【税務調査交渉及び見落としがちな税務判断】特定期間の判定のリカバリー

元国税調査官・税理士の松嶋です。
今回のテーマは「特定期間の判定のリカバリー」です。

平成23年度改正で創設された前期上期の課税売上で納税義務を判定する特定期間の納税義務者判定については、以下の通り課税売上高に代えて給与支払額を採用することができるとされています。

消費税法9条の2(前年又は前事業年度等における課税売上高による納税義務の免除の特例)

第一項の規定(注:特定期間の判定)を適用する場合においては、前項の規定にかかわらず、第一項の個人事業者又は法人が同項の特定期間中に支払った~支払明細書に記載すべき同項の給与等の金額~の合計額をもって、~特定期間における課税売上高とすることができる。

この規定がありますので、仮に前期上期の課税売上高が1千万円を超えたとしても、免税事業者になることが多いという印象があります。

このため、消費税還付を受けるような場合は別にして、実務で特定期間の判定によって課税事業者になるケースは、基本的には見られません。

その一方で、問題になるのは、特定期間の課税売上高と給与支払額、どちらを採用するのか明確な定めが消費税法上ないことです。

明確な定めがないため、特定期間の給与が1千万円未満で課税売上高が1千万円以上の場合、以下のようなケースで納税者有利に納税義務を判断できるのか疑義があります。

ケース1 
課税売上高を基に、誤って課税事業者届出書を提出したが、やはり取下げたい場合

ケース2 
新築の事業用建物に係る消費税の還付を受けたいが、当期中に完成するか、完成が来期になるか分からない場合

まず、ケース1に関して、以下のような解説がなされているホームページがありました。

特定期間(前期の前半6ヵ月)が1,000万円以上の課税売上がある場合の納税義務の免除の特例

課税売上高か給料かを選べる。
課税売上高→発生で計算
給料の支払い→支払いなので現金主義で計算。

こちらについては、特定期間の課税売上高が1,000万円を超えて、給料の支払いは1,000万円以下の場合(逆の場合も)は、課税事業者か免税事業者か選べる。
微妙な場合は「課税事業者届出書(特定期間用)」の提出は安易にしないようがよい。
一度出すと取り下げは原則、認められない。(税務署ごとの対応)

法律的にも、この解説は一見すると妥当と考えられます。

以下の通り、特定期間の判定により課税事業者となる場合に、課税事業者届出書を提出するべきとしていますので、その届出書を提出した以上は、課税事業者を選択する意思があったとみるべきと考えられるからです。

消費税法57条(小規模事業者の納税義務の免除が適用されなくなつた場合等の届出)1項

事業者が次の各号に掲げる場合に該当することとなつた場合には、当該各号に定める者は、その旨を記載した届出書を速やかに当該事業者の納税地を所轄する税務署長に提出しなければならない。

一 課税期間の基準期間における課税売上高~が千万円を超えることとなつた場合(第九条の二第一項~までの規定により消費税を納める義務が免除されなくなつた場合を含む。)当該事業者

このため、税務署によっては取下げを認めてくれる場合があるとはいっても、仮にケース1のように誤って提出したのであれば、その取下げは認められないと解釈するのが妥当と思われます。

しかしながら、その解釈は実は正しくないと考えられます。この点、ケース2について検討すると分かります。

以下をご覧いただくと、特定期間の判定について、条文は給与支払額を使うことが「できる」としながら、法の趣旨は強制適用であることが分かります。

「平成23年度改正税法のすべて」P647

給与等の金額の合計額が1,000万円以下であれば、結果的に~課税売上高が1,000万円を超えている場合であっても事業者免税点制度が適用されます。

給与等により判定する場合において当該金額が1,000万円以下である場合には、課税売上高が1,000万円を超えている場合でも事業者免税点制度が適用されますので(基準期間における課税売上高が1,000万円以下の場合)、この届出書の提出をする必要はありません。

また、給与等の金額により判定したか否かについても特段の届出書の提出義務はありません。

すなわち、特定期間の課税売上高及び給与等の金額の両方が1千万円を超えた場合に限り、納税義務があるとしたいがために、「できる」という用語を使っているのです。

となると、還付のために任意に選択できるようなものでもなければ、届出書によって効力が左右されるものでもないのです。

このため、本制度について、課税売上高と給与支払額との選択に関する条項がない。このように整理できます

結果として、正しく取扱いを整理をするのであれば、上記のケースでは以下の取扱いとなります。

ケース1
(課税売上高を基に、誤って課税事業者届出書を提出したが、やはり取下げたい場合)
→取下げはいつでも可能である

ケース2
(新築の事業用建物に係る消費税の還付を受けたいが、当期中に完成するか、完成が来期になるか分からない場合)
→選択はできないため、課税事業者選択届出書をあらかじめ出しておく必要がある

悲しいことに、「できる」と規定したため、以下の誤解に基づく通達があります。

消費税法基本通達1-5-23(特定期間における課税売上高とすることができる給与等の金額)

特定期間における課税売上高が1,000万円を超えるかどうかの判定は、特定期間における課税売上高又は~個人事業者若しくは法人が特定期間中に支払った~給与等の金額~の合計額のいずれかによることができる。

この場合の~給与等の金額とは、所得税の課税対象とされる給与、賞与等が該当し、所得税が非課税とされる通勤手当、旅費等は該当しないことに留意する。

(注)特定期間中において支払った給与等の金額には、未払額は含まれないことに留意する。

この通達まで踏まえると、実務においては以下のような対応が望ましいと考えられます。

ケース1
(課税売上高を基に、誤って課税事業者届出書を提出したが、やはり取下げたい場合)
→「改正税法のすべて」の趣旨を基に、いつでも取下げが可能と主張する

ケース2
(新築の事業用建物に係る消費税の還付を受けたいが、当期中に完成するか、完成が来期になるか分からない場合)
→消基通1-5-23を基に、選択可能と主張する

実際のところ、ケース2においては、課税事業者選択届出書がなくとも給与の基準で還付が認められたこともある、と聞いたことがあります。

しかし、正しい法解釈としては上記の通りですから、できることなら課税事業者選択届出書を提出しておいた方が無難と言えます。


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