この記事でわかること
労災保険とは、仕事や通勤が原因の事故による、労働者の怪我や病気、障害、死亡に対して、本人やその遺族に給付を行う保険制度のことです。
加入対象の労働者がいれば、労災事故はいつどこでも起こる可能性があります。
そのため、すべての企業は労働者を雇用したときから必ず加入しなければなりません。
労災保険の加入手続きや労災保険料の計算も、企業に行う義務があるため、企業の担当者は労災保険制度について、よく知る必要があります。
そこでこの記事では、労災保険の対象災害や加入者、補償内容と給付額、そして必要な手続きについて解説をします。
「労災保険(労働者災害補償保険)」とは、加入要件を満たした企業が強制的に加入する公的な保険制度のひとつです。
「労働保険」と呼ばれることもありますが、これはもう1つの労働関係の保険制度「雇用保険」と併せた総称を指します。
労災保険で補償するのは、労働災害による労働者の怪我や病気に対する治療費や仕事を休んだ日の給料等です。
また、怪我や病気が原因で障害が残ったときや、死亡してしまった場合も、本人や遺族の生活を守るための給付を行います。
労働者や遺族にとって、いざという時の重要な保険制度であるため、加入対象者がいるすべての企業は、労災保険の加入手続きを行わなければなりません。
手続きを怠った場合は、保険料を遡って徴収される、あるいは労災給付でかかった費用が徴収される可能性があるため、注意が必要です。
労災保険の対象となる災害は、仕事が原因の業務災害と、通勤が原因の通勤災害の2種類です。
しかし、業務中または通勤中であったとしても、事故等が起こった背景によっては、労災と認められないこともあります。
経営者や企業労務に関わる立場の人は、それぞれの労災事故について判断ポイントを把握しておきましょう。
業務災害とは、業務が原因となって起きた事故等で労働者が怪我や病気、障害、死亡に至ることです。
勤務時間中に起きたからという理由で、すべての事故が業務災害と認められるわけではありません。
ポイントは、使用者の指揮命令下であったかどうかの「業務遂行性」と、業務との因果関係があるかの「業務起因性」の2つです。
たとえば、勤務時間中であっても業務に関係のない私的な行為や、故意の事故等で被災した場合は業務災害に当てはまらない可能性があります。
以下では、業務災害に該当する例としない例をそれぞれ紹介します。
通勤災害とは、労働者が通勤中の事故等に起因して怪我や病気、障害、死亡に至ることです。
通勤経路内であっても、通常の日常生活の範囲からかけ離れた逸脱行為があった場合、通勤災害とは認められません。
しかし、生活用品の買い足しや散髪、人工透析等、日常生活に必要な範囲内であれば、その行為の時間を除いた間は通勤災害と認められる可能性があります。
以下では、通勤災害に該当する例としない例をそれぞれ紹介します。
労災保険の補償内容や金額は、被災労働者やその遺族の状況に応じて決まります。
また、業務災害か通勤災害かによって給付の名称が異なり、補償内容にも若干の差異が生じます。
これら2つの区別は、給付の名称に「補償」という文字が含まれるかで判断が可能です。
業務災害は、労働基準法によって事業主の災害補償が定められているため、給付の名称に「補償」という文字が入ります(例「療養補償給付」「休業補償給付」)。
一方の通勤災害に対する給付には「補償」という文字はありません(例「療養給付」「休業給付」)。
ここでは、労災保険の補償内容と給付額、業務災害と通勤災害で異なる点について紹介します。
なお、給付額の基準となる「給付基礎日額」とは、労働基準法で定める平均賃金に相当する額です。
怪我や病気を治療する際にかかった治療費や入院費を負担する給付です。
労災病院で治療を受ける場合は現物給付となり、自己負担は発生しません。
しかし、それ以外の医療機関を受診した場合は、かかった費用が後日支給される形です。
なお、通勤災害の場合は最大200円まで自己負担金が発生します。
労災事故が原因で仕事を休み、給料が支払われないときに支給される給付です。
給付額は給付基礎日額の60%相当分に加え、休業特別支給金として20%が支給されます。
つまり、受給できる額は合計で給付基礎日額の80%です。
休業(補償)給付は、休業4日目以降に休業した日数分が支給されます。
そのため、支給前の3日間は待機期間となり、その間は労災保険からの給付は受けられません。
業務災害の場合は、事業主にこの3日分の休業補償を行う義務があり、事業主が労働者に平均賃金の60%以上を支払うことになります。
一方で、通勤災害の場合は、事業主側に待機期間中の休業補償を支払う義務はありません。
怪我や病気の治癒後に、障害が残ってしまった場合に支給される給付です。
障害の等級に応じて、下記のように年金給付か一時金給付かの2つに分かれます。
給付額は、障害等級別に決められた日数分の給付基礎日額です。
労災事故により労働者が死亡した場合に、遺族に対して支払われる給付です。
受給資格のある遺族の有無や人数等の条件により、下記のように年金か一時金のどちらかが支給されます。
死亡した労働者の収入によって生計を維持し、かつ年齢等の要件を満たした遺族に対して、その人数に応じて決められた日数分の給付基礎日額が支給されます。
上記の遺族(補償)年金を受け取る遺族がいない、あるいは年金給付を受け取っていた遺族が全員失権した等、一定の条件を満たした遺族に支給される給付です。
