したとおり、労働基準法では法定労働時間(1日8時間、週40時間)が定められており、原則として、会社はこの時間を超えて労働者を働かせることはできません。
しかし、労使協定の締結により、法定労働時間を超えて労働させることが可能となります。
法定労働時間を超えて労働者に時間外労働をさせる場合には、労働基準法36条に基づく36協定(正式名称:時間外・休日労働に関する協定書)を締結し、所轄労働基準監督署長へ届出が必要となります。
36協定の締結には、労働者の過半数で組織する労働組合、もしくは労働者の過半数を代表する者との合意が必要です。
また、「時間外労働を行う業務の種類」や「1日、1か月、1年当たりの時間外労働の上限」などを定めなければなりません。
36協定を締結したからといって、無制限に残業をさせることができるということではありません。
2019年4月(中小企業は2020年4月)に施行された働き方改革関連法により、残業時間の上限規制が設けられました。
原則の時間外労働の上限は、月45時間、年360時間です。
臨時的な特別な事情がなければ、これを超えて残業させることはできません。
臨時的な特別な事情があって労使が合意する場合は、36協定に「特別条項」を締結することで、以下の時間まで時間外労働をさせることが可能となります。
労働基準法では、少なくとも毎週1日の休日、または4週を通じて4日以上の休日を与えることが義務付けられています。
この規定で定められた最低限の休日を、「法定休日」と呼びます。
法定休日は、会社が独自に定める「所定休日」とは明確に区別されるので、注意しましょう。
法定休日は、労働基準法によって定められた、最低限確保すべき休日です。
一方、所定休日は労働基準法の規定を上回る範囲で、会社が独自に就業規則等で定める休日を指します。
現在、多くの会社が週休2日制を採用しており、法定休日に加えて所定休日を設けています。
この場合、週2日の休日のうち、1日が法定休日であり、もう1日は所定休日として扱われていることになります。
法定休日に労働させる場合には、36協定を締結し、所轄労働基準監督署長への届け出が必要となります。
また、法定休日に労働させた場合は、会社は労働者に休日労働に対する割増賃金(35%以上)の支払いが必要となります
一方、所定休日は、法律で定められた休日ではないため、原則として休日労働の割増賃金(35%以上)は発生しません。
ただし、所定休日の労働によって、その週の労働時間が40時間を超えた場合は、超えた時間に対して時間外労働の割増賃金(25%以上)を支払う必要があります。
法定休日と所定休日は、法律上の取り扱いや割増賃金率が異なるため、正しく理解しましょう。
会社は労働者の健康を確保するため、労働時間を客観的に把握する義務があります。
具体的には、労働者がいつ、どれだけの時間働いたのかを正確に記録しなくてはなりません。
記録方法は、以下のような客観的な方法を原則とします。
記録の対象は、管理・監督者やみなし労働時間制が適用される労働者を除く、すべての労働者です。
なお、役職名が管理監督者であっても、実際の仕事内容が一般の従業員と変わらない場合は、労働者とみなされ、記録の対象となります。
上記の客観的方法ではなく、自己申告制により労働時間を把握しなければならない場合は、以下の点に留意が必要です。
これらの点に留意することで、自己申告制による労働時間管理をより適切に行うことができます。
会社には、労働者の安全と健康を守る安全配慮義務があります。
特に長時間労働に関しては、重大な健康被害や過労死のリスクがあるため、注意が必要です。
安全配慮義務の具体的な内容について見ていきましょう。
会社は、労働者の労働時間を適切に管理し、その情報を労働者本人に通知する義務があります。
具体的には、1カ月の時間外・休日労働が80時間を超えた場合には、労働者にその旨を通知しなければなりません。
長時間労働を行った労働者に対して、産業医による面接指導を実施する必要があります。
面接指導の目的は、過重労働による脳血管疾患や虚血性心疾患、メンタル不調などを予防することです。
対象者は以下のようになっています。
①労働者(裁量労働制、管理監督者含む)
月80時間を超える時間外・休日労働を行い、疲労蓄積があり面接指導を申し出た者
②研究開発業務従事者
③高度プロフェッショナル制度適用者
1週間あたりの健康管理時間が40時間を超え、その超えた時間が月100時間を超えて労働を行った者
会社は、医師による面接指導の結果に基づいて、適切な事後措置を実施する義務があります。
主な事後措置として、以下のようなものが含まれます。
個々の労働者の状況に応じた適切な事後措置を実施し、労働者の健康維持と働きやすい職場環境整備に努めることが求められています。
労働基準法は、雇用形態や就業形態に関わらず、原則としてすべての労働者に適用されます。
パートタイム労働者(アルバイト含む)や派遣社員も例外ではありません。
しかし、派遣社員の場合は、雇用主である派遣元と、実際に指揮命令を行う派遣先が異なるという特殊性があります。
派遣元の会社が責任を負う主な事項は、以下の通りです。
派遣先の会社が責任を負う主な事項は、以下の通りです。
このように、派遣社員の場合は、派遣元と派遣先に使用者としての責任の分担があるため、実務上は特に注意が必要となります。
労働時間の計算方法は、使用者の指揮命令下で労務の提供をしていた拘束時間のうち、休憩時間を差し引いた時間です。
