この記事でわかること
- 1人親方と個人事業主の違い
- 1人親方が労災保険で補償される範囲
- 1人親方が労災保険で補償される内容
建設業界では、よく「1人親方」という言葉を耳にします。
「1人親方」と「個人事業主」は、いずれも個人で事業を行う人ですが、両者にはさまざま面で違いがあるのをご存じでしょうか。
この記事では、1人親方について解説します。
個人事業主や社長との違い、1人親方が利用できる労災保険の制度や補償内容などについても詳しく説明するので、ぜひ参考にしてください。
1人親方とは
1人親方とは、人を雇わず建設業や林業などの特定の事業を行う人のことを言います。
主に施主や施工会社などから依頼を受け、自分自身のみ、または生計をともにする家族と業務を行っている場合が1人親方にあたります。
1人親方と「個人事業主」「社長」との違い
1人親方と似ているのが、個人事業主や社長です。
個人事業主は、株式会社や合同会社などの法人を設立せず、税務署に開業届を出して個人で事業を営んでいる人を指し、社長は、株式会社や合同会社などの法人を設立して、法人として事業を行う人を指します。
1人親方は、他者から雇われず自分自身で事業に取り組む点で、個人事業主や社長と共通しますが、以下の点で違いがあります。
- 業種の範囲
- 従業員雇用に関する制約の有無
- 労災保険の加入資格の有無
ここからは、それぞれの違いを詳しく解説します。
業種の範囲
1つ目の違いは、業種の範囲です。
個人事業主や社長が事業を始める際、特に業種に制限はありません。
建設業やIT業、士業、飲食業、販売業など、どのような業種であっても、税務署への開業届けや法務局への法人登記など必要な手続きを行えば、個人事業主または社長を名乗って活動できます。
一方、1人親方とみなされるには、建設業や林業などの特定の事業を営んでいる必要があります。
業種の範囲が制限されるため、たとえばIT業界で1人親方として事業を営むことはできません。
従業員雇用に関する制約の有無
2つ目の違いは、従業員の雇用に関する制約があるかどうかです。
個人事業主や社長が従業員を雇用する場合、雇用期間などの制限はありません。
一方、1人親方とは「労働者を使用せず、常態として単独で事業を行う者」と定義されており、1人または生計をともにする家族と事業を営んでいる人を指します。
そのため、1人親方とみなされるには、原則として従業員を雇用せず1人または家族と事業を行う必要があります。
例外的に、従業員を雇用した場合でも、雇用日数の合計が100日未満であれば、1人親方としてみなされると定められています。
ただし、雇用日数が100日を超えてしまうと、1人親方とみなされなくなるため注意が必要です。
労災保険の加入資格の有無
3つ目の違いは、労災保険の加入資格があるかどうかです。
基本的に、個人事業主や社長は労災保険を使うことができません。
原則として、労災保険は会社員や公務員、アルバイトやパートなど、人に雇用される人を対象とした保険であるためです。
一方、1人親方の場合は、労災保険の特別加入が認められます。
多くの場合、1人親方は現場に出て仕事をするため、怪我などのリスクが高いことや、業務の実態が雇われている労働者とあまり変わらないという側面があります。
そのため、1人親方は特別に労災保険に加入できる決まりがあります。
業務中の怪我や事故などは個人事業主や社長であっても起こり得るため、労災保険に特別加入できることは、1人親方の大きなメリットと言えるでしょう。
1人親方が利用できる労災保険の特別加入制度とは
労災保険の特別加入制度は、1人親方のように特定の事業に従事し、従業員を雇わない人が特別に加入できる保険制度です。
先述したとおり、労災保険は他者に雇用されている労働者を対象とした社会保険制度の1つです。
正社員だけでなく、パートやアルバイトなどの雇用されている人が、業務中や通勤中に怪我や疾病、死亡、障害などが生じた際に保険金が給付される仕組みです。
しかし1人親方は、建設現場などで雇われている人と同じように働くことが多く、たとえば現場で会った際に一目で1人親方なのか企業に雇われている労働者なのかがわかりません。
労災保険の特別加入制度は、上記のように雇用されていない場合であっても、労働者と同じ働き方をしている人を対象にしたものです。
先ほど業種の範囲の説明で、1人親方とみなされる業種として建設業や林業などを挙げましたが、それ以外で労災保険の特別加入制度の対象となる業種としては、以下の職種の人が挙げられます。
- 漁業
- 医薬品の配置業
- 貨物運送業
- 産業廃棄物処理業
- 柔道整復師
- あん摩マッサージ指圧師
- はり師
- きゅう師
- 船員
- 歯科技工士など
これらの事業を営む人であれば、労災保険の特別加入制度の対象となります。
