

東京弁護士会所属。イギリス(ロンドン)出身。
企業の価値を支える「人」に関する問題は、ひとたびトラブルに発展すれば、組織の生産性や社会的信用を大きく損なう要因となります。私はこれまで、都内の大規模法律事務所で企業法務の最前線に立ち、多くの法人様の法的課題に向き合ってまいりました。
使用者側の視点に立ち、単に法律を適用するだけでなく、現場の規律維持や企業の持続可能性を重視したアドバイスを心がけています。特に、労使間のトラブルにおいては、迅速かつ正確な初動対応がその後の結果を大きく左右します。
「人生は演劇。あなたが台本を書き、主役を演じ、スポットライトを浴びる。」という言葉を胸に、経営者の皆様が理想とする組織運営を実現できるよう、法務のプロフェッショナルとして最適な台本作成と舞台裏のサポートに尽力いたします。親身なヒアリングを通じて、共に最良の解決を目指しましょう。

この記事でわかること
繁忙期と閑散期の労働時間を調整できる変形労働時間制は、残業代を抑えられる制度として多くの企業が導入しています。
しかし、導入手続きや制度設計に不備があると、制度自体が無効と判断され、過去に遡って多額の残業代請求を受けるリスクもある制度です。
制度を導入する際は、法的な要件を慎重に確認し、正確に手続きしましょう。
この記事では、変形労働時間制の基本的な知識から、導入する際の要件や流れ、導入企業の傾向、導入する際の注意点を解説します。
目次
変形労働時間制は、一定の要件を満たせば、業務の繁閑に応じて労働時間を調整できる制度です。
正しく運用すれば残業代の抑制につながりますが、制度の目的を理解した上で導入しなければ、メリットを十分に活かせない可能性があります。
制度の基本と、変形労働時間制それぞれの違いを整理していきましょう。
変形労働時間制とは、一定期間の法定労働時間(1日8時間・1週40時間)を繁閑に合わせて調整できるしくみです。
繁忙期は1日10時間、閑散期には1日6時間といった形で、労働時間を分配できます。
通常であれば、法定労働時間を超えて働いた時間分は、残業代が発生します。
しかし、変形労働時間制であらかじめ定めた労働時間の範囲内であれば、残業代が発生しません。
変形労働時間制は、1947年の労働基準法制定時から導入されている制度で、何度かの改正を経て、現在は次の種類があります。
フレックスタイム制は、労働者自身が労働時間決定する、労働者主体の制度です。
この記事では、企業が主体となる変形労働時間制のうち、特に導入事例の多い「1カ月単位」と「1年単位」を中心に解説します。
それぞれの変形労働時間制の比較表は以下の通りです。
| 1カ月単位の変形労働時間制 | 1年単位の変形労働時間制 | 1週間単位の変形労働時間制 | フレックスタイム制 | |
|---|---|---|---|---|
| 特徴 | 月初めや月末、特定週が忙しく、1カ月内で業務の繁閑がある場合 | 夏季や冬季等、特定の季節が忙しく、1年内で業務の繁閑がある場合 | 直前まで業務の繁閑がわからず、日によって繁閑が異なる場合 | 従業員に始業・終業の時刻を自由に決定させる場合 |
| 導入方法 | 労使協定の締結または就業規則への記載 | 労使協定の締結 | 労使協定の締結 | 労使協定の締結と就業規則への記載 |
| 労基署への届出 | 労使協定を締結する場合は必要 (就業規則による導入・10人以上の事業場は就業規則の届出が必要) | 必要 | 必要 | 清算期間が1カ月を超える場合は必要 |
| 事業規模・業種の要件 | なし | なし | 労働者数30人未満の小売・旅館・料理店・飲食店のみ | なし |
| 労働時間の上限 | なし | 1日10時間 1週52時間 | 1日10時間 | なし |
| 1週平均の労働時間 | 40時間 (特例措置対象事業は44時間) | 40時間 | 40時間 | 40時間 (特例措置対象事業は44時間) |
| 休日の付与日数 | 週1日または4週4日 | 週1日(連続労働日数は原則6日が上限) | 週1日または4週4日 | 週1日または4週4日 |