具体的な事例を用いて、計算方法を確認しましょう。
事例始業9時、終業18時、休憩1時間の会社で19時まで勤務した場合
拘束時間:9時から19時までの10時間
実労働時間:10時間-1時間(休憩時間)=9時間
時間外労働:9時間-8時間(法定労働時間)=1時間
この場合、1時間が法定外残業となり、割増賃金の支払い対象となります。
事例始業9時、終業17時、休憩1時間の会社で19時まで勤務した場合
拘束時間:9時から19時までの10時間
実労働時間:10時間-1時間(休憩時間)=9時間
法定内残業:8時間(法定労働時間)-7時間(所定労働時間)=1時間
法定外残業:9時間(実労働時間)-8時間(法定労働時間)=1時間
この場合、17時から18時までの1時間は法定内残業として通常賃金の1時間分を支払い、18時から19時までの1時間は法定外残業として割増賃金の支払い対象となります。
労働時間を適切な把握と管理のためには、労働時間と休憩時間を正しく区別することが重要です。
両者の主な違いは以下の通りです。
就業規則や雇用契約書での記載で判断するのではなく、あくまでも実態で判断されます。
休憩時間として記載されていても、労働から離れることが保証されていない場合は、労働時間として扱われます。
労働時間と休憩時間の区別として、判断が難しいケースが多々あります。
これらの時間が、労働時間と休憩時間のどちらに該当するのか、判断基準について確認しましょう。
待機時間とは、実際の作業には従事していないが、会社からいつでも業務に従事できるように待機を義務付けられている時間をいいます。
この時間は、完全に労働からの離脱が保証されておらず、使用者の指揮命令下に置かれているとみなされるため、労働時間と判断されます。
仮眠時間については、実態によって労働時間か休憩時間かが判断されます。
たとえば、緊急事態などが発生した場合には直ちに対応して作業を行うことが義務付けられている場合は、仮眠室で睡眠をとることが認められていても、労働時間と判断される可能性が高くなります。
これは、労働からの完全な離脱が保証されていないからです。
一方、仮眠時間が完全に労働から解放された自由な時間であり、単に仮眠が許可されているだけの場合は、休憩時間として判断されます。
労働基準法は、労働者の権利を守り、適切な労働環境を保証するための法律です。
この法律に違反することは、単なる規則違反にとどまらず、会社にとって深刻な問題をもたらす可能性があります。
労働基準法違反に該当する行為は、以下のようなものがあります。
前述したように、原則として1日8時間、週40時間を超える労働は禁止されており、これを超過した場合は労働基準法違反となります。
労使間で36協定を締結し、所轄労働基準監督署長へ届け出をしている場合は、時間外労働が可能となりますが、無制限な長時間労働が認められているわけではありません。
労働基準法では、時間外労働にも上限を設けており、この上限を超えて労働させた場合にも労働基準法違反となります。
労働基準法では、労働時間が6時間を超え8時間以下の場合は45分以上、8時間を超える場合は1時間以上の休憩を与えることを義務付けています。
この規定に違反し、法定の休憩時間を与えなかった場合、会社は労働基準法違反として処罰の対象となります。
ここで注意すべきは、形式的に休憩時間を設定しているだけでは不十分だということです。
たとえば、休憩時間中に従業員を待機させたり、仮眠時間中でも緊急時の対応を義務付けたりするなど、実質的に使用者の指揮命令下に置かれている状態は、法律上の休憩時間とは認められません。
このような場合も、休憩時間を与えていないとみなされ、労働基準法違反となる可能性があります。
労働基準法では、毎週少なくとも1日、または4週間を通じて4日以上の休日を与えることを定めています。
この法定休日を与えなかった場合、会社は労働基準法違反として処罰の対象となります。
これらの違反が発覚した場合は、6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります。
労働基準法違反は直接的な罰則以外にも、様々な問題を引き起こします。
長時間労働や休憩・休日を与えない働き方は、労働者の身体的・精神的健康に深刻な影響を及ぼす可能性があります。
慢性的な疲労蓄積、ストレスの増加などから、会社全体としての生産性低下にもつながります。
労働基準法違反が明るみになると、会社の社会的信用が大きく損なわれます。
ブラック企業であると報道されるなどした場合、顧客離れなどに繋がる恐れもあります。
長期的な企業の成長や存続に影響を与えかねません。
未払い残業代や罰金の納付など、直接的な経済的損失が発生します。
さらに、労働基準監督署の調査や是正勧告への対応、労働争議の解決などに多大な時間と労力を要します。
労働環境の悪化は、既存の労働者の離職を招くだけでなく、新たな人材の採用も難しくなります。
特に近年の労働市場では、ワークライフバランスを重視する傾向が強まっており、労働基準法違反が明るみになった会社は、より人材確保が難しくなります。
労働時間の適切な管理は、労働者の健康と安全を守り、企業の生産性を向上させる上で不可欠です。
本記事で学んだ内容をもとに、自社の労働時間管理が適切に行われているのか、改めて見直しをしましょう。
単に法律を守るだけではなく、従業員のワークライフバランスを尊重し、働きがいのある職場環境を整備することが、長期的な企業の発展に繋がります。