【税務調査交渉及び見落としがちな税務判断】穴埋め方式と積上げ方式

元国税調査官・税理士の松嶋です。
今回のテーマは「穴埋め方式と積上げ方式」です。

相続税の申告上、財産の全部ではなく、その一部について未分割となる一部未分割の計算方法が問題になります。

この計算方法については、
・積上げ方式
・穴埋め方式
という2つの方法があると一般的に言われます。

積上げ方式は、〔分割済の財産を考慮せず、単純に未分割になっている相続財産のみを法定相続分で按分して相続税の計算をする方法〕をいいます。

穴埋め方式は、〔一部分割済の財産の割合も考慮して、未分割分の財産を按分して相続税の計算をする方法〕をいいます。

具体的には、全部未分割であったとした場合の法定相続分に応じた財産を計算し、そこから一部分割済みの財産を引いた差額について、未分割財産を按分することになります。

このように2つの方法があると言われますが、実務上は穴埋め方式が原則となっています。

平成27年6月3日裁決(J99-4-13)

請求人らは、預貯金等の未分割財産(本件未分割財産)について、本件には請求人ら以外の相続人が本件未分割財産及びこれから発生する収益の全てを支配、独占しているなどの個別的事情があることから、相続税法(平成23年法律第82号による改正前のもの)第55条《未分割遺産に対する課税》に規定する課税価格の計算は、各共同相続人が未分割の財産に対する自己の相続分に応じた価額相当分を取得したものとして計算する方法、すなわち、積上方式によるべきである旨主張する。

しかしながら、相続財産の一部が分割された場合、そのことによって、相続財産全体に対する各共同相続人の法定相続分の割合が変更されることはないから、各共同相続人は、他の共同相続人に対し、相続財産全体に対する自己の相続分に応じた価額相当分から既に分割を受けた財産の価額を控除した価額相当分についてその権利を主張することができる。

そうすると、相続税法第55条に規定する「民法(第904条の2を除く。)の規定による相続分の割合に従って当該財産を取得したものとしてその課税価格を計算する」とは、各共同相続人が相続財産全体に対する自己の相続分に応じた価額相当分から既に分割を受けた財産の価額を控除した残りの価額相当分を取得したものとして計算する方法、すなわち、穴埋方式により課税価格を計算すると解するのが相当である。

ただし、共同相続人全員が、同意して積上げ方式を採用するのであれば、その方法は認められるとされています。

なお、「申告書が提出」とあるため、更正の請求や修正申告で積上げ方式とすることは認められないと考えられます。

質疑応答事例7219
5 相続税・贈与税の審理上の留意点
〈1〉 相続財産の一部が未分割となっている場合の相続税の課税価格の計算

東京国税局課税第一部 資産課税課 資産評価官(平成22年8月作成)
「資産税審理研修資料」(TAINS 相続事例707219)

相続財産の一部が未分割である場合において、その未分割財産に係る各共同相続人の相続税の課税価格を計算するに当たっては、上記のとおり甲説(注:積上げ方式)、乙説(注:穴埋め方式)の二つの考え方があるところ、裁判例においては、既に分割により取得した財産及びその価額を考慮する乙説(注:穴埋め方式)により処理するのが相当である旨の判断がされている(H17.11.4東京地裁判決)。

したがって、相続財産の一部が未分割となっている場合の相続税の課税価格の計算は、次のとおり乙説(穴埋め説)により行うのが相当である。

イ 分割済財産の価額が、相続財産の総額に対する法定相続分の割合に応ずる価額に等しい者及び超える者については、未分割財産に係る相続分はないものとして課税価格を計算する。

ロ 分割済財産の価額が、相続財産の総額に対する法定相続分の割合に応ずる価額に満たない者については、その満たない範囲内において、未分割財産に係る相続分を有するとして課税価格を計算する。

なお、共同相続人から甲説(注:積上げ方式)の方法により相続税の課税価格を計算した申告書が提出された場合については、それは共同相続人の意思によるものであることから、当該申告書の計算方法を認めて差し支えない。

なお、上記東京地裁平成17年11月4日判決は下記とされています。

東京地裁平成17年11月4日判決(Z255-10194)

【判示(6)】

遺産の一部の分割がされ、残余が未分割である場合においては、遺産の一部の分割によって、遺産全体に対する各共同相続人の相続分の割合が変更されたものと解すべき理由はないから、各共同相続人は、未分割財産の分割に際しては、他の相続人に対し、遺産全体に対する自己の相続分に応じた価格相当分から既に分割を受けた遺産の価格を控除した価格相当分について、その権利を主張することができるものと解するのが相当である。
そして、相続税法55条1項本文は、遺産の一部の分割がされ、残余が未分割である場合の課税価格の計算が、上記のような実体上の権利関係に従って行われるように規定されたものと解されるから、被告の主張するいわゆる「穴埋め説」による解釈が相当である。

【判示(7)】

このように解しても、本件において、原告が、丙に対し、遺産全体に対する自己の相続分に応じた価格相当分から既に分割を受けた遺産の価格を控除した価格相当分について、その権利を主張することができるという実体上の権利関係に何ら影響を及ぼすものではないし、後に未分割の財産が分割され、原告が当該分割により取得した財産に係る課税価格が上記の「穴埋め説」により計算された課税価格と異なることとなった場合には、原告は更正の請求(相続税法32条)等の手段をとることができるのであるから(相続税法55条1項ただし書)、原告に特段の不利益が生じるものではない。
したがって、本件においては「積上げ説」が採用されなければならないとする原告の主張は、理由がない。

ところで、原則となる穴埋め方式で具体的に計算するとなると、その方法がよく分からないことがあります。

例えば、財産が1億円、A(妻)、BとC(子)の3人で
A 1000万
B 5000万
C 1000万

という分割は成立したものの、残りの3000万が未分割とします。
この場合、法定相続分に照らすと、

A 4000万円の不足(1000万円-1億円×1/2)
B 2500万円の過大(5000万円-1億円×1/4)
C 1500万円の不足(1000万円-1億円×1/4)

と、法定相続人間で過大と不足が共に生じます。

この場合には、未分割の3000万円について、不足(穴埋め)があるAとCで不足額に応じた按分を行います。具体的には、以下となります。

A 3000万円×1000万円(Aの不足)/1000万円(Aの不足)+1500万円(Cの不足)=1200万
C 3000万円×1500万円(Cの不足)/1000万円(Aの不足)+1500万円(Cの不足)=1800万

TAINS相続事例707474に計算例の記載がありますのでご確認ください。

その他、穴埋め計算、積上げ計算ともに、「民法上」の相続の未分割の計算がベースとなり、相続税法の計算ではありません。
このため、未分割の計算(相法55)と同様、以下のような点に注意が必要です。

TAINS 相続事例707474
質疑応答事例7474 Ⅱ 相法55条に規定する相続分

東京国税局課税第一部 資産課税課 資産評価官(平成24年7月作成)「資産税審理研修資料」 【情報公開法第9条第1項による開示情報】
~穴埋め方式による相続税の課税価格の計算(相続税の課税上の具体的相続分の計算)に当たっては、次の点に留意する必要がある。

  1. 措法69条の4《小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例》や同法69条の5《特定計画山林についての相続税の課税価格の計算の特例》など、相続税における特例として遺産の価額を減算したものは、その適用前の価額による。
  2. 債務の金額は考慮しない~
  3. 相法に基づくみなし相続財産は考慮しない(相法55条の計算の後に加算するものである。相基通55-2。)。


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