給付基礎日額の1000日分が最大で支給されますが、状況によって減額されることがあります。
死亡した労働者の葬祭について支給される給付です。
下記のいずれか金額が多い方が支給されます。
労災による怪我や病気の療養開始後1年6カ月経過後に、傷病が治癒しておらず、障害等級1〜3級に該当する場合に支給される給付です。
障害等級によって決められた日数分の給付基礎日額が支給されます。
障害(補償)年金または傷病(補償)年金の受給者のうち、障害に関する一定の要件を満たし、かつ介護を受けているときに支給される給付です。
実際に介護にかかった費用が支給されますが、給付額には上限があります。
企業が行った健康診断で、下記の条件に該当した労働者に対し、追加の健康診断や特定保健指導を行う給付です。
なお、一次健康診断の結果により、既に脳血管疾患または心臓疾患の症状が認められる場合は、給付は受けられません。
労災保険の加入対象者は、企業に雇用されるすべての労働者です。
アルバイトやパート、契約社員等、雇用形態や働いている時間数等に関わらず、労災保険が適用されます。
しかし、企業の代表取締役を始めとする、労働者とはみなされない者や海外派遣者等は労災保険に加入することができません。
労災の加入対象外となるのは、次の者です。
中小企業主や一人親方、海外派遣者等は一定の要件を満たすことで「特別加入」という制度を利用し、労災に加入することが可能です。
また、事業主の同居親族であっても、他に雇用している従業員がいて、その従業員と同じように働いている場合は、労災の適用が認められます。
労災保険の加入手続きは、加入対象者である労働者を雇用した日以降に事業主が行います。
下記に紹介する書類を作成し、期限内に事業場の所在地を管轄する労働基準監督署等に提出します。
さらに保険料を納めることで手続きは完了です。
保険関係成立日(労働者を雇い入れた日)から10日以内に、労働基準監督署へ「保険関係成立届」を提出します。
これは、企業が労災保険の適用となったことを報告するための書類です。
申請用紙に会社の住所や名称等の基本事項を記入し、事業実態を証明するための登記簿謄本(履歴事項全部証明書)等を添付します。
書類が受理されると「労働保険番号」が割り振られます。
この番号は、後に提出する「労働保険概算保険料申告書」や、その後の労働保険に関わる手続きで必ず記入することになる重要な番号です。
申請書の控えは、重要書類として保管しましょう。
「保険関係成立届」提出後は「労働保険概算保険料申告書」を労基署等の所定の機関へ提出し、保険料を納めます。
この手続きは、保険関係成立日から50日以内に行わなければなりません。
概算保険料は、雇用する労働者に支払う賃金の見込額と、事業の種類ごとに決められた労災保険料率から計算します。
もし、労働者が同時に雇用保険にも加入する場合は、雇用保険料も加算した金額となります。
本来、労災の保険料は実際に支払われた賃金から決定されますが、雇入れ時では賃金がまだ支払われていないため、確定した保険料を納めることはできません。
そのため、加入時は概算の保険料を納めることになっています。
実際の支払額に応じた確定保険料は、毎年6月から7月上旬の間に計算し、申告をします(労働保険の年度更新)。
その際に、あらかじめ納めていた概算保険料分と差し引きし、保険料に不足があれば追加で支払い、余剰があれば次年度分の概算保険料として繰り越すという流れです。
労災保険料の計算式は、次の通りです。
労災保険料の期間とは、4月1日から翌年3月31日までの期間です。
年度途中に保険関係成立日がある場合は、その時点から次の3月31日までの期間に支払う見込みの賃金を元に計算します。
労災保険料率は、事業実態に応じて決められており、厚生労働省のホームページ等で確認することができます。
ここでは、具体例を用いて労災保険加入時の概算保険料の計算例を紹介します。
(例)
まず、保険関係成立日から次の3月31日までに支払われる賃金の見込額を計算します。
計算の元になる従業員の賃金には基本給だけでなく、通勤手当等の各種手当や、賞与等も含まれますが、退職金や祝い金などの臨時的・恩恵的なものは除外します。
期間中の賃金総額見込額は、次のようになりました。
続いて、労災保険率表から労災保険料率を確認し、先ほどの賃金総額に乗じます。
令和6年度の労災保険率表によると、飲食店は「その他の事業」の業種番号98に該当し、労災保険料率は1000分の3です。
概算保険料の計算は、次の通りになりました。
なお、労災保険料は全額事業主の負担です。
同じ労働保険のひとつである雇用保険とは異なり、労働者の自己負担分は発生しませんので、給与から労災保険料を控除しないように気をつけましょう。
労災保険制度では、労災事故で被災した労働者やその遺族の生活を守るため、様々な給付を長期的に行います。
本来、労災によって労働者が働けなくなったときの災害補償責任は事業主が負うものと労働基準法で決められています。
しかし、国の労災保険制度があることで、企業の災害補償責任が一定の範囲で免除されているため、労災保険制度は企業にとっても大事な保険制度です。
加入する義務や手続き、毎年の加入更新を行う責任は企業にあるため、労働者を雇用したときは忘れずに手続きを行いましょう。