言い換えれば、上記の業種以外の自営業者は特別加入制度の対象外であり、たとえば、IT業や飲食業などの個人事業主は原則加入できないため注意しましょう。
1人親方が労災保険で補償される範囲
ここまで労災保険の概要や加入対象を説明しましたが、具体的にどのような場面で労災保険が適用されるのでしょうか。
1人親方が労災保険で補償されるのは、主に業務災害と通勤災害の2つです。
それぞれの補償について詳しく見ていきましょう。
業務災害
業務災害とは、会社に雇用される労働者が業務に起因して怪我や病気を患うことです。
しかし、1人親方の場合は、会社の雇用契約のもと働いておらず、建設業の1人親方であれば、元請け会社との請負契約のもと働くことがほとんどです。
そして、請負契約のもと働く1人親方が業務災害と認められるには、以下のいずれかの要件を満たす必要があります。
- 請負契約に直接必要な行為を行う場合
- 請負工事現場での作業およびこれに直接附帯する行為を行う場合
- 請負契約に基づくものであることが明らかな作業を自社の作業場で行う場合
- 請負工事にかかる機械や製品を運搬する場合
- 台風や火災などの突発事故により緊急出動を行う場合
ここからは、それぞれの要件を詳しく見ていきましょう。
請負契約に直接必要な行為を行う場合
請負契約に直接必要な行為には、工事の請負契約を締結する行為や契約締結前の見積り、施工現場の下見などが挙げられます。
たとえば、1人親方が施主から外壁工事を請け負い、その施工現場の下見を行っている際に怪我を負った場合、業務災害の補償対象となります。
請負工事現場での作業およびこれに直接附帯する行為を行う場合
工事現場で作業していた場合や直接附帯する行為を行っていた場合、業務災害の補償対象となります。
たとえば、1人親方が元請け会社から建物の建設工事を受け、工事請負契約を締結し、その建設現場で作業しているときに何らかの怪我を負った場合は業務災害にあたります。
また「直接附帯する行為」とは、たとえば、建設工事中に工事に必要な建設資材などを買いに行く行為が挙げられます。
1人親方が、建設現場から資材を買いに行くときまたは資材店から建設現場に戻るときに怪我を負った場合は、補償対象となる可能性があるでしょう。
一方で、たとえば、1人親方が請負契約などに基づかず、個人的に友人宅の修補工事を行っているときに怪我を負った場合は補償対象とはなりません。
あくまで請負契約に関連する必要がある点には注意しましょう。
請負契約に基づくものであることが明らかな作業を自社の作業場で行う場合
たとえば、請負契約によって請け負った作業を自社の工場や鉄工所などの作業場で行う場合も、業務災害の補償対象となります。
ただし、自社の作業場で請負契約に基づかない無関係な作業を行っているときに怪我を負った場合は補償対象外となります。
請負工事にかかる機械や製品を運搬する場合
請負工事にかかる機械や製品などを運搬する行為も、業務災害の補償対象となります。
たとえば、1人親方が請け負った建設工事に必要な資材を資材店で購入して建設現場まで運ぶ途中、または自社工場から建設現場に必要な什器を運ぶ途中に怪我を負った場合などは、業務災害で補償されるでしょう。
台風や火災などの突発事故により緊急出動を行う場合
台風や火災などの突発事故で予定外の出動を行った際も、業務災害の補償対象となります。
たとえば、台風によって工事現場の建築物を保全する必要があり、1人親方が緊急で出向いたときに怪我を負った場合は業務災害で補償されます。
通勤災害
通勤災害とは、自宅から職場まで、または職場から自宅までの通勤途中に負った怪我のことを言います。
1人親方の場合も同様で、工事現場までの通勤途中に怪我を負った場合は通勤災害が認められます。
ただし、1人親方が通勤災害の補償を受けるには、以下3つの条件のいずれかに該当する必要があります。
- 自宅と就業場所との間の往復であること
- 就業場所から別の就業場所への移動であること
- 赴任先住居と帰省先住居との間の移動であること
ここからは、それぞれの条件を詳しく見ていきましょう。
自宅と就業場所との間の往復であること
1つ目は、1人親方が住んでいる家と工事現場との間の往復であることです。
先述したとおり、通勤中に事故に遭って怪我を負った場合は、通勤災害の補償対象となります。
ただし、自宅と就業場所の間であっても、合理的な通勤経路でなければ通勤災害と認められません。
たとえば、工事現場からの帰宅途中に通勤経路を外れて、私用で出掛けたときに起こった事故は補償対象外と判断される可能性があるので注意しましょう。
就業場所から別の就業場所への移動であること
2つ目は、就業場所から他の就業場所の間の移動であることです。
1人親方の場合は、工事現場から別の工事現場までの移動がこれにあたります。
