この記事でわかること
労災事故により雇用する労働者が働けなくなった場合、労災保険から休んでいる期間の給与の補償として「休業補償」が支給されます。
休業補償で支給される金額や期間を含め、会社側が労災保険制度を理解しておかないと、会社が支払う義務があるものに気づくことができません。
その結果、被災した労働者とトラブルになってしまう可能性があります。
そのため、労災事故で休む労働者がいる会社の労務担当者は、休業補償についてよく理解しておく必要があるでしょう。
今回は、労災保険の休業補償について、基本的な知識と申請方法、支給される金額や期間について解説します。
目次
労災保険の休業補償とは、業務上の事故による怪我や病気が原因で労働者が働けない間、賃金補償として労災保険から支給される給付金です。
具体的には3つの要件があり、これらすべてを満たした場合に支給されます。
ここでは、休業補償についての基本的な知識を解説します。
休業補償の申請手続きをするのは、原則は被災した労働者本人、本人死亡の場合は労働者の遺族です。
しかし、労働者が重症あるいはその他の事情により、労災の手続きが難しい場合があり得ます。
この場合は、被災した労働者に代わり、会社が休業補償の申請手続きを助けなければならないと法律によって定められています(労災保険法施行規則23条1項)。
なお、派遣労働者が被災した場合の申請手続きは、原則労働者本人が行うことは変わりありません。
しかし、派遣労働者についての助力義務を負うのは、派遣元の会社です。
休業補償は「給付基礎日額」という、日を単位とした金額で支給されます。
給付基礎日額とは、原則は労働基準法の平均賃金です。
具体的な金額は「給付基礎日額の60%相当額」です。
さらに「給付基礎日額の20%相当額」の休業特別支給金というものが上乗せされます。
つまり、実際に休業補償として受け取れる金額は、給付基礎日額の80%分となります。
労災事故が業務上の理由により起こったものか、あるいは通勤によるものかで、労災給付の名称が異なります。
事故の原因が業務上によるものは「休業補償給付」で、通勤によるものは「休業給付」です。
業務災害の場合は、労働基準法によって会社が労働者に対して補償義務を負うことが規定されているため、給付の名称に「補償」という文字が入っています。
どちらの給付も支給金額や受給可能期間は変わりませんが、支給申請時の用紙は分けられているため、区別をして申請しなければなりません。
また、休業補償給付では、労災保険では補償されない部分があるため、一部会社に負担金が生じます。
休業補償の申請先は、被災した労働者が働いている事業所を管轄する労働基準監督署です。
申請は決められた書式を用いて、次の流れで進みます。
ここでは、休業補償を申請するときの基本的な流れや書類について詳しく解説します。
「休業補償給付支給申請書」を作成し、被災した労働者を雇用する事業所の管轄労働基準監督署へ提出します。
支社で雇用する労働者に事故が起きた場合であれば、申請は本社ではなく支社を管轄する労働基準監督署が提出先です。
申請書類は労働基準監督署で貰えますが、厚生労働省のホームページからダウンロードすることも可能です。
参考:厚生労働省 主要様式ダウンロードコーナー(労災保険給付関係主要様式)
支給申請書を通勤災害用の「休業給付支給申請書」と取り違えないように気を付けましょう。
なお、申請書には医師と事業主の証明欄があります。
労働者が申請書を作成する場合でも、それぞれの証明欄は労働者自身が書くことはできません。
労働者から証明を求められた場合は、会社の担当者は速やかに記入しましょう。
休業補償の請求があると、労働基準監督署は次の事項を確認するため、添付書類を求めます。
求められる添付書類は、具体的には賃金台帳や出勤簿の写し等です。
申請を労働者本人が行う場合、添付書類を労働者が揃えることはできないため、会社側で必要なものを揃えます。
休業補償の請求書が提出されると、支給に係る事故が労災に該当するかを判断するために、労働基準監督署の調査が入ります。
必要に応じて、労働基準監督署から追加書類の提出が求められることや、被災労働者や会社の関係者、事情を知る者等への聴取が行われます。
提出された書類や調査に基づき、労働基準監督署は休業補償を支給すべきかどうかを決定し、支給が決定すると保険給付額の算定を行います。
労働基準監督署の調査が終了すると、休業補償の「支給決定通知」が届きます。
支給決定通知は、支払振込通知と一体となった書式です。
なお、通知は原則請求人である被災労働者本人に対して行われます。
支給申請から決定までの期間は、申請書が労働基準監督署で受け付けられてから概ね1カ月程度です。
しかし、書類の不備や業務上の災害かどうかの認定が難しい場合(精神疾患が事由のもの等)は、1カ月以上の時間を要することもあります。