特例措置対象事業とは、1週間の法定労働時間について44時間までの延長が認められている事業です。
商業、映画・演劇業、保健衛生業、接客娯楽業のうち、従業員数が10人未満の事業に限られます。
変形労働時間制の適用開始時期は、会社が決定できます。
具体的には、労使協定の締結や就業規則への明記等、制度ごとに定められた要件を満たした上で、起算日を定めて適用が始まります。
制度を開始する際は、従業員への事前説明が欠かせません。
従業員への説明や周知をしないまま、会社が独自に開始できない点には注意が必要です。
変形労働時間制の導入要件は、1カ月単位と1年単位では、手続きの内容や難易度が異なります。
制度導入において、要件を満たしているかは重要なポイントであるため、間違いのないように確認しましょう。
ここでは、制度ごとの導入要件を解説します。
1カ月単位の変形労働時間制を導入するには、制度の適用について就業規則へ記載するか、または労使協定を締結します。
労使協定を締結した際は、労基署への届出が必要です。
就業規則により制度を導入した場合は、労働者が10名以上の事業場は就業規則に関する届出をしなければなりません。
就業規則や労使協定には、次の事項を定めます。
週の労働時間の平均を40時間(特例措置対象事業は44時間)以内に収める点も重要です。
具体的には、次の計算式で対象期間の上限時間を確認し、その範囲内に労働時間を収めなければなりません。
たとえば、暦日数が31日の場合は177.1時間であるため、この範囲内で労働時間を設定します。
1年単位の変形労働時間制は、1カ月単位よりも長期間にわたり労働者が長時間労働する可能性があるため、厳格な要件が課されています。
制度を導入するためには、労使協定を締結して労基署へ届け出なければなりません。
労使協定には、次の内容を定めます。
労働時間を設定する際は、対象期間における所定労働時間の総枠を超えてはいけません。
総枠は以下の計算式で算出します。
たとえば、対象期間が365日の場合は2085.71時間となり、この範囲内で労働時間を設定します。
さらに、労働日数や1日・1週間あたりの労働時間にも上限があります。
労働日数は原則として1年間280日、労働時間は1日10時間、1週間52時間が上限です。
連続労働日数は原則6日までですが、業務が特に繁忙な期間として「特定期間」を定めた場合、連続12日まで認められます。
変形労働時間制を導入するための手順は、次のとおりです。
ここでは、それぞれのステップの詳細とポイントを解説します。
制度導入にあたって最初に行うのは、自社の勤務実態の確認です。
業務量の多い時期と少ない時期、実際の労働時間等を整理します。
この確認をもとに、自社に合った変形労働時間制を選択します。
1カ月単位と1年単位では、導入要件や実務負担が大きく異なるため、どちらを選択するかを慎重に検討しましょう。
自社の実態を踏まえて制度の種類を決めたら、必要な社内ルールを整備します。
各変形労働時間制に求められる要件を確認し、規定内容を具体的に定め、就業規則の作成や労使協定の締結を行います。
手続き時は、それぞれの要件の違いに注意しましょう。
たとえば、1カ月単位は就業規則への記載により制度導入が可能ですが、1年単位は労使協定の締結が必須である点が異なります。
採用した変形労働時間制の要件に従い、必要な届出を行います。
1カ月単位を労使協定の締結により導入した場合は、労基署への届出が必要です。
就業規則への記載によって導入する場合は、制度自体についての届出は必要ありません。
しかし、労働者が10人以上の事業場は、就業規則を作成・変更した場合、就業規則を労基署へ届け出る義務がある点は、注意しましょう。
選択した方法に応じて、必要となる届出が異なるため、事前の確認が重要です。
一方、1年単位では、就業規則への記載のみでは制度導入ができないため、労使協定の締結と労基署への届出を必ず行います。
