【税務調査交渉及び見落としがちな税務判断】必要経費となる退職金の要件

元国税調査官・税理士の松嶋です。
今回のテーマは「必要経費となる退職金の要件」です。

法人だけでなく、個人事業においても債務確定していれば、退職金を必要経費とすることが認められます。
実務上、よく見られるのは、法人成りなどの際の退職金です。

平成13年10月17日裁決(F0-1-120)

原処分庁は、本件退職金は預り金処理されているが、実質的には未払金であり、長期間支払わず放置することは経済的に見て不合理であるから、退職金の債務が確定していない旨主張する。

しかしながら、法人成りの際の事業の引継ぎの法律関係についてみると、(1)法人が使用人に対する未払退職給与等個人事業主の業務上の債務も引き継ぐ場合には、その分を差し引いて個人事業主(出資者)に持分が与えられるので、個人事業主はその債務を支払ったのと同様の経済効果を受けるので、その分事業所得の計算上必要経費とみるべき実質があり、(2)法人の側からすると、出資された正の財産から負の財産(債務)を差し引いた額が出資者の持分に変わっただけであり、出資された財産の額が収益とされないのと同様引き継がれた債務を支払ったとしても法人の損金とはならないものである。

本件退職金は、確定債務として、従業員各人別に金額が明確にされて、事業資産とともに法人に引き継がれ、法人成り後に退職した従業員らに対しては、法人成り後の退職金支給規定に基づいて退職金が適正に支払われ、法人の勤務期間に係る退職金部分のみ法人の損金にする処理がされているのであるから経済的合理性を欠くとはいえない。

以上から更正処分はその全部を取り消すのが相当である。

これに関連して、よく問題になるのは親族に対して退職金を支給できるかどうかです。

生計一親族は別にして、別生計親族に対しては、退職金を支給して必要経費算入することが原則として認められると考えられます。

TAINS 所事例003507
所事例3507 事業従事者である親族に支払う退職金 

〔問〕
私は個人病院を経営する父の事業に医師として従事していましたがその間は父とは生計を別にしていましたので父から給与の支払を受けるとともに、父は他の使用人と同様に私についても退職給与規程により算出される退職給与を基礎に退職給与引当金を積み立てていました。
その父が本年3月に死亡し、長男である私が病院経営を承継することとなったため、父が定めていた退職給与規程に基づき私を含めた使用人全員に退職金を支払うことにしたいと思いますが、この退職金については被相続人である父の事業所得の金額の計算上どのように取り扱われることになるのでしようか。

〔答〕
相続により被相続人の事業を承継したあなたは、いわば従来の使用人という地位はなくなったわけですから、これに伴い父が定めていた退職給与規程に基づき支給されるものであればその退職金は、被相続人(父)の事業所得の金額の計算上必要経費の額に算入され、支給を受けるあなたに対してはその退職金は退職所得として課税されることになります。

なお、被相続人が退職給与規定等の定めを設けていない場合において、事業の承継に伴い使用人である親族に支給される一時金は、原則として必要経費に算入されません。

次に、あなた以外の従業員に支給される退職金については、相続人に事業が承継された後の雇用関係の実態に応じ次のように取り扱われるものと考えられます。

(1) 被相続人の死亡により被相続人と従業員との間の雇用関係が終了し、従業員の立場についていえば被相続人のもとをいったん退職し、引き続き相続人のもとで雇用されることとなったものと認められる場合には、その支給した退職金は、被相続人の事業所得の金額の計算上必要経費に算入され、従業員に対しては退職所得として課税されます。

(2) 被相続人との雇用契約等により、被相続人が死亡した場合、従業員はその事業を承継した者に当然に引き継がれ同一条件で雇用されることとなっており、退職という事実が発生しないと認められるような場合には、その支給した退職金名義の金員は賞与として必要経費に算入され、従業員に対しては給与(賞与)として課税されます。

63-03-31現在

ただし、退職金の必要経費算入のためには、以下の要件を満たす必要があるとされています。

退職金を必要経費に算入するためのポイントは次のとおりである。

  1. 第一に退職金支給の慣行の有無が重要となる。たとえ退職金規程が整備されていなくても、従業員に対し明確な支給条件に沿った退職金を支給している実態があれば、必要経費と認められる。これは実質的要件といえる。
  2. 第二に、勤務の実態に合わせた退職金額を支給すること。特に家族従業員の場合、他の従業員の支給実績等と同様に取り扱う必要がある。
  3. 第三に、退職金規程を整備しておくこと。これは形式的要件の整備といえる。

加えて、以下のような事例がありますので、法人の場合には認められる弔慰金などは必要経費算入が認められませんので注意が必要です。

平成9年12月10日裁決(J54-2-10)

請求人は、従業員であり請求人の母親である者の死亡に伴い支出した本件弔慰金及び本件香典は、事業所得金額の計算上必要経費に算入すべきである旨主張する。

しかしながら、本件弔慰金については、その理由があいまいであり、かつ、その金額の計算方法も不動産所得の基因となる建物の管理等の労務の対価及び建築後の経過年数を用いているなど合理性、整合性がないことから、事業と直接の関連を有し、客観的に通常かつ必要な費用であるとは認められない。

また、本件香典については、葬儀費用の負担者は喪主である請求人であり、本件香典を手向けた者と本件香典の受取人は請求人自身であると認められることから、香典として経理処理等をしたことをもって、事業遂行上客観的に通常必要な費用であるとは認められない。
仮に業務関連部分があるとしても、家事関連費とみるのが相当であるところ、業務遂行上必要である部分を明らかに区分することができず、所得税法施行令第96条に規定する経費に該当しない。

よって、本件弔慰金及び本件香典はその全額について必要経費に算入することはできない。

なお、生計一親族に関しては、青色事業専従者に該当する場合も、退職金の支給が認められないと解されますので注意してください。
詳細、TKC税務Q&A「青色専従者に支払う退職金」をご参照ください。


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