休業補償が不支給決定になる原因は、主に2つ考えられます。
1つ目は休業した日数が4日未満だった等、支給要件を満たしていなかった場合です。
2つ目は業務上の災害だと認められなかった場合です。
この決定に不服がある場合は「労働者災害補償保険審査官」に対して、口頭又は文書で不服申立てをすることができます。
審査官は、労働基準監督署の所在地を管轄する労働局に置かれています。
なお、不服申立ては決定通知を受けた日の翌日から3カ月以内に行わなければなりません。
この日を過ぎると不服申立てを行うことはできなくなるため、注意が必要です。
支給決定通知書と一体となっている支払振込通知には、給付金の振込日が記載されています。
記載された振込日に休業補償が振り込まれて、手続きは終了です。
なお、給付金の支払日は法律による規定はないため、支払日は事案によって異なります。
休業補償の要件に該当する限り、休業補償を受給し続けることが可能です。
1回目の支給申請が終了した後も、その後1カ月を超える期間ごとに支給申請を行います。
なお、2回目申請以降は労働基準監督署による調査は行われないため、1回目よりも支給申請がスムーズです。
休業補償は支給要件を満たし続ける限り支給されますが、いくつかの状況下では支給が打ち切られる場合があります。
ここでは、休業補償を受給できる期間について詳しく解説をします。
労災の休業補償は休業4日目以降分に対して支給されます。
つまり、休業初日から3日目までの3日間に対して休業補償は支給されません。
この期間を「待期期間」といいます。
業務災害の場合は、労働基準法の規定により、被災労働者を雇用する会社が待期期間中の休業補償を行わなければなりません。
休業補償の額は1日につき平均賃金の60%です。
なお、通勤災害が事由の場合は、会社に休業補償を行う義務はないため、待期期間に対して賃金を支払うかどうかは会社が自由に決められます。
待期期間中に会社の所定休日があった場合、所定休日も待機期間に含みます。
たとえば、金曜日の勤務時間中に事故が発生し、当日病院で診察を受けて休業に入った場合は、金曜日が待機の初日です。
土日もそれぞれ待機日としてカウントされるため、日曜日に待機が完成します。
この場合の休業補償の対象期間は、月曜日以降の期間です。
前述したように、休業補償の支給要件のひとつに「病気や怪我で療養中であること」があります。
つまり、怪我や病気が治ゆした場合は、休業補償の支給要件を満たしません。
「治ゆ」とは「これ以上治療による症状改善の効果が期待できない」状態です。
怪我や病気をする前の状態、いわゆる「完治」ではなく、症状や障害が残っていたとしても「治ゆ」とされます。
医師により「治ゆした」と診断された場合は、休業補償は打ち切られます。
しかし、その後に症状が再発し、再び療養や手術を行うために休業する場合は、再度休業補償を申請することが可能です。
復職をすると、支給要件のひとつである「療養のために労働ができない期間」ではなくなるため、休業補償は支給されません。
しかし、リハビリ等の理由で一部だけ休業する場合は、一定の要件を満たせば休業補償を請求することができます。
要件は、会社から支給された賃金が給付基礎日額の60%未満である場合です。
待期期間や療養のために休業する期間に、有給休暇を取得することが可能です。
しかし、有給休暇により賃金を得る日は、労災保険の休業補償を受け取ることはできません。
実際には休んでいますが「休業期間中に事業主から賃金を受けていない」という要件を満たさなくなるためです。
療養が長引いてしまい、休業補償の受給開始から1年6カ月を経過した時点で傷病が治ゆせず、かつ傷病等級1級から3級に該当する場合は休業補償が打ち切られます。
休業給付が打ち切られると、代わりに同じ労災保険から「傷病補償年金」が支給されます。
なお、障害等級の要件を満たさなければ休業補償の支給が継続されます。
被災労働者が退職をした後でも、休業補償を受給し続けることは可能です。
法律によって労災保険の給付を受ける権利は、退職後も引き続き残ることが定められています。
会社は被災した労働者が退職した後でも、申請に係る証明や書類の提出を依頼されたときは、その要望に応えましょう。
休業補償の請求には時効が定められています。
療養のため働くことができずに休業した「日ごと」に請求権が発生し、その翌日から2年を経過すると、時効によって請求権が消滅します。
たとえば、2024年7月1日に休業した分は、翌日である2024年7月2日から2年を経過した日である2026年7月2日が時効です。
これより後に休業補償を請求することはできません。
2024年7月2日休業分は2年後の7月3日に消失、というように「日」を単位として請求権は発生し、時効により消滅します。