制度を新しく導入したときや内容を変更したときは、従業員に対して制度の主旨やしくみを説明しましょう。
変形労働時間制について知らない従業員も多く、説明不足だと「会社は残業代を払っていない」という誤解を与えかねません。
従業員への周知が不十分だと、制度の有用性が争われたとき、会社に不利益が生じる恐れもあります。
変形労働時間制を導入した後は、就業規則や労使協定に定めた内容に基づき、適正に運用を行います。
特に、変形期間中の労働日や労働時間をあらかじめ設定しておく点は重要です。
1カ月単位の場合は起算日の前日までに、1年単位の場合は対象期間の開始前に、対象期間の全期間の労働日と労働時間を周知する必要があります。
また、原則として、変形期間中の労働日や労働時間の変更も認められません。
期間中に頻繁に労働日や労働時間を変更している場合、制度の有効性が否定される可能性があるため、注意が必要です。
2025年の厚生労働省「就労条件総合調査」[注1][注2]によると、変形労働時間制を採用している企業割合は約6割でした。
導入割合の高い業種としては、製造業や運輸業、小売業、宿泊業、医療・福祉等が挙げられています。
これらの業種に共通するのは、季節や曜日、取引先の動向により、労働需要が大きく変動しやすい業種である点です。
たとえば、小売業や宿泊業では、繁忙期と閑散期がはっきり分かれるケースが多いため、変形労働時間制と相性がよい業種といえます。
こうした業種では、毎日同じ労働時間を前提とする管理を行うと、残業の増加や人件費の膨張を招きやすくなります。
変形労働時間制の導入は、繁閑に応じた柔軟な労働時間の配分と残業代の抑制が両立できる点が、企業にとって大きなメリットです。
[注1]令和7(2025)年就労条件総合調査 結果の概況
[注2]就労条件総合調査 / 令和7(2025)年就労条件総合調査 原表

変形労働時間制の導入要件や運用を誤ると、制度自体が無効と判断される可能性があります。
制度が無効となった場合、過去にさかのぼって未払い残業代を請求されるリスクがあるため、適正な導入・運用が重要です。
特に注意したいのが、手続き面の不備と、残業代計算に関する誤解です。
ここでは、変形労働時間制を導入する際の注意点について解説します。
変形労働時間制を導入するためには、法律で定められた要件を満たした内容で、就業規則の作成や労使協定を締結する必要があります。
また、届出や従業員への周知がされていない場合、変形期間中に頻繁に労働日や労働時間を変更する運用は、法的要件を満たしているとは言えません。
どれかひとつでも要件を満たさない場合、変形労働時間制として認められない可能性が高まるため、注意が必要です。
また、変形労働時間制を導入していても、36協定は別途締結が必要です。
時間外労働の上限規制が免除されるわけではないため、労働時間管理は慎重かつ適正に行いましょう。
変形労働時間制に関して、実務上よくある誤解が、残業代の扱いです。
あらかじめ定めた1日の所定労働時間を超えた場合や、変形期間全体で法定労働時間の総枠を超えた場合には、割増賃金の支払いが必要です。
通常の労働時間制とは計算方法が異なるため、勤怠管理のしくみを含めて、慎重な設計が求められます。
「法定労働時間の総枠を超えた分だけ」「忙しい日に長く働いた分を後日まとめて相殺」という考え方は誤りであるため、注意しましょう。

変形労働時間制は、正しく運用できれば適正な労働時間配分や人件費管理に有効な制度です。
一方で、手続きや運用をひとつ誤るだけで制度自体が無効となる可能性があり、過去にさかのぼって多額の残業代請求を受けるリスクもあります。
そのため、トラブルが起きてから対応するのではなく、導入や見直しの段階で専門家に相談しましょう。
VSG弁護士法人は、弁護士と社労士が連携し、会社の業務実態に合った変形労働時間制の設計をサポートしています。
労使協定の作成や労基署への届出、導入後の適正な労働時間管理まで、ワンストップ対応しているため、導入をご検討の際はぜひ一度ご相談下さい。