また、就業場所間の移動に関しても、合理的な経路であることが求められ、経路を大きく外れると通勤災害が認められない可能性があります。
ただし、車で移動中に、渋滞などでやむを得ず迂回したときに事故に遭った場合などは通勤災害と認められる可能性があります。
赴任先住居と帰省先住居との間の移動であること
3つ目は、単身赴任者の赴任先住居と帰省先住居の間の移動です。
1人親方が単身赴任している住居と家族が住む家に帰省する間、または家族が住む家から赴任先住居へ戻る間に事故に遭った場合は通勤災害が認められます。
ただし、移動距離や帰省頻度などに条件を設けられる場合があるので、注意しましょう。
1人親方が労災保険で補償される内容
ここまで、1人親方の労災保険の補償範囲を解説しました。
実際に業務災害や通勤災害が起こったときの補償内容は、以下の5つです。
- 療養補償給付
- 休業補償給付
- 障害補償給付
- 遺族補償給付
- 介護補償給付
ここからは、それぞれの補償内容について詳しく見ていきましょう。
療養補償給付
療養補償給付とは、業務に起因して怪我や疾病が起こった場合に、治療にかかる治療費や入院代、薬代、通院交通費などの費用について労災保険から行われる給付です。
治るまで給付されますが、「治る」とは、症状が固定しこれ以上治療を続けても効果を得られない状態を指します。
そのため、これ以上の改善を期待できないと医師が判断した場合は、労災保険からの療養補償給付は終了します。
労災病院または労災指定病院で受診した場合は、病院から労働局へ直接医療費が請求されるため、1人親方は受診にかかった費用を払う必要がありません。
一方、労災病院または労災指定病院以外の医療機関で受診した場合は、一度治療費を立て替えて支払う必要があります。
治療費を支払った後に、実は医療補償給付の対象外だったということがあるため、療養補償給付を受けるときは、あらかじめ給付対象になるかどうか1人親方団体などに確認しておくことをおすすめします。
休業補償給付
休業補償給付とは、業務に起因する怪我や病気などにより休業したときに労災保険から行われる給付です。
休業補償は、怪我や病気が治るまで、または医師から労務不能と認めると認められるまでの間に給付されます。
また1人親方の休業補償給付の要件として、業務上による傷病により労働できず休業する日が4日以上あることが必要です。
また、雇用されている労働者の給付額は、大体月給与の80%程度ですが、1人親方の場合はそもそも月給与がないため、事前に労働基準監督署に届け出た給付基礎日額の80%です。
障害補償給付
障害補償給付とは、業務に起因して負った怪我や病気が治った後に後遺症が残った場合に、労災保険から行われる給付です。
給付される金額は、障害等級と給付基礎日額によって決まり、後遺障害の等級には14段階あり、1級がもっとも重い障害とされています。
また、障害等級1級から7級は年金、8級から14級は一時金が給付されます。
たとえば、障害者等級1級の後遺症が残った場合、給付基礎日額の313日分の年金が支給され、障害者等級14級の後遺症が残った場合は給付基礎日額の56日分の一時金が支給されます。
8級から14級は一時金なので受け取れるのは一度限りですが、1級から7級は障害が残っている限り年金が支給され続けるため、7級と8級いずれの等級に認定されるかで大きく異なると言えます。
遺族補償給付
遺族補償給付は、1人親方が業務上の事故で亡くなった場合に、遺族に支給されます。
受給資格は、①配偶者、②子供、③父母、④祖父母、⑤兄弟姉妹で、①→⑤の順番で給付されます。
遺族補償給付には遺族補償年金と遺族補償一時金があり、1人親方が亡くなった時点でその人に生計を維持していた遺族がいる場合は年金、生計を維持していた遺族がいない場合は一時金となります。
また、給付額は、給付基礎日額と遺族の人数によって異なります。
たとえば、亡くなった1人親方に生計を維持されていた遺族が1人の場合は、給付基礎日額の153日分、2人の場合は201日分の年金が給付されます。
遺族補償年金の受給資格者がいない場合は、給付基礎日額の1000日分の金額が一時金として給付されます。
介護補償給付
介護補償給付は、業務に起因して負傷し、障害が重度のため介護が必要となった場合に介護費用が支給されます。
一定の障害の状態であること、現に介護を受けていること、入院や養護施設などに入所していないことなどが給付の条件です。
支給額は、常時介護と随時介護のいずれかによって異なります。
まとめ
1人親方は、業務の範囲や従業員、労災保険などの面で個人事業主や社長と異なります。
1人親方には労災保険の特別加入資格があり、加入しておくことで、万が一の作業中の事故などに備えることができます。
条件によっては補償内容が異なることや、補償対象外となる可能性があるので、事前によく調べておくことをおすすめします。