ここでは、労災保険の休業補償で貰える金額の計算方法を解説します。
休業補償は「休業補償給付」と「休業特別支給金」の2つで構成されます。
この2つの計算式は次の通りです。
つまり、休業補償とは「給付基礎日額の80%」が休業した日数分支給されることとなります。
前述したように、休業日数とは休業4日目以降の日数をカウントすることに注意が必要です。
給付基礎日額は、原則労働基準法の平均賃金と同様の計算式で求めます。
労働基準法における平均賃金とは、平均賃金を算定すべき事由が発生した日において、その労働者の直前3カ月の賃金総額を、その期間の総日数で除した額です。
賃金締切日がある場合は、直前の賃金締切日から3カ月分を遡ります。
なお、賃金総額からは賞与等の臨時に支払われた賃金は除かれますが、通勤手当等は含みます。
「算定すべき事由が発生した日」とは「労災事故発生日または労災による疾病について医師の診断を受けた日」です。
続いて、事例から実際に計算してみましょう。
事例
6月25日に業務災害による事故で負傷し、その後療養のために休んだ日数は待期期間の3日間を除いて10日間でした。
なお、会社の賃金締日は毎月20日です。
算定事由発生日は事故の起きた6月25日であるため、直前の賃金締日である6月20日分から3カ月遡った賃金支払状況を確認します。
【被災労働者賃金支払い状況】
期間 | 月 | 暦日数 | 基本給 | 通勤手当 |
---|---|---|---|---|
3月21日から4月20日 | 4月分 | 31日 | 200,000円 | 10,000円 |
4月21日から5月20日 | 5月分 | 30日 | 200,000円 | 10,000円 |
5月21日から6月20日 | 6月分 | 31日 | 200,000円 | 10,000円 |
合計 | 91日 | 600,000円 | 30,000円 |
賃金支払総額は630,000円でした。
平均賃金は、賃金支払総額を暦日数で割って算出するため、計算結果は次の結果となります。
先ほどの平均賃金を給付基礎日額とし、休業補償給付と休業特別支給金をそれぞれ算出します。
この事例における被災労働者は10日間の休業に対し、55,384円を休業補償として受給することができるという結果になりました。
休業している期間に会社の所定休日がある場合でも、休業補償は会社の所定休日も含んで支給されます。
仮に被災労働者が週2日しか勤務していなかったとしても、雇用契約上の勤務日数に関わらず支給要件を満たす限り、受給することが可能です。
労災事故の原因が会社にあり、その責任が認められる場合、会社は休業している労働者の給与を全額支払う義務があります(民法第536条2項)。
労災保険の休業補償で補えるのは平均賃金の80%に相当する額であるため、残りの20%に相当する部分は、会社が負担しなければなりません。
また、待期期間の3日間においては、元々会社には休業補償として平均賃金の60%を支払う義務がありましたが、この期間についても全額補償する義務があります。
つまり、残りの平均賃金40%分を追加で支払い、1日分の給与全額を補償することになります。
労災保険の休業補償には「受任者払い制度」があります。
受任者払い制度とは、被災労働者に対して支払われる休業補償を、労災保険の給付よりも前に会社が労働者へ立替払いをし、その後労働者が受け取る予定だった休業補償を会社が受け取るという制度です。
労災の休業補償は支給申請から支払いまで1カ月を超えることが多く、労働者の経済状況によっては、直ちに生活に困窮する恐れがあります。
そのため、受任者払い制度を利用すれば、労災の休業補償よりも早く生活資金源を手にすることができ、労働者は安心です。
会社担当者にとっても、労働者に支払うべき休業補償を労災給付の実態から細かく計算する手間を無くすことができるため、労務に関する事務手続きがスムーズになるメリットがあります。
受任者払い制度を利用したい場合は、休業補償を申請した労働基準監督署で手続きを確認し、届出書を作成しましょう。
労災保険の休業補償の手続きは、原則労働者本人が行うものですが、事故による療養のために申請の手続きができないケースも想定され、会社の助力は不可欠です。
労働者も怪我や病気が原因で精神的、経済的にも追い詰められるため、些細なことから労使間のトラブルにも発展しやすいため、会社担当者は対応に気を付けなければなりません。
「法律による助力義務があるから」という理由だけではなく、被災した労働者をサポートする姿勢や行動を示すことは、被災した労働者だけではなく、周囲の労働者にも安心感を与えます。
労働者が療養に専念し、また職場に復帰できるように会社担当者としてサポートをしましょう。