元国税調査官・税理士の松嶋です。
今回のテーマは「相続時精算課税の注意点」です。

令和5年度改正により、相続時精算課税の基礎控除が創設されたため、相続時精算課税を選択した上でその基礎控除の範囲である110万の生前贈与を行う、というスキームが令和6年より増えると考えられています。

この改正は一見すると有利ですが、この基礎控除を将来廃止するといった税制改正も想定されるため、適用は慎重に行う必要もあります。

それに止まらず、相続時精算課税には不利な部分も多いため注意が必要です。
一つ目は、見過ごされることも多いみなし贈与についても、その対象になるということです。

令和4年3月16日裁決(F0-3-856)

本件債権放棄は、被相続人が同族会社に対して対価を受けないでした債務の免除であるから、請求人は、相続税法第9条の規定により、対価を支払わないで、本件債権放棄の時において、被相続人から上記本件債権放棄による本件株式の評価差額23,814,000円を経済的利益として取得したものとみなされる。

5 請求人は、本件株式のうち10,100株は、請求人が被相続人から相続時精算課税の対象となる贈与によって取得したものであって、その贈与時の価額も確定しているから、本件債権放棄による本件株式の評価額の増加に相続税法第9条の規定を適用することは、相続税法第21条の15第1項の規定に照らして、許されない旨主張する。

6 しかしながら、相続時精算課税制度は、民法上の贈与契約のみならず、これに当たらない資産移転、経済的利益の付与であっても相続税法の規定により贈与とみなされて課税されるものは、全て適用の対象となる。
本件株式のうち10,100株の贈与と本件債権放棄は別個の行為であって、当該株式贈与に対する課税と本件債権放棄に対する課税は異なる課税原因に基づくものである。また、本件債権放棄による本件株式の評価額の増加は相続税法第9条の規定の適用がある財産の増加というべきであって、
相続税更正部分は、本件株式の単なる評価額の増加を対象としたものでない。したがって、本件債権放棄に伴う本件株式の評価額の増加に相続時精算課税制度を適用して、課税することは相当である。

7 よって、所得税の各更正処分等及び相続税の更正処分等は適法である。

この事例は同族会社に対する債権放棄というみなし贈与と、その後に値上がりした被相続人からの株の贈与の二つについて、それぞれ相続時精算課税の対象とされて相続税が課税されたものです。

みなし贈与は利益移転もその対象とし、現物資産の移転を対象にする訳ではありませんので、このように贈与者からの利益移転と、贈与者の財産に対する評価益を計上後のその財産に対する贈与で、二重で評価益に対する課税が行われることもあります。

従来、この問題は目立ちませんでしたが、今後相続時精算課税の適用者が増えれば、確実にその適用は増えるはずです。なぜなら、相続時精算課税には実質的に時効がないからです。

国税庁質疑応答事例
「相続時精算課税適用財産について評価誤り等が判明した場合の相続税の課税価格に加算される財産の価額」

【照会要旨】
特定贈与者から贈与を受けた財産に係る贈与税の期限内申告書に記載された課税価格について、申告期限後に、申告漏れ財産を把握したことや申告した財産について評価誤りがあったため、修正申告等により増額した場合、又は申告した財産について評価誤りがあったため、更正の請求等により減額した場合には、当該修正申告等により増額された課税価格、又は更正の請求等により減額された課税価格が相続税の課税価格に加算される財産の価額となることでよいでしょうか。

また、(増額又は減額)更正をすることができなくなった贈与税の期限内申告書に記載された課税価格について、申告した財産について評価誤りがあったことが判明した場合には、当該贈与税については更正をすることはできませんが、
当該評価誤りを是正した後の当該財産に係る贈与の時における価額が相続税の課税価格に加算される財産の価額となることでよいでしょうか。なお、この場合、相続税額から控除される贈与税相当額は、課せられた贈与税相当額となることでよいでしょうか。

【回答要旨】
相続税の課税価格に加算される財産の価額とは、贈与税の期限内申告書に記載された課税価格ではなく、当該贈与税の課税価格計算の基礎に算入される当該財産に係る贈与の時における価額と解される(相法21の15(1)、相基通21の15-1・2)ことから、
贈与税の期限内申告書に記載された課税価格に誤りがあれば、先ずは修正申告等により是正し、当該是正された後の当該財産に係る贈与の時における価額が相続税の課税価格に加算される財産の価額となります。

また、当該贈与税については更正をすることはできなくなった場合も、当該贈与税の課税価格計算の基礎に算入される評価誤りを是正した後の当該財産に係る贈与の時における価額が相続税の課税価格に加算される財産の価額となります。なお、この場合、相続税額から控除される贈与税相当額は、課せられた贈与税相当額となります(相法21の15(3))。

【関係法令通達】
相続税法第21条の15
相続税法基本通達21の15-1、21の15-2

贈与税の時効が経過した後も、相続時に加算される価額は、適正に評価される価額となる訳で、そうなると贈与税の申告漏れ財産などについても、当然に相続時に加算されることになります。

なお、贈与税の申告が期限後になれば、相続時精算課税の特別控除は使えません。

TAINS 相続事例千葉会030125
千葉県税理士会相談事例Q&A0125 贈与税 相続時精算課税適用後の無申告財産について          【千葉県税理士界 平成29年7月20日第196号掲載】

【概要】
相続時精算課税適用後の無申告財産について

【Q】
相続時精算課税制度を適用していた納税者が、適用した年分後もその贈与者から贈与を受けていましたが申告はしていない状態でした。

その後相続が発生したのですが、申告していなかった贈与分はどのように処理をすればよいでしょうか。

【A】
相続時精算課税制度の適用を選択すると、適用した年分以降、その贈与者からの贈与財産については、全てこの制度が適用され、また、相続時精算課税制度の特別控除は期限内申告が要件になっています。

