この記事でわかること
現代において、従業員のメンタルヘルスの問題は、ますます重要になっています。
労働契約法にもとづく「安全配慮義務」は、企業が従業員の安全と健康を確保するための重要な責任を負うことを定めています。
特に、メンタルヘルス不調に対する適切な予防と対策は、従業員の生産性向上や職場全体の活力維持に不可欠です。
この記事では、企業が従業員のメンタルヘルスを守るために果たすべき安全配慮義務について、具体的な対策や予防方法を詳しく解説します。
安全配慮義務とは、使用者(企業)が従業員に対して、安全かつ健康に働くための環境を提供する義務のことを指しています。
はじめは判例として知られていましたが、労働契約法(2008年3月施行)において明文化されています。
(労働契約法)
第5条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
具体的には、以下のようなものがあります。
管理労働安全衛生法は、従業員の安全と健康を守るために、国と企業間の最低限守るべき基準を定めたものです。
労働安全衛生法第3条1項は、すべての職場に適用され、従業員が安全かつ健康に働くことができる環境を確保することを目的としています。
(労働安全衛生法)
第3条 事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。また、事業者は、国が実施する労働災害の防止に関する施策に協力するようにしなければならない。
具体的には、以下のような規定があります。
職場の安全基準や衛生基準を定め、それを遵守することを企業に求めています。
たとえば、機械設備の安全対策や作業環境の衛生管理が含まれます。
定期的な健康診断を義務づけ、従業員の健康状態を把握し、早期に対策を講じることが求められています。
企業内に安全衛生管理者を設置し、安全衛生に関する教育や訓練を実施することを義務付けています。
安全配慮義務に対する労働契約法と労働安全衛生法には、それぞれ異なる特徴と役割があります。
労働契約法 | 労働安全衛生法 | |
---|---|---|
法律の位置づけ | 労働契約に基づく民事上(企業と労働者の間)の義務です | 公法上(国と企業間)の義務です |
対象範囲 | 使用者と従業員の間に適用されます | 企業全体に適用されるため、すべての労働者が対象となります |
安全配慮義務に違反すると | 民事上の損賠賠償請求が発生します | 一定の範囲で刑事罰が科されます |
安全配慮義務違反かどうかは、「予見可能性」と「結果回避義務」があるか否かで判断します。
この2つに、業務との「因果関係があった」場合に安全配慮義務違反と判断されます。
使用者(企業)が、従業員に対して、危険や健康被害を予測することができたかどうかを意味します。
たとえば、故障しやすい古い機械設備があり、その機械を使用すると、従業員がケガをする可能性があるという事を企業が予測することができる場合などです。
また、機械などの物理的なものだけではなく、予見可能性には、メンタルヘルスも含まれます。
たとえば、長時間労働が従業員の健康に悪影響を及ぼすことは、一般的に予測可能です。
メンタル不調者をそのままにしておくと、場合によっては、安全配慮義務違反となるため注意が必要です。
予見可能な危険や、健康被害を回避するために、企業が適切な措置を講じる義務のことを指します。
職場の安全確保には、設備の導入や定期的な点検・整備が必要です。
長時間労働が予見される場合は、労働時間を適切に管理し、残業を制限する措置が必要となるでしょう。
また、適切な休暇の取得やメンタルヘルスケアの体制の整備も重要です。
企業が安全配慮義務を怠ると、様々なリスクが生じます。
労働災害や過労死が発生すると、メディアで報道され、企業の社会的評価が低下し、顧客の信頼を失う可能性があります。
これにより、優秀な人材が企業に応募しなくなり、企業の競争力が低下する恐れがあります。
安全配慮義務は、労働契約法第5条に明文化されていますが、具体的な罰則は規定されていません。
しかし、民法など他の法律によって、罰則が科される場合があります。
安全配慮義務違反で、労働者の過労死や労災事故が発生した場合、以下の法的根拠のもとで損害賠償が請求されることが考えられます。
裁判所が、企業の安全配慮義務を認めた場合、多額の賠償金を支払う義務が生じます。
また、労働者がメンタル不調などの精神疾患で健康被害をうけた場合、慰謝料を請求されることがあり得ます。
労働災害が発生すると、労働基準監督署が調査を行います。
違反が確認されると、企業は行政指導や改善命令、罰金を科されることがあります。
特に重大な過失がある場合、企業やその役員が刑事責任を問われることもあり得ます
特に過労死の事例では、労働基準法違反や刑法第211条の業務上過失致死(致傷)罪などが適用されることがあります。
昨今、メンタルヘルス不調者が増加の一途をたどっています。
原因としては、以下のようなものが挙げられます。
厚生労働省の「2022(令和4)年の職場におけるメンタルヘルス対策の状況」によると、仕事や職業生活に関する強い不安、悩み、ストレスを感じる労働者の割合は53.3%と半数を超えています。
ストレスのもっとも多い理由の上位は以下のとおりです。
労災に関する調査結果は、以下ようになっており、いずれも過去最多や増加傾向にあります。
精神障害で労災が認められた人の原因は、以下のようになっています。
精神疾患による労災認定者数が増えたのは、過重労働から発症するうつ病なども労災認定されることが、報道などにより世間に知られてきたためです。
かつては、うつ病や適応障害といった病名を聞くことほとんどありませんでしたが、現在では、半数以上の労働者が、仕事による強いストレスを感じています。
そのため、誰でも心の病気にかかる可能性があり、予防がとても重要です。
管理職を含めた全労働者が、メンタルヘルスについての正しい知識を持つために、研修や教育を行うことが効果的です。
同時に、長時間労働などメンタルヘルスに影響を与える職場環境を定期的に点検し、問題があれば改善します。
さらに、事業場内外の相談体制を整備し、従業員に利用を促します。
メンタル不調は自覚しにくいため、ストレスチェック制度などを導入し、メンタル不調を早期に発見、適切に対処することが重要です。
また、周りの人も「いつもと違う」様子に気づき、声かけ、話をきくことが大切です。
メンタル不調による精神疾患は、一度かかると再発しやすいため、職場復帰後のフォロー体制も重要となります。
詳細は、厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」に記載されています。
安全配慮義務は、物理的なものだけでなく従業員のメンタルヘルスなどにも気を配る必要があります。
違反すると、重い罰則が科せられるため注意が必要です。
メンタルヘルスの不調は目に見えないため、企業が把握することは大変です。
しかし、従業員が健康で安心して働けるということは、結果的に、企業の生産性の向上や発展につながるため、適切に対応することが必要です。