したがって、贈与を受けた財産の内、申告をしていなかった贈与分については特別控除の対象とはならず、一律の20%の税率で申告及び納付が必要となります。

【関係法令等】
相法21の9、12、13

一方で、改正後の基礎控除は申告要件などありませんので、贈与税の期限後申告でも控除できます。

令和6年1月1日後の相続税法第21条の11の2(相続時精算課税に係る贈与税の基礎控除)1項

相続時精算課税適用者がその年中において特定贈与者からの贈与により取得した財産に係るその年分の贈与税については、贈与税の課税価格から六十万円を控除する。

加えて、無申告のまま贈与税の除斥期間が経過し、仮に相続時に加算されたとしても、その加算される財産から基礎控除は控除できると考えられます。

令和6年1月1日後の相続税法第21条の15の1項

特定贈与者から相続又は遺贈により財産を取得した相続時精算課税適用者については、当該特定贈与者からの贈与により取得した財産で第二十一条の九第三項の規定(注:相続時精算課税)の適用を受けるもの~の価額から第二十一条の十一の二第一項の規定による控除をした残額を相続税の課税価格に加算した価額をもつて、相続税の課税価格とする。

しかし、相続時精算課税制度を選択して生前贈与される方は、基本は110万の範囲で毎年贈与するはずですから、無申告の贈与財産に改めて110万を使う、ということは基本ないと思われます。

一方で、言い換えれば過大に評価した財産については、贈与税の課税価格として申告した金額に関係なく、正しく評価した金額で相続時に加算されることになります。

このような場合、相続時精算課税において納付した贈与税について、相続時に還付が見込まれますが、この消滅時効は相続開始の翌日から起算します。翌日から還付請求申告書が提出できるからです。

東京高裁令和2年11月4日判決(Z270-13476)

相続時精算課税に係る贈与税相当額の還付金請求権は、国税通則法74条1項所定の「還付金等に係る国に対する請求権」に該当するところ、同項は、当該請求権は、「その請求をすることができる日から5年間行使しないことによって、時効により消滅する。」と規定している。
そして、同項所定の「その請求をすることができる」とは、法律上権利行使の障害がなく、権利の性質上、その権利行使が現実に期待のできるものであることを要すると解するのが相当である~。

5 相続時精算課税に係る贈与税相当額の還付金請求権は、相続税還付申告書を提出することによって請求をすることができる。そして、相続税法上、同還付金請求権について申告期限の定めはないところ、
その時点で、同還付金請求権について法律上権利行使の障害はなくなり、権利の性質上、その権利行使を現実に期待することができることになるということができるというべきであって、相続の開始時に相続税の納税義務が発生する(国税通則法15条2項4号)
一方で、同還付金請求権がある場合には、その額の算定も可能となるから、同還付金請求権に係る同法74条1項所定の「その請求をすることができる日」は、相続開始の日と解すべきである。したがって、同還付金請求権は、相続開始の日の翌日から起算して5年を経過した時点で時効消滅する。

6 これに対し、控訴人は、相続時精算課税に係る贈与税相当額の還付金請求権について、国税通則法74条1項所定の「その請求をすることができる日」は相続税の法定申告期限の最終日である旨主張し、その根拠として、国税の賦課権があるのに、還付金請求権が先に消滅時効にかかるというのは均衡を失することなどを挙げる。
しかしながら、相続時精算課税に係る贈与税相当額の還付金請求権は、上記のとおり、相続開始の日から法律上権利行使が可能であるにもかかわらず、控訴人の主張によれば、相続開始の日から相続税の法定申告期限までは、同還付金請求権の時効期間が進行しないことになるが、そのような解釈は、国税通則法74条1項に明らかに反する(原審判決引用)。

このため、評価が正しいかどうかも含めて、相続時精算課税に係る贈与をした場合、贈与税の申告書の確認が必要不可欠になります。

この点、申告書等の閲覧サービスを活用する必要があります。
この点も改正されていますが、共同相続人も他の相続人の相続時精算課税に係る贈与税の申告の開示請求ができることとされています。

ただし、開示事項は以下ですから、贈与税が無申告であった場合などはその対象になりませんので注意が必要です。届出を出したことを忘れて無申告となっている受贈者などもいるわけで、開示請求だけでも万全ではありません。

令和6年1月1日後の相続税法第49条(相続時精算課税等に係る贈与税の申告内容の開示等)1項

相続又は遺贈(当該相続に係る被相続人からの贈与により取得した財産で第二十一条の九第三項の規定(注:相続時精算課税)の適用を受けるものに係る贈与を含む。)により財産を取得した者は、当該相続又は遺贈により財産を取得した他の者(以下この項において「他の共同相続人等」という。)がある場合には、当該被相続人に係る相続税の期限内申告書、期限後申告書若しくは修正申告書の提出又は国税通則法第二十三条第一項(更正の請求)の規定による更正の請求に必要となるときに限り、次に掲げる金額(他の共同相続人等が二人以上ある場合にあつては、全ての他の共同相続人等の当該金額の合計額)について、政令で定めるところにより、当該相続に係る被相続人の死亡の時における住所地その他の政令で定める場所の所轄税務署長に開示の請求をすることができる。

~二 他の共同相続人等が当該被相続人から贈与により取得した第二十一条の九第三項の規定の適用を受けた財産に係る贈与税の申告書に記載された第二十一条の十一の二第一項の規定による控除後の贈与税の課税価格の合計額


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